中編
本日、美しい花々が咲き乱れる王城の中庭を眺めるテラスでは高位貴族の奥方たちのお茶会が開かれている。
お茶会は重要な情報収集の場でもある。
不遇な環境の中で王族としての教育を受けてこられなかったティナ様だが、今では立派にお茶会の主催も務められており、共に準備に取り組む私たち侍女も鼻高々だ。
ティナ様の美しい銀糸の髪に白いアマリリスの花を飾り、ふわりと靡くパールホワイトのドレスの裾には繊細なレースがふんだんに使われている。アクセントの腰のリボンはメリハリをつけるために紺色で、ふわりとした印象を上品に引き締めている。薄く化粧を施した顔はガラス細工のように繊細でティナ様の宝石のような瑠璃色の瞳を際立たせていた。
はぁ〜、ほんっっっとうに美しいですわ……‼︎来客の方々がティナ様の美しさに感嘆の息をもらすのも当然のこと。
ドレスのデザインの際にはティナ様のお腹の負担にならずにいかに美しいシルエットにするのか仕立屋のリシス様とたくさんの意見を交わしたものです。
――リシス様、あなたとはリボンの色で激突しましたけれど、あなたの目に狂いはなかったわ…!
ティナ様をより美しく着飾らせる事は私の生きがいと言っても過言ではございません!
ティナ様が自ら選ばれたお茶菓子と、それに合う紅茶に参加された奥方たちはとても満足されたようで、ティナ様も嬉しそうに微笑んでおられて終始和やかな空気が流れている。しかしお茶会も終わりに近づいたその時、甲高い声がその場に割り込んできた。
「王妃様、この度はご招待ありがとうございました。素晴らしいお茶会でしたわ」
ティナ様とお話しされていた夫人は話を遮られたことに不快そうにその声の主を見たけれど、ティナ様はそんな事おくびにも出さずににっこりと微笑まれた。
「ブルージャス侯爵夫人、本日はお出でいただきありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
豪華な青いドレスに煌びやかな大ぶりのサファイアの首飾りをつけた夫人は大仰にドレスの裾を摘んでティナ様に挨拶をする。そして観察するようにティナ様の装いを眺めると、パッと扇を広げた。
「庭園の花々の美しさもさることながら、王妃様のドレスは本日もとても素晴らしいですわ。
ですが……、その御髪を飾るのは、品格のある宝石が相応しいと思いますの」
侯爵夫人の物言いに、私はピリッと神経を尖らせる。ティナ様に不敬と思われる言動をした者は、すぐに会場から叩き出して良いとの陛下からの勅命があるのだ。私は隠れて警護にあたる衛兵たちへ、目線でもしもの場合のための合図を送る。
しかし、話は私の思わぬ方向へと流れていった。
「…宝石も素敵なのでしょうけれど、私は皆がドレスに合わせて選んでくれたアマリリスの花がとても好きですわ」
「王妃様の筆頭侍女は、そういえば平民とお聞きしましたわ。もちろんその素朴なお花も可愛らしいですけれど、貴族としての格式を理解する者が近くに必要なのではと愚考いたしますわ」
私もティナ様も、思いもしていなかった方向に飛んだ話に反応できずにいた。そもそも、平民である私はティナ様の危機以外で口を挟むことはできないのだけれど。
「バルディンはいまや三国を治める宗主国ですわ。その王妃ともなれば、それ相応の品格がやはり必要となりますでしょう。常におそばに置く筆頭侍女ともなれば、通常は侯爵以上の爵位の家の娘が相応しいと言われていますわ」
まさか私の事について言及されるとは思ってもいなかった。私は口を挟む事もできず、スカートをギュッと握りしめた。その間にも、ブルージャス侯爵夫人の後ろからブルネットの髪に宝石の散りばめられた豪華な髪飾りをつけたご令嬢がやってきた。
「老婆心ながら、王妃様のためにわたくしの娘を推薦してさしあげたいと思いますの」
夫人の紹介に、ドレスを摘んで礼をしたご令嬢は優雅にティナ様に挨拶する。
