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11.混乱の極み


 振り上げた手に魔力が篭っていると気付いたのは、風を纏った手がリンウッドの頬に触れる寸前の事だった。

 怒りで我を忘れたのだろう。感情に呼応し、無意識に発動した魔術は明らかに行き過ぎた防衛だと言える。リンウッドの頬は叩きたい。だが、魔力で攻撃したい訳ではない。それは犯罪だ。

 明らかに人体へ向けるには強力すぎる魔力にモニカの背筋は凍っていく。


(やめて!死んじゃう!)


 止まらない手は自分のものでは無い様だった。先に起こる悲劇的な光景が眼球の裏に浮かぶ。目を閉じたいが、それも出来ず手の行方だけを考えた。


 自身の手がスローモーションに見え、人殺しとなる未来に悲観する。楽しい生活が始まったと思っていたのにもうお先は真っ暗だ。なんと虚しい、悲しい人生だったのだろう。


 モニカは息も絶え絶えな状態で、顔を歪めた。もうお終いだ、心をストンと落とした瞬間、聞いた事のない音が鼓膜を軽く揺らした。

 それは空気が抜けるような「シュン」という音。それと同時に自分を苦しめていた唇が離れる。


 何が起きたのだろう。

 

 モニカがその時見たのは自分の頬に添えられていた手が離れ、面倒臭そうに払われた姿だった。まるで羽虫を払うかの様に手を動かした瞬間、モニカの魔力はシュンと消え、何も纏ってないただの手がリンウッドに掴まれたのだ。


「使えるね、やっぱり」


 リンウッドは肩で息をするモニカの事など見えていないのか、そう言うと掴んでいた手を離し、自身の手をまじまじと見た。魔力が戻ったとは思ったが、使えるかどうか半信半疑だったのだ。だが、結果使えた。それも以前と同じように自分の思うままに扱う事が出来る。リンウッドは喜びからグッと拳を作り、今後の事を考えた。


 魔力が戻ったのなら一度魔塔へ行き、手のひら返しした奴らに一泡ふかすのも面白いかも知れない。そんな事を考えていると目の前の女、モニカの体がぐらりと傾く。全ての拘束を無くしたモニカの体がカクンと足から崩れ落ちたのだ。

 それをリンウッドは「おっと」と支える。ちょうど胸に納める形となり、リンウッドはモニカのつむじを見た。

 

「え、どうしたの。腰砕けた?」


 モニカからしてみれば不本意な体勢なのは言うまでもない。だが先程から起こる脳が処理しきれない出来事の数々に、体が疲弊した。いや、酸欠が原因かもしれない。モニカはその胸の中から抜け出したいと思いながらも呼吸はまだ荒く、肩が上下している為中々抜け出せずにいた。

 この苦しさは覚えのあるものだ。少し質が違うのか以前のものよりだいぶ軽いものだが。

 

 リンウッドはモニカの背中に腕を回し「大丈夫?」と摩る。その手は優しいが、耳元で聞こえる声は弾んでおり、おおよそ心配している声には聞こえなかった。モニカはこの胸から抜ける為、取り合えず呼吸をどうにかしようと何度も大きく息を吸い込んだ。10回はいかないくらい深呼吸を続けると体がだいぶ楽になり、モニカはリンウッドの胸から抜ける為に両腕を突っぱねた。


「ん?治った?へえ、良かった」

「いや、そ、そうじゃなくて……!」


 すんなりとリンウッドはモニカを離し、軽い口を開く。感情が籠っていないとはこういう声なのかも知れない。もやっとした感情がモニカを襲ったが、ぐっと堪えモニカは壁伝いに横へと移動していった。


「色気のない逃げ方するね」


 今度は感心したように言われる。モニカは目に力を込め、最初に何を彼に言うべきか考えた。


 まず、怪我がなく済んだ事は素直に嬉しい。犯罪者にならなくて済んだからだ。あのまま魔力を込めて叩いていたら顔面が大変な事になっていたに違いない。もしかしたらポロリと頭部が取れて吹っ飛ぶ最悪な事態も起こっていたかもしれない。

 そんなトラウマ確実な事態が起こらず、モニカはほっとしていた。魔力制御は大切だと聞いた事があるがそれは本当だったと今回身に染みて分かった。


 そしてその事態を回避してくれたのは他ならぬリンウッドだろう。感謝している、しているのだが素直に感謝出来ない自分がいるのも確かだ。


 モニカが言いたい事は主に2つ。キスの事と平手に篭められた魔力を消し去った事だ。


 何故キスをしたのか。間接キスがきっかけだったとは思うが、あれからのあのキスはどう考えてもおかしい。そもそもキスだ、キス。

 モニカだって年頃の娘である。キスへの憧れの一つや二つあった。好きな人との結婚式での初めてのキス、花畑の中で触れ合うだけのキス、強引に奪われるのも良いかも知れないと妄想した事だってあった。


 そして悲しい事にモニカの初めては「強引に奪れる」というものだった。確かに想像した事はあるものだ。だがモニカの妄想でのキスは誰彼構わずというものではなかった。全てのシチュエーションは当たり前のように「好きな人限定」だった。


 なのにも、なのにも関わらず、こんな初対面の男に奪われるなんて。

 それもあんな、人の口を食べるようなキスを初めてでされるなんて。


「なに?ボクの顔そんなに見て。あ、もしかしてもう一回したいとか?良いよ、しよう。モニカとなら何度でもしたいな」

「来ないで!」


 嬉々とした表情をしたリンウッドを両手を前に出し、モニカはけん制した。されてたまるか、である。


 移動速度を上げたモニカは背中から壁の感覚が無くなると素早く寝ているうさぎのところへ行き、抱きかかえた。睡眠を妨げられた毛玉はスピスピと鼻を動かすと自分を抱くモニカを見上げ、また眠りの世界へと旅立っていく。


「私、キス初めてだったんですよ!」


 リンウッドとある程度距離が取れたモニカはそう言うと、泣きそうな顔で睨みつけた。モニカの告白にリンウッドはそれがどうしたと言いたげな相槌を打ち「良かったじゃない」と軽く言った。


「ボクが初めてでさ。美形は無罪だってよく言うよ?」

「美形!確かに顔は良いけども!でもキスってそういうものじゃ……、分かった!あなた性格悪いでしょ!」

「知らない。ボクは自分の性格も顔も好きだよ」


 その発言でモニカは確信する。彼が普通の感覚の男ではない事を。まるで自分とのキスは良いものかのように捉えているのがモニカには信じられなかった。この人はもしかしたら関わってはいけない部類の人なのかもしれない。


「あと、さっきのはキスというより治療みたいなものだからね」


 だから気にするんだったらキスにカウントしなけりゃいいんじゃない?と笑ったリンウッドを見てモニカはキョトンと目を丸くした。


「モニカの唾液から魔力摂取してたんだよ」


 さらっと言われ、モニカは更に目を大きく見開く。「唾液」という直接的な言葉に汚さを感じ、顔が真っ赤になっていった。




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