後編
直前に書き直しをしていたら遅くなってしまいました(>人<;)これで完結となりますが、ライオネル視点を近日中に書きあげたいと思っております。そちらも是非ご覧ください。
「ねえねえ、マリア様。マリア様はライオネル様とお付き合いしておりませんの?」
「な、アビー、何を言っているの⁈」
ティナ様の夜会の準備のために別室で作業をしていると、アビーが突然そんな事を聞いてきた。ここにはティナ様付きの侍女であるアビーとクリス、パメラがいて他の二人もその話題にパッと顔を向けて話にのってきた。
「あ、それ私も気になっていました。仲良いじゃないですかー」
「あり得ませんわ。彼は公爵家当主。私は平民です!」
「もー、私たちはそんな事聞いてないのです!マリア様のお気持ちを聞いているのですわ!」
「そうですー!ライオネル様、今人気あるんですよ?金髪碧眼の見目麗しい公爵家当主で、婚約者もいないなんて貴族令嬢の格好の獲物じゃないですか!うかうかしてるとそこらの令嬢に取られちゃいますよ」
「獲物って、あなたねぇ」
「まあ、確かに仕事の鬼って感じで浮いたお話しを全く聞いたことありませんでしたけれど。でも、マリア様にだけは態度が違うと思いますのよね」
「あ、私も!私もそう思ってました!」
「それは私がズバズバ無礼な態度をとっているから気を使う必要がないと思ってのことですわ、きっと」
「えー?そうですか?私には逆にマリア様にだけ凄くお優しいと思うのですけれど」
納得していなそうなアビーたちを振り切って私は時計を見て立ち上がる。
「そろそろ夜会の時間ですね。さあ、お仕事ですよ!」
私はパンパンと手を叩いて解散を告げる。
本日は毎年この時期に行われる収穫祭の式典があるのだ。王城では夜会が開かれ、城下の街でも露店が出て賑やかなお祭りとなる。今日の私たちの使命は、ティナ様を夜会で誰よりも輝かせる事なのだ。
今日のティナ様のドレスは穏やかな秋の空を思わせるような優しい水色に上品な白いレースをあしらったものだ。後ろ髪は残しながら一部を結い上げて、ドレスと同色のリボンと、ティナ様の好きな紺色に近い色味のアクアマリンの髪飾りで銀糸の髪を彩る。
自分の仕事に大満足でティナ様に出来上がりましたと声をかけると、ティナ様がくるりとこちらを振り向いて微笑んだ。
「綺麗に仕上げてくれてありがとう、マリア。じゃあ、次はマリアの番。みんな、お願いね」
「「「はーい!」」」
「え??」
何のことかと目を白黒しているうちに、アビーたちが私を別室へ連れ込もうと腕を引っ張られる。ティナ様を放ってどうするのだと声を上げれば、いつの間に来ていたのかティナ様と同じ水色の生地を一部に使った正装に瑠璃色のラピスラズリのカフスボタンをつけた陛下がちゃっかりとティナ様を迎えに来ていた。笑顔で手を振るティナ様に見送られ、私はアビーたちに別室へ連行されることとなった。
「もう、いったいなんなのですか?」
「王妃様からのご提案です。最近働き詰めだったマリア様に、今日はお休みとするので収穫祭の夜会を楽しんでほしいって」
「ふふ、王妃様からのご依頼ですもの、本日はマリア様を最高に素敵なご令嬢に変身させますわ!」
私が目を見開くと、いつの間に来ていたのか仕立て屋のリシス様が一着のドレスを持って現れた。
「ふふ、王妃様からのご依頼でマリア様のドレスを作らせていただけるなんて、とても光栄でした!さあ、是非着て見せてくださいな」
渡されたのは、落ち着いた淡い黄色の生地に襟元や裾に上品な白いレースが使われたとても可愛らしいドレスだった。もしかしなくともこのレース、ティナ様とお揃いなのでは……⁈
「こ、こんな素敵なドレス、ご令嬢でもない私なんかじゃ似合いませんわ」
「何を言ってますの!私がマリア様のためだけにデザインしましたのよ!マリア様以上に似合う人なんている訳ありませんわ!」
「そうですよマリア様!絶対に似合います!」
「で、ですが、平民の私が夜会に出るなんて……」
「あら、収穫祭の夜会はそれほど厳格ではないから心配いりませんわ。それに夜会には刺繍教室に来ていたご令嬢たちもたくさんいらっしゃいますから気まずくなる心配もありません」
