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ライオネルside

私は、大きな罪を犯した人間だ。

陛下の側近でありながらひとりよがりな考えに固執し、陛下にとって何よりも大切な方を見誤り、あれほどの人格者であられる王妃様を冷遇して国を危機に陥れた。今陛下の側近として働き続けている事さえ、本当は許されない、処刑されて当然なほどの罪深い行いだった。今あの時に戻れるのならば、私は躊躇いなく自分を殺しているだろう。


そんな私にとって、マリア殿はまさに光のような人だった。

誰も味方がおらず孤立しておられた王妃様を、敵国の中でたった一人で守り続け、その心に寄り添い続けたまさに侍女の鑑のような人。

――私には、眩しすぎるほどの光だった。



私が初めて彼女を認識したのは、バルディンがジグラスに降伏し、しかし当時皇太子妃であった王妃様がジグラス王との婚姻でもって国をたったひとりで守られた日のことだった。王妃様を思って泣く彼女の涙は、とても、尊いものだと思った。手を伸ばしても掴めない光のように、愚かな私には手の届かない高みにある陽の光のようだった。


全てが終わった後も私は陛下と王妃様のご温情で今の地位に留まり、王妃様の筆頭侍女である彼女と会う機会も増えていった。

初めは、ただ彼女の前でこれ以上失態を犯さないようにと必死だった。すでに彼女の大切な主人を貶めた私の事を嫌っているのは分かっていたが、せめてこれ以上は嫌われないようにと焦っていた。彼女は、私の目標となっていたから。彼女のように大切なものを見誤らず、これからは心身を賭して王と王妃様のお役に立とうと誓っていた。


……その思いが変わっていったのは、いつからだろう。

マリア殿の前で失態を犯したく無いと思いながらも、図書室で情けない姿を見せてしまった時から、変化はあったのかもしれない。贖罪のためにと勝手に仕事を抱え込んでおいていっぱいいっぱいになっていた時、嫌っているであろう私などの事も放っておけずに手伝いをしてくれる優しさに触れてからだろうか。彼女と共に仕事をするようになって会う機会が増えていき、彼女の王妃様へ向ける明るく向日葵のような可愛らしい笑顔を見るようになってからだろうか。それとも、仕方ないですねと言いながら、呆れたように私に笑顔を向けてくれるようになった時からだろうか。いつの間にか彼女の淹れてくれるカモミールティーを飲む時間が、何よりも心満たされる大切な時間になっていた頃には、私は自分の想いを自覚していた。

しかしだからといって、私はマリア殿に愛を乞おうなどと烏滸がましい事は考えていなかった。向日葵のように明るいマリア殿に私のような罪深い人間は相応しくない。そもそも、私は陛下と王妃様に忠誠を誓った身。伴侶を一番にできない男などよりも、マリア殿には彼女を一番に大切にしてくれる男が相応しいだろう。


王妃様とマリア殿を守るために、私は陛下と共に王妃様に批判的な言動をしそうな不穏分子はもちろん、平民であるマリア殿が筆頭侍女となる事に何か言ってきそうな貴族たちにも手を回し牽制して黙らせてきた。王妃様のお気に入りの侍女に取り入っておこぼれにあずかろうという理由でマリア殿に貴族として高圧的な見合いをさせようとしていた下衆な輩も、もちろん二度と彼女の前に出れないように排除した。


生き生きと王妃様の元で仕事をしているマリア殿を見ているのが、私の幸せだった。彼女が王妃様と笑い合っている姿を見るだけで、胸が満たされた。マリア殿の負担になるような事はしてはいけないと自制しながらも、彼女が図書室に手伝いに来てくれる度に私がどれほど嬉しく思っているか、彼女は知らないだろう。




マリア殿への想いを抱えたまま二年近い月日が流れた頃、王妃様のご懐妊が知らされ城はお祭り騒ぎとなった。私も感動に打ち震え、その日は仕事がなかなか手につかなかったものだ。


しかしそんな折、城の渡り廊下で貴族女性たちに囲まれるマリア殿を発見した。彼女の俯き拳を握りしめている様子を目にした時、私は考えるよりも先に彼女の元へと走っていた。

そうして聞いた話には驚いたものだ。

マリア殿に爵位がないから筆頭侍女に相応しくないだって?何を言っているのかと全力で問いたい。

マリア殿に爵位なんて必要ない。彼女は、そんなものなくても誰よりも王妃様の力となってきた。むしろ、無い方が今のように生き生きと働けるのだろう。爵位などあったところで煩わしい責務が増えてしまうだけだ。その考えはブーメランのように自分の胸を痛め付けたが、未だ未練を引きずる自分自身に私は苦笑を溢した。

マリア殿はそのままでいい。爵位などという小さな問題であなたを煩わせる者たちは、私が抑えるから。あなたが誰か大切な人を定めるまでは、どうか私に守らせてください。

それまでは、この想いを持ち続ける事を許してくださいますか――?


