⑧
宜しくお願いします。
カキン!
長屋がバットをフルスイングすると、「あっ!」という声とともに、顎を上に上げていた。
白球は夜空に高々と上がり、爺さんの構えるミットにストンと勢いよく入った。
「ツーアウトーッ」
肘を曲げて拳を作り、一人俺はマウンドで叫んだ。
爺さんはキャッチャーマスクを頭に乗せて、笑顔で白球を返してきた。グローブを外して、俺はそのボールを掌で擦り、白球に付着した汚れを落とした。
これでツーアウト満塁。強打者長屋を抑えた。力でねじ伏せることが出来た。あの日、木村はランナーを背負い、長屋の雰囲気に押されたのもあったかもしれない。今こうして対戦しても、打ちそうなオーラを放っていた。このアウトは俺にとって自信しかない。いける。いけるぞ。
一塁ランナーだった斎藤が爺さんに呼ばれ、左のバッターボックスにやってきた。アウトになった長屋は、腰に手を当て苦い表情をしていた。バットを斉藤に渡すと、小走りで一塁へと向かいベースを踏んだ。
斉藤は小柄なバッターだ。バットを短く持って、足でタイミングを合わせていた。素振りを何度か見る限り、長屋とは対象的に映る。でかいのはなさそうだ。コンパクトにスイングしていることから、アベレージヒッターの印象を俺は抱いた。
あの日の試合では、代打だったと試合前に言って笑っていた。足もそこそこ、打撃もそこそこ、守備にでも多少の定評でもあるような、突き抜けたものは特になさそう。後は下戸だということだ。
俺は顔の前にグローブを出して、爺さんのサインを読む。この人は警戒心が強いのか、俺は向かっていきたい。首を横に振ると、彼は別の指を股から覗かせ、俺はコクりと頷いた。
ズバッと真っ直ぐが爺さんの構えるミットに決まる。
「ストライーク」
女性の声の後直ぐに、爺さんは返球してしゃがんだ。
そして、斉藤の足をしきりに見ていた。確かに、彼は足でタイミングを取るバッターだ。そのタイミングをずらすにはと、観察しているのかもしれない。
白球を擦りながら、俺も斉藤の足に注目してみる。かかとを浮かしてスイングする姿に、コンとバットに当たった白球は、芝生の生える外野に飛んでいきそうな雰囲気を覚えた。
首を左右に振り、俺はその想像をかき消した。次のサイン。爺さんはスライダーを選択してきた。あんたも俺と似た事を浮かべていたのか。逃げてはいけない。向かっていくんだ。
俺は迷わず首を横に振る。然し、今回は中々そのサインを変えてはくれない。真っ直ぐで押したい気持ちとは裏腹に、かわしたい爺さんとの考えが噛み合わない。
一度マウンドを外して爺さんを見ると、何度か頷いてきた。何だよそれ、信じてくれってことかよ。
結局俺は爺さんを信頼して、スライダーのサインに頷いた。
左打者に対して食い込んでくる白球。見逃せばボールにもなりそうな球を、斉藤は肘を畳み、コンパクトにスイングした。
「ファ、ファール」際どかったせいか、女性も一瞬本当にファールか迷ったように聞こえた。
ライト方向へ飛んだ白球は白線ギリギリ、後数センチでフェアだった。自分としては悪くないスライダーだった。長屋と違い大振りしない分、バットにきっちり当ててくる。年齢重ねた叔父さんでも、当時の感覚は、残っているのか。
バッターボックスを離れて、斉藤は素振りを繰り返している。爺さんは、また足元を見ていた。
所詮は素人。次は俺の意思に従ってもらうよ。帽子を被り直し、俺は爺さんのサインを見つめる。斉藤はバッターボックスに入り、足を小刻みに上下させている。
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