リシス様にパメラ、クリスにアビーと次々に逃げ道を塞がれて、私は観念して彼女たちに身を任せる事となった。何より、ティナ様の心遣いが嬉しかったから。きっとお茶会での件を心配してくださっていたのだろう。
ティナ様とお揃いのレースを使ったドレスに袖を通す時は、さすがに嬉しさで心がくすぐられるようだった。
「マリア様ほどの腕はありませんけれど、髪結いは私が担当いたしますわ」
そう言ってアビーが私の栗毛色の髪をハーフアップにして丁寧に結ってくれる。
「私はお化粧担当です」
パメラが私に似合う色を選んで口に紅をのせる。こんな風に人に着飾らせてもらうなんて初めてのことだ。なんだか少し気恥ずかしい。
できましたという声に瞼を上げれば、鏡には普段の化粧っ気のない私とは違うまるでどこかのご令嬢のような女性が目を丸くしてこちらを見ていた。
「マリア様、とってもお似合いですわ。首元には是非この私が厳選したネックレスをつけて行ってください。今日は羽を伸ばして、楽しんできてくださいね!」
クリスに若葉色のグリーンガーネットのトップがついたネックレスをつけられて、私は笑顔の四人に夜会へと送り出された。
夜会の会場は美しい花々で彩られ、テーブルには各地の収穫祭から上がってきた様々な料理が芸術品のように載せられている。色鮮やかなドレスや正装を着た招待客たちが広間にさらに花を添えていた。見慣れたつもりの会場なのに、自分が参加者側となると新しい発見もあり、今後の参考になるとキョロキョロと見回してしまった。
「まあ、マリア様、お久しぶりですわ」
そこに懐かしい声がかけられた。以前ティナ様とともに刺繍をお教えしたユーベリ侯爵家のジーナ様だ。今はもうご結婚されてミラス侯爵夫人となっている。お隣には、今も仲の良いアニエス様もいらっしゃる。
「ジーナ様、アニエス様、お久しぶりでございます」
腰を折って挨拶を交わすと、ジーナ様もアニエス様も瞳を輝かせて私の装いを褒めてくださる。
「はじめはどこのご令嬢かと思いましたわ!とってもお綺麗なんですもの!」
「あ、ありがとうございます。ジーナ様もアニエス様も、とても素敵ですわ」
他にも刺繍教室で知り合った方たちと挨拶を交わしながら、三人で料理を食べたりおしゃべりをして思った以上に楽しく過ごすことができた。もう少ししたら陛下とティナ様も入場の時間となるはずなので、今のうちにお手洗いにと私はひとり席を外した。
会場に戻りジーナ様たちの待つテーブルへ戻ろうとしたその時――。
「まあ、筆頭侍女様ではありませんか!ちょうど良かったですわ。わたくし、あなたに良いお話があって参りましたの」
……再び、望まぬ邂逅が私を襲う事となった。
「……これは、ブルージャス侯爵夫人様とレディアーヌ様。私にお話とは……?」
今日はより一層気合の入った豪華な衣装の二人に頭を下げながらチラリとその顔を窺えば、夫人は満面の笑顔で口を開いた。レディアーヌ様も口元を扇で隠しながらも目が愉快そうに笑われている。
「わたしくし、以前のお茶会で失礼なことをしてしまったのではないかと悩んでいたんですの。王妃様にもご不快な思いをさせてしまって心苦しいですわ。あなたはとても優秀な侍女でありますのに……。ですので、お詫びをしたいと思っておりましたのよ」
ブルージャス侯爵夫人の甲高い声は嫌でも周りの注目を集めてしまう。意図的なのかどうかは分からないが、この衆人環視の中で何を言い出すのか悪い予感しかない。
「いえ、使用人である私がそのような過分なお心遣いをいただく訳にはまいりませんわ」
「ご遠慮なさらないで。わたくし、王妃様のためにもなるご提案をもってまいりましたの。あなたはとてもご優秀だから、きっととてもお忙しくていらっしゃったのでしょう?お見合いも何だかんだと理由をつけて断っておられるようですし……。しかし長年王妃様の筆頭侍女を務めていらっしゃったマリアさんが行き遅れたなどとなれば何か問題があるのかと王妃様の評判にも傷がついてしまいますわ。わたくし、そのような事になれば心が痛いと思いまして、マリアさんにとても良い縁をご紹介しに参りましたのよ。私の甥なのですが、平民のあなたでも良いと言っている優しい子ですの」