***


毎年秋に行われる収穫祭の夜会の前に、私は控室で陛下と簡単に今日の予定と夜会の参列者についての報告を行った。陛下の隣には王妃様もおり、身重の王妃様を常に気遣っておられる陛下との仲睦まじさにこちらも自然と笑みを浮かべそうになる。話が終わったところで、その王妃様が私に声をかけてきた。


「ライオネル様、お忙しいとは思うのですが、ひとつお願いがあるのです」

「はい、何なりとお申し付けください!」


珍しい王妃様からのお願いに、私はパッと顔を上げて勢い込んで尋ねてしまう。


「実は、今日はマリアにお休みをあげて夜会に参加させているのです。いつも働き詰めだったでしょう?今日は各地の収穫祭から届けられた珍しいお料理も並ぶから、楽しんでくれたらと思って。

でも、やはり一人だと心配なので、ライオネル様にマリアをエスコートして欲しいのです。お願いできますか?」

「は、はい!私などでよろしければ!」


王妃様からのお願いに、私は反射のように答えていた。

しかし私が夜会でマリア殿のエスコート?そんな夢のような事が私に許されるのだろうか?し、しかし、王妃様からのご依頼だ。もちろん、マリア殿に恥をかかせないよう、全力でエスコートをせねば。……は!しかしすでに夜会は始まっているんだぞ。つまりマリア殿は今会場で一人というわけで……。


「そ、それでは、すぐにマリア殿を探してきたいと思います。御前失礼いたします」


すでに誰かに声をかけられているのではないかと気が気ではなく、足早に去っていく私を陛下と王妃様が穏やかに笑って見送っていた。


しかし会場の扉を潜って目に飛び込んできた光景に私は愕然として、次いで目眩がするほどの怒りが込み上げてきた。

今日のマリア殿はいつもの制服とは違う明るい黄色のドレスを纏っており、薄く化粧もされている。いつもの姿ももちろん可愛らしいのだが、今日の装いは周りを明るく照らしてくれるまさに向日葵のように目を惹きつけ、可憐で誰よりも可愛らしかった。

そのマリア殿に向かって、この男は何を言っている?貴様程度がマリア殿を娶ってやるだと?冗談も大概にしろと胸ぐらを掴んでやりたかった。

貴様程度がマリア殿を娶るくらいなら、私の方が絶対に大切にする……!何よりも大切にして、その笑顔を守っていく!誰よりもマリア殿を愛しているのは、私なのだから!



…………。…………わたしは、何を…………



自分の思考に、私はビシリと全身の動きを止めた。


しかし混乱する思考の中でも、とにかく早くマリア殿を助けなければと彼女と男の間に割って入る。驚いたように見上げてくるマリア殿の琥珀の瞳が私を見てホッとしたように緩んだのを間近に見た時には、もうダメだった。……私は、こんなに欲深い人間だったのだろうか?それでも、彼女を守るのは私でありたいと、そう思ってしまった。


「申し訳ありませんが、マリア殿には私が求婚しているところなのです。あなたの甥御どのには、遠慮していただけませんか?」


……言ってしまったと、言った瞬間に後悔した。せっかく最近は同僚として信頼くらいはしていただけるようになっていたのに、これで嫌悪されてしまったらと思うと、情けなくもマリア殿の反応が怖くて顔を見られなかった。いや、お人好しで優しいマリア殿のことだ。嫌悪はされないかもしれないが、しかし突然あんな事を言われて困らせてしまったに違いない。実は助け出すための演技だったとでも言って誤魔化すか……


「ライオネル様、庇ってくださったのは嬉しいですけれど、これでは皆に誤解されてしまいますわよ」


グダグダと考え続けていた私は、マリア殿の声にハッと意識を戻した。あの恥知らずな侯爵夫人一行を処理してからとにかくマリア殿を好奇の視線の中から連れ出さなければと腕を引いて来てしまったが、いつの間にか随分と庭園の奥へと来てしまっていた。そっと振り返れば、マリア殿はちゃんと説明しなさいという表情で私を見上げていた。

ああ、これは演技だと思われているな……。

理性ではこれで良かったじゃないかと思うのに、本能は私の気持ちを知って欲しいと叫んでいる。


夜の庭園の中でも明るく輝くような美しい装いのマリア殿。琥珀の瞳には夜空の星のようなキラキラとした輝きが映り込んでいる。この輝きを手にしたいと、ずっと押さえ込んでいた気持ちが暴走しそうだった。私の瞳の色と同じ若草色の宝石のネックレスもいけない。まるで私のために着飾ってくれているような幸せな妄想をしてしまいそうになる。

……彼女を守る権利が欲しかった。これからも、彼女を守るのが私だけであれたなら、それはどれほど幸せな事だろうか……。


「会場で私が言った言葉に嘘はありません。もしも許されるのならば、私はあなたと人生を共にしたいと思っております」


気づけば私は、自分の欲を口にしてしまっていた。本当に、私はなんて身の程知らずの欲深い人間なのだろうか。マリア殿の負担になるだろうこの気持ちなど、一生伝えるつもりはなかったのに……。


「私は、大きな罪を犯した愚かな男です。ましてやあなたの主を辛い立場に立たせた、あなたにとっては許せない男でしょう。だから私にそんな資格はないとずっと思っていました。

