⑤
前回の続き
話終えると、爺さんは唸るような声を発して眉毛を掻いていた。突然の告白に、戸惑っているようにも、俺の目には映った。
それはそうだろう。もし自分が初めて会った人に、いきなりこんな過去を言われてもどうしていいか分からない。澄んだ夜空とは裏腹に、この雰囲気も悪くしてしまったなという罪悪感も俺の心に出てきた。最悪一旦帰宅して、一寝入りしてから来るのも有りかもしれない。
夜明け前。日付は変わってしまうが、自分自身のけじめはつけられるかもしれない。謝って帰ろうとした時だった。
「その県大会は、ワシは観戦していたよ」
思わぬ言葉に、俺は言おうとした言葉を飲み込み目を大きくした。
「何処でですか?」
「ここでじゃよ」
このスタンドでってことか。俺は遠い目で真っ暗な座席や外野席の芝生を見渡していた。爺さんに目を向けるとにやけていた。そしてまた、口の端をうっすら開いた。
「あの試合は興味があってな、観に行ったんじゃよ。農業の仕事を早めに切り上げてな。あのゲームセットは未だに覚えている」
「そうだったんですか。俺、さっき話した通り、あの試合投げることが出来なくて」
うんうんと、爺さんは首を何度か縦に振り「そういう不運もあるだろう」と答えた。
不運か。そういうことなのは重々承知している。納得いかないから、俺は今ここへ来たんだ。けりをつけるために。
「あの試合で岩高は負けた。お主が投げていれば勝っていたとでもいうのか?」
「それは分かりません。ただ、あの終わり方は、残念でなりませんでした」
「暴投じゃな」
はい。俺はか細い返事になって答えた。
あの試合は、九回裏から登板した木村が暴投によってサヨナラ負けを喫した。俺たちの勝利は、あと一歩で絶たれた。暴投により、二人が生還するという、劇的な幕切れだった。ベストエイトの扉が開きかけたところで、閉じてしまったのだ。
俺はそれを、メガホン片手にスタンドで目の当たりにした。言葉が出てこなかった。同じ野球部の部員、更には応援に来た生徒たちも落ち込み、ずっしりした重い空気になった。
悔しい気持ちが血液に乗り身体中に流れた。ちきしょう。俺の捻挫はほぼ治っていた。身体が震えてきた。自分自身に対して怒り、この結果に悲しみを抱いた。悔やんでも悔やみきれない。投げたかった。木村を責めるわけにもいかず、俺は野球を観る度に思い出すことになった。
「話は分かった。教えてくれてありがとう。お主はそれで、何をしに此処へ来たんじゃ?」
「あの試合は、今でも鮮明に覚えています。時間は大分経ちましたが、今ここで投球して、自らにけじめをつけたいと思っています」
「一人でか?」
「はい、そのつもりで来たので」
爺さんは頷きながら、俺の話を聞いていた。更に話を続ける。
「実は明日、此処を離れます。次何時戻ってこれるか分かりません。出来るなら今ここで、けじめをつけたい」
「それなら良い手がある」
爺さんはジャンパーのポケットからスマートホンを取り出し、誰かと話を始めた。
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