ブルージャス侯爵夫人の独りよがりな言葉に、私は拳を握りしめた。こちらの事を慮っているように見せた言葉の端々から、こちらを下に見て蔑む意図が垣間見える。というか、お見合いの話など私は聞いたこともない。
それでも、あくまでも私は何の爵位もないただの侍女だ。侯爵夫人の好意を無碍にする発言をする訳にはいかない。しかし、違和感がこびりついて離れない。なぜここまで私に構うのか。何か別の意図があるのでは……。
私が顔を上げてブルージャス夫人の意図を探ろうとしていると、私の横に煤けた金髪の髪をかき上げた軟派そうな男がやってきて肩に手をかけられる。
「やあ、君がマリアさんだね。平民だと聞いていだけど結構可愛いじゃないか。僕はリドネ男爵のオムスという。平民の君を娶ってあげるんだ。もちろん喜んでくれるだろう?」
そう言って握手を促すように右手を差し出してくる。この手をとれば、自動的にこの結婚に同意したとみなすという事だろう。
人の容姿をとやかく言いたくはないが、大した容姿でもない癖に何故そこまで自信満々な態度が取れるのだろうかと甚だ疑問だ。確かにそこそこ整っているかもしれないが、私はあの陛下とティナ様というとんでもない美形を見慣れているというのに、そのことについて何も思うところはないのだろうか。大体、その自慢げな金髪もライオネル様に数段劣る。
肩にかけられた手に嫌悪感を抱きながらも頭は高速で回転していく。
何故ここまで私の結婚を推し進めるのか?考えられるのは私からティナ様や陛下の情報を得ること、もしくは結婚を機に仕事を辞めさせて筆頭侍女の席を空けさせること。では娘をその地位に就かせて何を狙う?ただその地位が目的なのか、他の目的があるのか……。もしもティナ様に害をなす事を目的としていたら……。
私はキッと男爵の手を睨みつける。
今この手を取るのは悪手なのかもしれないが、取らないわけにもいかないのならば取った上で情報を得てみせよう。きっとこの話は社交界中に広まってしまうだろうけれど、本当に結婚させられる前にきっとライオネル様が手を打ってくれるはずだ。自分でも気づかないうちに、私は随分とライオネル様を頼りにしていたらしい。でも、きっと何とかしてくれると心から信じられた。
頼りになる同僚を脳裏に思い浮かべながらリドネ男爵の手をとろうとしたその時、男との間に割り込むように、凛とした声が聞こえて来た。
「ブルージャス侯爵夫人、申し訳ないがそのお話は少し待っていただけませんか?」
驚いて顔を上げると、私を庇うように割って入った今まさに思い浮かべていたライオネル様の背中が見えた。ちらりとこちらを心配そうに見る若草色の瞳に、私はホッと力が抜けるのを感じた。
「ま、まあ、ベイスン公爵様ではないですか。どうなさったのですか?あ、レディアーヌが今ご挨拶に向かおうとしていた所でしたのよ」
「ベイスン公爵様、本日は…」
「侯爵夫人、侯爵令嬢」
侯爵夫人とレディアーヌ様の言葉を、静かなライオネル様の言葉が切り捨てる。そして何を思ったのか、ライオネル様はクルリと私の方を向き直ると、壊れ物を扱うようにそっと私の手を取り夫人に向き直る。
そして、とんでもない事を言い出した。
「申し訳ありませんが、マリア殿には私が求婚しているところなのです。あなたの甥御どのには、遠慮していただけませんか?」
ライオネル様の発言に、広間は大きな騒めきに満たされた。驚いたのは私も一緒だ。何を言っているのだと問い詰めようとライオネル様の顔を窺えば、真剣な表情に見つめられて不覚にもグッと口をつぐんでしまった。
しかし、口をつぐんでいられないのが侯爵夫人とご令嬢だ。
「ベイスン公爵様、何を言っておられるのですか⁈歴史ある公爵家に平民の女を迎えようとおっしゃるのですか⁈」
「そうですわ!たかが平民に公爵夫人が務まるわけないですわ!」
「彼女は王が認め、王妃様が一番に信頼なさっている誰よりも優秀な筆頭侍女です。彼女を貶めるような発言は、私が許しません」