あなたなら、きっとこんな私なんかでなく、もっと相応しい人はたくさんいる。あなたが幸せになるのを見守ろうと、思っていたのです。

でも、あんな男に無理やり結婚させられるのは絶対に許容できなかった。それならば私がと、……思って、しまったのです」


マリア殿を一番にできない私など、マリア殿に相応しくないと思っていたはずなのに。しかし会場でリドネ男爵がマリア殿の肩に手を回していた時の怒りがよみがえる。その時の、自分の気持ちも……。

あんな男に触れられるくらいなら、私が、彼女を……。


「私は、王妃様に尽くし、生き生きと働くマリア殿が好きです」


この二年、積もり積もった思いが空気を震わせた。


「私は陛下と王妃様に忠誠を誓った身です。もしもの時は、あなたを一番にする事はできないでしょう。それでも、あなたと共に生きてゆけたらと思うのです。許されるのならば、誰よりも近くで。

ーーマリア殿、あなたを守る権利を、私にくださいませんか?そして私と共にこれからも陛下と王妃様を支えていきませんか?二人で、生涯共に」


あなたを一番にできないなんて、なんて最低なプロポーズだろうか。しかし私は自分の嘘偽りのない気持ちを言葉にのせた。


しかし言葉を発せず俯くマリア殿の様子に、かき集めた勇気がスルスルと萎んでゆく。やはり私などの気持ちは負担で、嫌がられているのではないかと血の気が失せるほどの恐怖が這い上がってきた。


「お気を悪くさせてしまったなら、申し訳ありません。確かに、私などマリア殿に相応しくないのは分かっていたのです。それに、公爵夫人などあなたにとっては煩わしい義務がついた不要なものでしかないでしょうし……。し、しかし、マリア殿に公爵家の仕事などを押し付けるつもりは元から無かったのですよ。そんなものは私が全て処理するので、あなたは今まで通り王妃様にお仕えしていただければと…」


せめて嫌わないでくれと、みっともなくも言い訳を並べる私にマリア殿の澄んだ声が飛び込んできた。


「私に相応しいか相応しくないかは、私が決めます!」


「さっきから相応しいだ相応しくないだとグダグダ言っていますけれど、私がいつも気にしてしまう人は、主が大好きで、過去の自分に後悔しまくって、いつも目に隈を作って馬鹿みたいに真面目に働く、そんな困った人ですわ」


マリア殿の言葉に、私の頭は真っ白になって固まった。


「それに、またしてもあなたは仕事を抱え込んで!公爵夫人の仕事といって女性のお茶会にも出るおつもりですか?

そりゃあ、私みたいな平民の女に何ができるんだって思われるでしょうけど、――夫婦になるのでしたら、お互い助け合うべきでしょう⁈」


夫婦に、なるのなら――?それは、まるで――。


私は今聞いた言葉が自分の欲望による幻聴でない事を確かめるようにギュッとマリア殿の手を握った。


「……それは、了承の返事と受け取っても良いのでしょうか?」

「……え?」


私の切羽詰まった問いかけに対して、驚いたように目を見開いたマリア殿の頬がじわじわと赤くなっていく。私はそれを、信じられないような心境で見つめていた。


「そ……、そう、です、わね?」


マリア殿の小さな口からこぼれたプロポーズへの返答に、私は身体中が歓喜に包まれた。

いいのだろうか?本当に?私なんかが、マリア殿と結婚できるのか――?


「そ、そもそも、本当に平民の私で良いのですか?後から文句を言われても知りませんわよ!」


そんな些細な事を気にする必要なんてない。マリア殿の憂いとなる事柄は、すべて私が取り除きますから。


「そ、それに、私はティナ様みたいに綺麗じゃないですからね!公爵夫人がこんなちんちくりんでって言われても責任取りませんよ!」


美しさで言うのなら、陛下の奥方であられる王妃様の右に出る者はいないのだろう。しかしそんな事を比較する方が間違っている。なぜならマリア殿は、世界一可愛らしい方なのだから。

ずっと触れたいと思っていた柔らかな栗毛色の髪にそっと口付ける。途端に色づく赤い頬がたまらなく愛おしかった。



愛しております、マリア殿。あなたを守る権利をくださったあなたに、必ず報いてみせましょう。あなたはなんの憂いもなく、王妃様にお仕えしてください。そして私の元に笑顔で帰って来てくれるのならば、私にとってそれ以上の幸せはありません。

贅沢を言うのならば、毎日あなたと、あなたの淹れてくれたカモミールティーが飲みたいと思います。

ライオネル視点もお届けできて嬉しいです。皆さま「筆頭侍女様の恋物語」を最後までお読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] マリアさんは、一度どこかの貴族家の養女になるのでしょうか? [一言] ほんわかしてしまいました。 続きも読んでみたい気持ちです
[良い点] 完全なるネタバレ感想ですので、未読のかたはスルーでお願いいたします。 『高圧的な見合いをさせようとしていた下衆な輩も、もちろん二度と彼女の前に出れないように排除した』 きゃ~!!私もラ…
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