⑨
前回の続きです。宜しくお願いします。
スライダーは投げられない。あのバッティングを見せられると、いつフェアグラウンドに落とされるか分からない。だが然し、それを斎藤が読んでいたら、次に投げる球は自ずと決まってしまう。何を投げればいいんだ。
マウンドで途方に暮れていると、「おーいピッチャー大丈夫かー」などと、ランナーからヤジが飛んでくる。
俺は気にしないように半ば無視して、ここは爺さんのサインにあっさり頷いて投げた。
「わっ」
バッターの斎藤が慌ててしゃがむと、バットに白球はコンと当たってファールゾーンに転がった。
女性から爺さんは籠に入っている白球を貰うと、マウンドに向かって俺に近づいてきた。
「ターイム」女性の声が内野に響くと、緊張感が少しなくなり、張っていた気持ちに余裕が出来てきた。ランナー三人も腰に手を当てたりして、片足をベースに置いていた。
爺さんが目の前まで歩いてきて、俺は一応失投を謝った。
「すいません。ちょっと力ん……」
途中まで話したところで、爺さんに突然ぶん投げられた。柔道技を何故ここで食らわなければいけないんだ。
いっつ。腰に手を当てて、俺は片目で爺さんを見上げる。何するんだと、睨む目付きにもなっていた。
「痛くはない。夕方雨も降ったんじゃからな。土もそこまで硬くないじゃろ」
立ち上がり、軽く尻などに付着した土を手でほろう。
「バッターの足見て、何か分かりましたか?」半ば俺は、嫌みにも近い言い種で爺さんに訊いた。
「いや、分からない」
「そうだろうな」
「素人だからって思うか」
何も言わずにいると、爺さんは話を続けた。
「分からないが、分かろうとワシは努力している。お主は分かるのか?」
無言のままの俺。
「斉藤を抑えるために、ワシはキャッチャーとしてやれることをしているつもりじゃ。お主の今の姿は、やけくそにも映る」
「俺だって抑えようとしてますよ。長屋とは違うタイプのバッターで、あまく入らないようにしようともしてますよ」
「打たれるのが怖いか?」
その質問に、俺は一瞬怯んだ。事実、打たれるイメージも湧いてきていた。抑えようとする気持ちと交錯しているのも分かっていた。
「お前らしくいけ。今夜お前さんはけじめをつけたいと言っていた。どうつけるかは託されている」
肩をポンと軽く叩かれ、俺は肩の力が抜けた。爺さんは口の端をうっすら開いて見つめてくると、踵を返してホームベースの方へと戻っていった。
けじめ、つけさせて貰います。ホームベースの後ろに立つ爺さんと目を合わせて、白球を見つめた。
向かっていこう。その思いを行動に移す。斉藤を是が非でも抑える。
バッターボックスに入った斉藤は足を小刻みに上下させて、リズムを取っている。
「プレイ」女性の声の後、冷たい風が俺の頬を微かに湿らせ、引き締まった表情でサインを覗く。首をコクりと縦に振り、俺は振り被り、渾身の一球を投じた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。