一瞬でその場の空気を掌握してみせたライオネル様は、ついと視線で衛兵に合図を送って侯爵夫人とレディアーヌ様、そしてリドネ男爵をも外に連れ出すように指示を出した。喚く三人に、ライオネル様は氷のような冷めた表情を浮かべる。
「この騒ぎを見つけたのが私で良かったですね。陛下でしたら、即拘束の上牢に叩き込むご命令を下したでしょう。王妃様がご懐妊されているこの大切な時期に王妃様が誰より信頼するマリア殿に手をだそうとは……。随分と命知らずな方たちだ」
ライオネル様の言葉に三人は顔を真っ青にさせて今度こそ大人しく衛兵に連行された。それを呆然と見送っていると、ライオネル様が私の腕をぎゅっと握る。
「マリア殿、こちらへ…」
なぜか俯いて表情が見えないライオネル様は私の腕を引き会場の出口へと促す。
私は周りをさりげなく見回した。周りの招待客たちは、皆先程のライオネル様の発言に興味津々で私達を遠巻きに見つめていた。確かにこの場からは出た方が良いのだろう。
この場で問いただすこともできない私は慌ててライオネル様に引っ張られるままについて行く事となった。
秋は日の入りも早く、空は瞬く間に茜から紺色へ色を塗り替え、星の光を散りばめている。
会場から出て人気のない庭園にたどり着くと、私は我慢できずに声を上げた。
「ライオネル様、庇ってくださったのは嬉しいですけれど、これでは皆に誤解されてしまいますわよ」
黙ったまま黙々と歩いていたライオネル様は、私が声をかけた事でピタリと歩みを止め、ゆっくりと私の方に振り返る。
「……私としては誤解されても何の問題もないのですが……。
しかし、マリア殿の不名誉となるような事にする訳にはいきませんからね。もちろん、ただ同僚を庇っただけだと皆を納得させるように話を流す事もできるので心配は無用です。
……しかし、それは私の話を聞いてからにして欲しいのです」
いつもはとても紳士的でこちらを気遣ってくれるライオネル様は、今はそんな余裕も無いかのように私の腕を握ったまま口を開く。
「会場で私が言った言葉に嘘はありません。もしも許されるのならば、私はあなたと人生を共にしたいと思っております」
会場での言葉はただの演技だと思っていた私は、ライオネル様の言葉にポカリと目と口を開けてしまう。
「そ、そんな事、今まで一度も…。そんなそぶり、全くなかったではありませんか!いきなりどうして……」
「……それはそうですね。私は、この気持ちをマリア殿に伝えるつもりはなかったのですから」
庭園に取り付けられた灯りが真剣なライオネル様の表情を照らし出す。ずっと私の腕を握る手が、かすかに震えているようなのは気のせいだろうか。
「私は、大きな罪を犯した愚かな男です。ましてやあなたの主を辛い立場に立たせた、あなたにとっては許せない男でしょう。だから私にそんな資格はないとずっと思っていました。
あなたなら、きっとこんな私なんかでなく、もっと相応しい人はたくさんいる。あなたが幸せになるのを見守ろうと、思っていたのです。
でも、あんな男に無理やり結婚させられるのは絶対に許容できなかった。それならば私がと、……思って、しまったのです」
ライオネル様はまるで懺悔するかのように視線を落とす。しかし次の瞬間にはバッと顔を上げ、若草色の瞳に決意の光を灯して私を真っ直ぐに見つめてきた。
「私は、王妃様に尽くし、生き生きと働くマリア殿が好きです」
真っ直ぐなその言葉に、私の胸は大きくドクリと波打った。
「私は陛下と王妃様に忠誠を誓った身です。もしもの時は、あなたを一番にする事はできないでしょう。それでも、あなたと共に生きてゆけたらと思うのです。許されるのならば、誰よりも近くで。
ーーマリア殿、あなたを守る権利を、私にくださいませんか?そして私と共にこれからも陛下と王妃様を支えていきませんか?二人で、生涯共に」
それは、プロポーズとしては減点ものの台詞だったかもしれない。けれども、どんな口説き文句よりも私の心を揺さぶった。