「お初にお目にかかりますわ。わたくし、ブルージャス侯爵家のレディアーヌと申します。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
レディアーヌ様は顔を上げると、チラリと私の方を見て優雅な笑みを浮かべた。その笑みに、私はスッと冷静になる。
なるほど、確かに大国の王妃の筆頭侍女が平民だなんて聞いたこともない話だ。今まで反対されなかったのが不思議なくらい……。ティナ様が冷遇されていた時ならまだしも、今では民からの支持を一身に集める王妃様なのだ。
レディアーヌ様は、確かにとても貴族らしい優雅な所作のご令嬢だった。子爵令嬢であるアビーが普通に同僚として働いてくれているため忘れていたけれど……、
……本来なら、このような貴族女性がティナ様の筆頭侍女として相応しいでしょうね……。
私はレディアーヌ様を見ていられずにそっと視線を足下に落とした。しかしそこに、鈴の音のような声が響く。
「ブルージャス夫人、筆頭侍女にとって何よりも必要なのは、どれだけ信頼できるかという事だと思いますの。
私は誰よりもマリアを信頼しております。それは、これからどれだけ優秀な侍女が来ても変わらないのです」
「まああ!まさか、わたくしの娘は信頼できないと仰るのですか?」
「いいえ。
――ただ、私にとってマリア以上に信頼できる人はいないと、それだけのことですわ」
ハッと顔を上げれば、ティナ様が私にそっと微笑んでくれていた。その笑みは、私に大丈夫だと伝えてくれているようで、私は目頭が熱くなった。
ティナ様は、次いでブルージャス夫人とレディアーヌ様に向き直る。
「ありがたいお申し出ではありますが、後にも先にも、私にとってマリア以上の侍女は現れないでしょう。マリアは、私にとって誰より信頼できる唯一の筆頭侍女ですわ」
ティナ様の穏やかな中にも凛とした芯の強さを感じられる微笑みに、意見を翻す気はないと悟ったのか、夫人は一瞬忌々しげな表情を浮かべた。しかしこの場で文句を言う事の不味さはわかるのだろう、表情を取り繕って口元を扇で隠した。
「ほ、ほほほ。わたくし、余計な気を回してしまいましたわね」
「いいえ、夫人が私の事を心配してくださったお心、嬉しく思いますわ」
周りの奥方たちの目を気にしてかそそくさと帰っていくブルージャス親子を見送り、その日のお茶会は終わりを迎えた。
「ティナ様、申し訳ありませんでした……」
お茶会が終わった後、私はティナ様に頭を下げた。
大事な時期だというのに私なんかの事でご負担をかけてしまった。口を挟む事ができないとはいえ、何もできなかった自分が心底情けない。
……こんな時、爵位をもつ令嬢だったなら、違ったのだけれど……。
私らしくもなく、後ろ向きな考えが頭を過ぎる。しかし、沈んでいきそうな思考を掬い上げるように温かな言葉がかけられた。
「まあ、マリアに謝られるような事、私には何も身に覚えがないわ」
ティナ様は明るくそう言うと私の手をとってふわりと笑いかけてくれる。
「ね、マリア。私がマリアにどれだけ助けられているのか忘れてしまったの?マリアが筆頭侍女でなくなってしまって困るのは私なのよ?だから、マリアは堂々としていれば良いの。誰が何と言おうが、私の筆頭侍女はマリアだけですもの」
「ティナさま……」
ティナ様の言葉に、私は胸がいっぱいになる。いつだって、どんなに自分が大変な境遇にいようと誰かを思いやれるティナ様が私は何よりも大切なのだ。
ティナ様は私の心を軽くするためなのか、ふと何かを思いつかれたように楽しげな笑顔を浮かべた。
「ふふ、でもね、もしもマリアが好きな人と結婚する事になったのなら、話は別よ?マリアが望む選択をしてちょうだいね?私の親友が幸せになってくれる事が私にとっては一番大事な事だもの」
