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10.ボクのもの


 それは僅かだったが、懐かしい感覚が胸に溜まったのをリンウッドは感じた。それを使おうと指先へ糸を紡ぐ様に集める。だが、集める途中でそれは体の中で霧散した。

 ほわりと血液に乗り、消えていくそれ。リンウッドは声もなく笑う。


 もう諦めていたもの。

 二度と戻らないと思ったもの、それが一瞬でも戻ってきた奇跡に感じた事の無い歓喜が込み上げてくる。


 戻るかも知れない、その事実に発狂しそうになった。リンウッドは昂ぶる気持ちを隠す様に口元を手で覆う。目で追うのはホーンラビットをただのうさぎだと思い込み、保護していた女。


 何の面白味もない、これっきりの人間だと思っていたがその価値は今真逆となった。これはリンウッドの人生に必要な女だ、と。


 リンウッドは元は魔術師であった。類い稀な魔力量とセンスで幼い時から魔塔に属していた。

 次期魔塔主候補でもあったのだが、今はそれどころか魔塔にも属していない。


 理由は単純、魔力を無くしたからだ。

 

 リンウッドは数年前に自身の好奇心により魔力を失った。自分としては実験にも似たものだったのだが、手を出したものが悪かった。代償として魔力を丸ごと持ってかれてしまったのである。今はカケラも残っていない、そうカケラも残っていない筈なのだが……


 今、確かに僅かな量の魔力が体に巡った。それは数年前は常に感じていたものだ。間違える筈はない。懐かしさに身が震える。一体何故とも思ったが、ホーンラビットの件も考えれば答えは自然と導き出せた。


 原因はそう、間違いなくこの家の家主だ。


 リンウッドは椅子から腰を上げ、流し台でカップを洗うモニカへと近付く。気配を消しているつもりは無いが、全く気付かれず背後に立つ事が出来た。


 いまだ気付かず、カップの泡を流しているモニカ。いつ気付くのだろうと観察していたら結局カップを水切り場に置くまで気付かれなかった。


「わ!びっくりした!」


 モニカはすぐ後ろに居たリンウッドに驚くと、シンクの縁を後ろ手で掴んだ。どうやら少しふらついたらしい。


 状況を理解出来ずにいるモニカは引き攣った笑みを浮かべていた。反対にリンウッドは嬉しそうに微笑んでいる。いつの間に来たのだろう、そんな事を考えるより初対面の男が他人とは思えぬ距離に立っていた事にモニカはただただ驚いた。


 リンウッドは困惑しているモニカを囲う様に自身もシンクの縁に両手を置く。ヒッと目の前の女が喉を鳴らしたのを見て、小さく笑った。


「えと、んー?」


 理解出来ない状況にモニカが無意味な言葉を発する。背中は仰け反り、如何に離れるかを本能的に考えているようだった。

 その証拠にモニカはゆっくりとリンウッドの伸ばしている腕の下にある空間を見て、乾いた笑い声を出しながら身を屈める。そして何とも滑稽な方法でその囲われた空間から抜け出したのだ。


 リンウッドは抜け出したモニカを面白そうに見る。小さな門をくぐる様に自身から逃げる女は初めてだったからだ。

 リンウッドは自分の顔が整っている自覚がある。なのでこうしてあからさまに逃げられる事は稀だ。稀というか殆ど無い。


 へへ、と引き攣った笑みを浮かべたままリンウッドから距離を取るモニカ。リンウッドに背を向けたら怖いと感じているのか正面を彼に向けたまま、後ずさっていく。


 リンウッドは逃げるモニカを昂ぶる気持ちのまま、追いかけた。

 カツンカツン、とリンウッドが床材を軽く蹴る度、目の前の女の顔は恐怖に染まっていく。


 モニカは気付いているのだろうか。もう直ぐそこに壁がある事を。つまりはもう逃げ場は無いという事を。


「モニカ、ねえモニカ」

「な、何でしょう?リンウッドさん」

「逃げないでよ、モニカ」

「逃げたくて逃げてる訳じゃ」


 モニカの背中が壁にぶつかる。そしてモニカは現実を受け入れられないとばかりに壁を見た。

 リンウッドはモニカを逃さぬ様に壁に手をつく。勿論片足も壁に付けた。


「こっち向いてくれない?もう逃げられないんだしさあ」


 そう顔を近づければ悲鳴の様な「ち、ちかい!」という抗議の声が聞こえた。振り向いたモニカの桃色の瞳と視線が合う。自分の髪色と同じ色。その瞳の中に意地悪く笑う自分が見える。


(ああ、楽しい)


 こんな気持ちはいつぶりだろう。少なくとも魔力を失ってからは初めてかもしれない。


 至近距離からモニカを観察したリンウッドは改めてモニカを認識した。何処にでもいる風貌だが、よく見てみると眠気を誘いそうな柔い雰囲気を持つ。いつも派手な女を相手にしているからか、それが新鮮に思えた。肩口で揃えた髪は此処で暮らしているにしては艶が良い。触れば指に絡む事無く滑らかに落ちそうだ。


 怯えから歪んでいた瞳が元の形へ戻る。その瞬間を見逃さなかったリンウッドは獣の気持ちを隠さず口を開いた。


「ええ?そう?ボクはもう少し近付きたいけど」


 リンウッドは「いいよね?」とモニカに訊ねた後、その返事を待たずに指を這わせ顔を傾けた。


 怯えている桃色の瞳、何かを言おうとしていた彼女の唇に触れる。触れた瞬間、流れ込んで来た魔力にリンウッドはやはりそうだと確信した。


 酒でもないのに酩酊状態になりそうな程濃い魔力。


 ふわふわとしているのに、感情が抑えきれない程の昂ぶりを感じた。まさかこの感情の更に上があるとは。上限を知らぬ歓喜に理性がぼろぼろと無くなっていく。


 初対面の女に此処までするつもりは無かったが、止められなかった。途中苦しそうなモニカと目があったが、それにさえ興奮する。これが性的なものなのか、それとも魔力が体に再び戻った喜びからなのかは分からない。だが、リンウッドはこの状況に激しく興奮していた。


 舌を差し込み、彼女の口の中をかき乱す。彼女が苦しそうに喘ぐ程、逃げる舌を甘やかす様に撫でた。顎に添えていた手を頬へと這わせ、決して逃がさぬ様にモニカの後頭部へもう片方の手を回す。モニカの髪はやはりしっとりと滑らかで、思った通り手に吸い付いた。胸も叩かれたがなんて些細な事。リンウッドは宥める様にその艶やかな髪を撫でた。


(これはボクのものかもしれない)

 

 甘い甘い彼女を一身に貪る。体に巡る懐かしい魔力と、自分の体の一部にしたい程馴染む彼女。


 もうずっとこうしていたい。そう思ったリンウッドであったが、その思いは風を切る様な音で一気に吹き飛ばされる。

 魔力を込めた平手がリンウッド目がけ飛んできたのだ。




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