漠然とした将来を考えた時に、私は当然のようにティナ様に仕えていて、そしてライオネル様も王の側近として共に仕事にあたっていた。そのライオネル様の隣に別のご令嬢がいる所など想像もしていなかった、いや、したくないと思っていた自分に今更ながらに気がついて顔が熱くなってくる。
贖罪のように身を削って陛下とティナ様に尽くすライオネル様を支えたいと、きっといつからか私は願っていた。身分差を理由に考えないようにしながらも、私の淹れるカモミールティーを美味しそうに飲むライオネル様の笑顔が、その時間が、いつの間にかとても大切に思えていたのは、きっと……。
今まで仕事一筋で恋愛経験なんてない私は、気恥ずかしさに何と言えばいいのか分からなくなってしまった。やっと自分の思いに気づいたところなのに、今まさにその相手から求婚されているのだ。
しかし黙ったままの私に何を勘違いしたのか、ライオネル様は悲痛そうな表情でギュッと拳を握って下を向いた。
「お気を悪くさせてしまったなら、申し訳ありません。確かに、私などマリア殿に相応しくないのは分かっていたのです。それに、公爵夫人などあなたにとっては煩わしい義務がついた不要なものでしかないでしょうし……。し、しかし、マリア殿に公爵家の仕事などを押し付けるつもりは元から無かったのですよ。そんなものは私が全て処理するので、あなたは今まで通り王妃様にお仕えしていただければと…」
「私に相応しいか相応しくないかは、私が決めます!」
暗い口調で自分を卑下するライオネル様を遮って、私は思わず大きな声を上げていた。
「さっきから相応しいだ相応しくないだとグダグダ言っていますけれど、私がいつも気にしてしまう人は、主が大好きで、過去の自分に後悔しまくって、いつも目に隈を作って馬鹿みたいに真面目に働く、そんな困った人ですわ」
何を言っているのか自分でも考えが纏まらないままに、私は体から飛び出す言葉を投げつけていた。
「それに、またしてもあなたは仕事を抱え込んで!公爵夫人の仕事といって女性のお茶会にも出るおつもりですか?
そりゃあ、私みたいな平民の女に何ができるんだって思われるでしょうけど、――夫婦になるのでしたら、お互い助け合うべきでしょう⁈」
はあはあと息を荒げて啖呵を切った私に、ライオネル様は驚いたように目を見開いた後、ひどく真剣な表情で私の手を握った。
「……それは、了承の返事と受け取っても良いのでしょうか?」
「……え?」
私は自分の口にした言葉を反芻して、途端にじわじわと顔が赤くなってくるのを感じた。
「そ……、そう、です、わね?」
こちらもプロポーズの返事としては落第ものの台詞に、しかしライオネル様はまるで泣きそうに瞳を潤ませて幸せそうな笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます、マリア殿。とても、嬉しく思います……」
「そ、そもそも、本当に平民の私で良いのですか?後から文句を言われても知りませんわよ!」
照れ隠しにそんな言葉を投げても、ライオネル様の笑顔は少しも揺らぐことはなかった。
「もちろんです。爵位など、あなたの前では何の価値もありません」
「う、そ、それに、私はティナ様みたいに綺麗じゃないですからね!公爵夫人がこんなちんちくりんでって言われても責任取りませんよ!」
「それは、王妃様は陛下のご伴侶であらせられ、至上のお美しさですからね」
あっさりと肯定しましたわねこの主大好き人間がっ!もう少し女心を学んでまいりませ!まあ、ティナ様が世界一お美しいのは当然のことであって、ここで私の方が綺麗だなんて戯言を抜かしたならしばき倒すところではありますが。
そう悶々と考えていると、ライオネル様はまるで大切な秘密を教えるかのようにフワリと笑って、下ろしている私の栗毛色の髪を宝物のように一房掬い取って口付けた。
「マリア殿は美しいではなく、可愛らしいと言うのですよ。その装い、よくお似合いでとても素敵です」
「は、はあぁああ!?」
至極当然の事のように言われた台詞に、私はこれ以上ないほどに顔が真っ赤になるのを自覚した。
その後、私は部屋までライオネル様に送ってもらったのだけれど、「少し冷えますから」と渡された上着を黙って奪い取って着込んでやりました。あんな台詞を吐いて私を動揺させた罰ですわ。