「もうティナ様!そんな人いませんわ!それに、私はたとえ結婚したとしても仕事を辞するつもりはございません!もしも辞めるように言ってくる相手なら、こっちから願い下げですわ!」
私の啖呵に、ティナ様はクスクスとおかしそうに笑ってくれる。こんなに明るく笑えるようになった事が、本当に嬉しい。たとえ誰に相応しくないと言われようと、この笑顔を守っていくためならば私はこの地位にしがみついていようと思うのだった。
しかしその数日後、私は再びレディアーヌ様と対峙する事になってしまった。
用事があり王城の中庭へ抜ける渡り廊下を歩いていた時、前方から数人の取り巻きを連れたレディアーヌ様がやって来た。レディアーヌ様は今日もブルネットの髪に高価な宝石があしらわれた髪飾りをつけて優雅に歩いている。
私は廊下の端に寄り、さっと頭を下げる。すぐに通り過ぎると思われたその一行は、しかしなぜか私の前で立ち止まった。
「あら、あなたは……王妃様の筆頭侍女様ではありませんか。お名前、何といったかしら?」
侯爵令嬢であるレディアーヌ様からの問いに、私は頭を下げながら返答する。
「はい、マリアと申します」
私の言葉に、取り巻きの令嬢たちがわざとらしいほど大袈裟に騒ぎ始めた。
「まあ、家名がないということは、平民の方なのかしら?」
「まさか、筆頭侍女様が平民なんてことありえますの?」
その騒めきに、レディアーヌ様の落ち着いた声が皆を静まらせた。
「皆さま、そのように騒ぎ立ててはいけないわ。ここは王城ですのよ。王妃様の不名誉なお話をこんな所でしては、どなたが聞き耳を立てているか分からなくってよ。
ですが――」
レディアーヌ様は頭を下げたままの私を見下ろし、言葉を紡ぐ。
「今、貴族の間では王妃様を心配される声が多いのですよ。とても慈悲深い王妃様ですから、平民との距離感も近いままですけれど、それでは王族の威厳が疑問視されかねない。せめて筆頭侍女として近くに侍る者は礼節を重んじる高貴な血の者でなければ、とね。あなたはその事を、どうお考えかしら?」
視線を地面に落としたまま、私は手をギュッと握りしめた。私の事は何を言われても構わないが、そこからティナ様の品位にまで話が飛んでしまうなんて……。反論したくとも、そこには圧倒的に大きな身分差が横たわり、私は震える拳を握りしめることしか出来ない。
しかしそこに、凛とした声が割って入った。
「マリア殿。ここにおられましたか」
皆が振り返れば、そこには図書館でのへにょりとした笑顔とは違う、凛とした表情で立つライオネル様の姿があった。
「まあ、ベイスン公爵様!このような所でお会いできるとは思いませんでしたわ」
レディアーヌ様が目の色を変えてライオネル様に声をかける。
ライオネル様はこの二年で公爵家の仕事も全て掌握し、国政の繁忙期の仕事とかぶってたまに図書室に籠ることはあるけれども随分と仕事にも余裕ができ、目の下の隈も薄くなっていた。その辺りからベイスン公爵家の爵位を継承していることも知られ始めて、容姿の整った若き公爵家当主であり陛下の側近も務めるライオネル様は現在貴族女性たちから熱い視線を送られる超優良物件となっていた。
貴族女性として高い地位を望むのならば普通は陛下の側妃を狙うのだろうが、ここバルディンにおいてそんな馬鹿な事を考える令嬢はいない(陛下のティナ様への溺愛は知らぬ者がいない程有名な話だし、ティナ様以外の令嬢などそこら辺の石ころ並みに興味無さそうですものね。というか、少しでもティナ様を悲しませるような事をしでかそうものなら、あの陛下は多分その令嬢の家ごと潰しかねません)。そうなると、筆頭公爵家であるベイスン家当主夫人がこの国で王妃に次いで地位の高い女性となるのだ。
レディアーヌ様も例に漏れず、ライオネル様を熱い視線で見つめていた。
しかしライオネル様は、レディアーヌ様を一瞥しただけで私に向き直る。
「申し訳ないがブルージャス侯爵令嬢、王妃様からの使いでマリア殿に用があるので失礼する」