その事になぜかとてつもなく嬉しそうに笑顔を浮かべるライオネル様を見ないように、私は火照った頬を覚ますためにツンと顔を背けるのだった。
***
「つまりは、娘をティナの筆頭侍女にしてお前に近づき、公爵夫人の地位を得ようとするブルージャス夫人と娘の企みだった訳だな」
「はい。大変お騒がせいたしました」
「そんな事のためにティナの侍女の座を利用しようとするとは……許せんな。ブルージャス侯爵には釘をさしておいたというのに、妻と娘を抑えられなかったとは……」
「はい、然るべき対処をしておきます」
ライオネル様が報告する事件の顛末に眉を寄せたキースファルト陛下は、ブルージャス侯爵家への制裁を頭の中で計画しているようだった。しかしティナ様が呼びかけるとハッと顔を上げ、先ほどの険しい顔はどこに行ったのかと目の錯覚を疑うほどの優しげな笑みを浮かべてティナ様の手をとる。
「キース様、そのお話今は置いておきましょう?せっかく嬉しい報告をしに来てくれたのですから」
「ああ、すまない、ティナ」
ティナ様の言葉に、陛下は愛おしげな笑みを浮かべてティナ様の隣へと腰を下ろした。
陛下の執務室には今、陛下とティナ様、私とライオネル様しかいない。本来ならば私とライオネル様は主人の後ろに控えているのだが、今日だけは陛下とティナ様の前のソファに並んで座っている。
「二人とも本当におめでとう!」
私とライオネル様がティナ様と陛下に結婚の報告をすると、ティナ様は顔を輝かせて喜んでくださった。
「ライオネル様、マリアをよろしくお願いします。マリアは、私の何よりも大切な親友なのです。たくさん、本当にたくさんの苦労をかけてきました。だからマリアには、世界一幸せになって欲しいのです。どうぞマリアを、幸せにしてあげてくださいね」
「はい、王妃様。私の全てをかけて、マリア殿を守りたいと思っております」
「ティナ様〜〜〜!」
ティナ様の言葉に、私は瞳に涙を浮かべて幸せを噛み締めた。
「ティナ様、私仕事は辞めませんからね!ずっとお側に仕えさせてくださいませ!」
「もちろんよ!私の筆頭侍女は、マリアだけよ」
ティナ様にこんなに思っていただけている私は本当に幸せ者だ。なんと言っても、私はティナ様が「(陛下よりも)誰よりも信頼している筆頭侍女」なんですから!
「さあ、そうと決まればライオネル様、早く式の日取りを考えましょうか!私、子供は男の子も女の子もどちらも欲しいのです!」
「へ?マ、マリア殿?こ、子供ですか??」
私の発言に、途端に顔を赤く染め上げるライオネル様。しかしそんなライオネル様に私は腰に手を当ててズイっと顔を近づけた。
「分かっておりますの、ライオネル様?今なら私達の子供がティナ様のお子様の幼馴染となり、ゆくゆくは側近や騎士、女の子なら侍女としてお仕えする事ができるかもしれませんのよ!」
「な!!!わ、私達の子供が、陛下のお子様の、お、幼馴染……⁈
マリア殿、あなたは天才ですか⁈」
途端に顔を輝かせるライオネル様に、私は満面の笑みで頷いた。自分の頬が熱くなっているのは、気づかないふりをしておきましょう。
ーーー陛下とティナ様のような燃えるような恋ではないかもしれない。でも、私たちの関係はこれからゆっくりと進めていけばいい。時間はたくさんある。だって、私たちはこれから生涯、共に手を取り合って陛下とティナ様を支えていくのだから。何があろうとそれだけは、疑いようのない未来なのだ。
私は今日もカモミールティーを淹れて、嬉しそうなライオネル様と笑い合った。
結婚の報告を聞いた後、マリアとライオネルの掛け合いをニコニコと聞きながら、ティナーリアは隣に寄り添うキースファルトの耳に口を寄せて嬉しそうに耳打ちする。
「キース様、やっぱり二人とも、とってもお似合いだと思いませんか?」
「ああ、俺もそう思う」
ティナーリアに耳を傾け、キースファルトも笑ってそう応えた。親友の幸せに心から幸せそうに喜ぶ最愛の妻の笑顔を、キースファルトはいつものように愛おしそうに見つめていた。