そっけないライオネル様の返しに、一瞬レディアーヌ様から忌々しげに睨みつけられた気がした。しかしそれはすぐに扇の裏に隠され、にこりと優雅な笑みを浮かべた。
「王妃様の御用でしたら仕方ありませんわ。ベイスン公爵様、今度またお話できる日を楽しみにしております」
レディアーヌ様と別れた後、私たちは人通りの少ない裏の庭園へと場所を移した。
「……ライオネル様、ありがとうございました」
「いえ、余計な事でなければ良かったです。困っているように見受けられましたので」
ライオネル様と二人になった事で、私はホッと体の力が抜けるのを感じた。自分が思っている以上に緊張していたらしい。
ライオネル様とは王の側近とティナ様の筆頭侍女として何度も共に仕事に当たってきた。ライオネル様は今までにも多くの問題を解決してくれた頼りになる同僚でもある。国のために睡眠時間を削り、いつだって陛下とティナ様のために全力で取り組んでくれる方だ。これまでの二年以上の付き合いで、その点については誰より信頼していた。
そのためだろうか、心配そうな顔のライオネル様に、私はお茶会と先程のやりとりをつい口にしてしまった。
「私のせいでティナ様の事が悪く言われるのが、申し訳なくて……」
話し終えてから、私は情けなくも弱音を吐いてしまっていた。今まで誰にも指摘された事がなかったから思考の隅に追いやっていたけれど、レディアーヌ様の指摘は確かに間違ってはいないのだ。
「平民であることを恥じてはいないのです。お城に上がれるまでに育ててくれた父と母には感謝しておりますし、何より平民だったからこそ、リデアからずっとティナ様のおそばに居る事ができたのですもの。
でも、今になって身分の問題が表面化したため、平民である私ではティナ様を守るのに力不足ではないかと少し、考えてしまっただけなのです。今後、また私のせいでティナ様が何か言われたりしたらと思うと……」
ティナ様の笑顔を守るために筆頭侍女を続けようと思っていたのに、私がティナ様を煩わせる原因となってしまうのならば……。
私はギュッと唇を噛んで俯いた。
「…まだそんな事を言い出す輩がいましたか…。排除が足りなかったようですね…」
「?何か言われました?」
ボソリと何事か呟いたライオネル様に顔を向けると、何でもありませんよと穏やかな笑みを浮かべる。
「マリア殿、少しだけ、話をいたしませんか?」
そう言ってライオネル様はそっと私の手を引いて木陰のベンチに導かれる。ライオネル様がわざわざベンチに敷いてくださったハンカチの上におずおずと座ると、かすかに色づきはじめた葉の間から優しい木漏れ日の光が降り注いだ。隣に腰掛けたライオネル様も、共に木漏れ日を見つめながら静かに口を開く。
「突然こんな事を言われても困ってしまわれるかもしれませんが……、マリア殿は、私の憧れなのです」
突然の思いがけない言葉に驚いて目を向けると、ライオネル様は遠くを見るような表情で若草色の瞳を細めながら言葉を続けた。
「私は陛下をお支えしたいと誓いながらも、過去に己の思い込みと勝手な判断で陛下にとって何よりも大切な方を見誤り、国を危機に晒しました。今でも陛下の側近という地位に居座っていても良いのかといつも自問しています」
ライオネル様の話を、私は静かに聞いていた。ライオネル様がその事をずっと後悔しているのを知っている。彼が贖罪のように自分の身を顧みずに陛下とティナ様のために尽くしてきたのを、ずっとそばで私は見てきたのだから。
「……そんな私にとってマリア殿は、まるで私が手にできなかった光のような方なのです。
あなたは王妃様の侍女として、この国に来た当初からいつだって王妃様の唯一の味方であり、理解者であり、王妃様を一人で支え続けてこられました。
……私も、あなたのようにありたかった」
若草色の瞳が、静かに私を見つめる。そのどこまでも澄んだ穏やかな瞳に、私はそっと息をのんだ。
「今は、あなたを目標に、あなたのように陛下と王妃様を支えられる人間になろうと努力しているところです。そこに地位なんて関係ありません。マリア殿は、何よりも大切なものをすでに持っておられる。
――王妃様に尽くすあなたを、私は誰よりも尊敬しております」
ライオネル様の真っ直ぐな言葉に、不覚にも私は涙が出そうになった。だって、こんなにも嬉しい言葉があるでしょうか?何よりもティナ様を支えていきたいという私の思いを分かってくれている。そして、認めてくれている。
共に陛下とティナ様を支えてきたライオネル様からの言葉だからこそ、それは私にとって何よりも嬉しいものだった。
――私は、ティナ様を支えられているのですね……。
「…ありがとうございます、ライオネル様」
そうだ、何を悩む事があるだろうか。ティナ様が私を望んでいてくれている。だったら、私は筆頭侍女としてティナ様の望む通りに尽くせば良いのだ。よく考えたら、ティナ様の品位云々を言い出すような輩は、陛下とライオネル様が容赦なく対応してくれるだろう。
「そうですわね!少なくとも、あの意外と性格の悪そうなレディアーヌ様に筆頭侍女を譲るつもりはありませんわ!ティナ様が望んでくださっている間は、誰が何と言おうと私は筆頭侍女を続けます!」
気合を入れるように立ち上がり拳を握りしめて宣言すれば、ライオネル様はなぜか眩しそうに目を細めて私を見上げていた。その表情に、私は落ち着かない気持ちになる。時おりライオネル様はこんな表情をするのだ。まるで大切な宝物を見つめているようで……。なんて、もちろん私の気のせいなのは分かっていますけれど。
フルフルと頭を降って馬鹿な考えを振り払っていると、ライオネル様の口が小さく開く。
「あなたと結婚する人は、幸せでしょうね」
「は…………はあ⁈何を言っているんですか?」
突然ライオネル様から漏れた言葉に、私は大きく目を見開いた。
「あなたは、何があっても一人で立ち上がれる素晴らしい女性です。あなたならきっと、どんな相手とでも幸せな家庭を築いていけるのでしょう」
まるで何か自分には手の届かない幸せを見つめるかのような物言いに、何が何だか分からないが私はライオネル様を激励するように声をかける。
「まったく、我が国きってのお金持ちで優良物件の公爵様がいつまでも結婚しないから、そんな世迷いごとを言うくらいお見合い攻撃で疲弊するんですよ!早く綺麗な貴族のお嬢様をお嫁に貰えばいいんです!良い方から売れていってしまうのですから、あまり選り好みをしていたら婚期を逃してしまいますわよ!」
「……そうですね」
苦笑を浮かべるライオネル様を横目に見ながら、私は自分の言葉になぜかツキリとした胸の痛みに気付かぬふりをした。
だいたい、なんでまたそんな切なそうな顔をしているんですの?言いたいことははっきり言えばいいんですわ!
私はライオネル様が浮かべる眩しそうな、そして切なげな表情を見ないようにフイと顔を横に向けた。
「愚痴を聞いていただきましたから、何かお礼をいたしますわ。また仕事が溜まっていそうですから、書類整理のお手伝いくらいしてさしあげます」
「いつもありがとうございます。お礼をしなければいけないのは私の方ですよ。……ですが、お礼をしてくださると言うのなら、またカモミールティーを淹れていただけますか?それが一番、嬉しく思います」
「それじゃあいつもと変わらないじゃないですか…。……まあ、いいですわ。どうせ収穫祭の式典の準備で忙しくて今日も図書館に籠るのでしょうから、美味しいお茶を淹れてさしあげましょう」
「ありがとうございます、マリア殿」
嬉しそうなへにゃりとしたいつもの笑顔を浮かべたライオネル様にホッとしながら、私はいつものようにライオネル様と肩を並べて王城へと歩を進める。
そうして今日も、蜜りんごの香りが図書館の資料室を優しく満たすのだった。