女嫌いの彼に送る浅見先生のぶっ飛んだ企て~クリスマスにプレゼントを渡せないので、それまで毎日送ることにしました~
「なんだこりゃ」
12月1日。相も変わらず、朝練に繰り出すべく赴いた教室で。
机の上に「熊本」とデカデカと書かれたミカンの箱を見つけた俺は茫然と呟いた――
◆
「クリスマスが近いわっ!」
紅葉シーズンも幕を終えた頃。
浅見はカッと目を見開き、ベッドから飛び起きた。
現在はアパート前の木々から茶色くなった木の葉が舞い落ちる程度である。木枯らしが吹き荒む日もあるが、クリスマスの話題を出すにはまだ少し早い。
だが、そんなことは関係ない。準備期間はあればあるほどいい。彰くんと出会って初めて迎えるクリスマス。浅見の気合いはいままでの非ではなかった。
彰くんは浅見が勤める花咲学園の生徒である。そして浅見は彼の担任であり部活の顧問だ。これを運命と言わずしてなんというのか。
実は超絶イケメンであるのに、普段はその輝きを隠していることも知っているし、外見だけではなく性格までいいのだと知ってからは、もう彼しか目に入らなくなってしまった。
浅見は容姿に関しては、そこそこ自信があった。
胸はスイカのように大きいし、メガネの奥で光る切れ長の瞳も唇の横にある小さなホクロも。流れるような黒髪も。スタイルも悪くはないし、セクシーだとよく褒められる。
それなのに。彰くんには自分の持つ武器、全てが通用しない。
それもこれも彼が女嫌いであるからだ。どうも彼には女の子に対してトラウマがあるようで、素直に好意を受け入れられないみたい。
だから、この自慢のボディを駆使してにじり寄っても、
「先生、近すぎ」
などと、瓶底メガネを氷のように冷たく光らせてピシリと言い放つ。
この瓶底メガネが実にくせ者で、なかなか彰くんの素顔を見せようとしない。できれば放り投げてやりたいが、彼の素顔を知った他の女子が彼を狙うかもと考えると、そうもいかない。
ジレンマが酷すぎて悶え死にそうだわ!
「あら、ごめんなさい。どうも体が勝手に彰くんに引き寄せられるみたいなのよね」
浅見ははにかみながら、そっと距離を取った。
放課後の部室。ちらほらと他の部員が残っているが、浅見の目には彰くんしか映らない。
彰くんが目の前でテスト勉強をしている。ただそれだけの事実がこの上なく嬉しい。彼の一挙一動をそばで見守れるってなんて幸せなのかしら。
イケメンにフィルターをかけた瓶底メガネだけが限りなく邪魔だけれど、気を抜くと彼の横顔にうっかり魅入ってしまう。
「授業も受けているのに、なんでテスト勉強を部活でしなくちゃならないんです」
「あら。こう見えてわたしは教師なのよ。わたしがそばにいた方が勉強もはかどるじゃない」
「それはそうですけど」
ゲンナリした様子の彰くんに、浅見はにっこりと笑みを浮かべる。
こうしてあの手この手で理由をつけては接近し、なんとか自分の魅力に気付いてもらおうとしているのだけど、なかなか努力が実らない。
彰くんの隣に腰掛けてミニスカートで足を組み、自慢の胸をわざとらしく寄せて顔を近づけ、勉強を教えるという色仕掛けをさり気なくしてみてれば。
「ち・か・い!」
「はいっ!」
ガタッ!
まるで鬼教官に檄を飛ばされた訓練生のように、浅見は真っ青になって椅子から立ち上がった。
女嫌いだけあって、この手の攻撃にはやはり敏感だ。
普段ならここで、そそくさと退散するところだったが、今回はギリギリ踏み留まった。
なぜならテスト勉強という提案をしたのには彰くんとの接点を増やしたいという、よこしまな思惑の他にもうひとつ狙いがあったから。
果たしてもうひとつの狙いというのが、よこしまな思惑ではないのかと問われれば、否、と答えるしかないけれど。
浅見は目を泳がせながら、そろそろと椅子に腰を下ろした。彰くんは深々とため息をつくと、チラリと目を向けた。まだなにか、そんな冷ややかな声が聞こえてきそうだが、ここで怖じ気づくわけにいかない。
「あのね。勉強には、コツがあるのよ」
「なんですか」
「好きな物のこと考えるといいの」
「好きな物?」
「ええ。好きなアニメや漫画のキャラクターが同じことを勉強してるって思ったり。女優さんやアイドルでもいいわ。そうすれば楽しくなるでしょう?」
「好きなキャラクターねえ」
「彰くんは何か好きな物があるかしら?」
それらしく言ってみたけれど、真っ赤な大嘘だ。頬杖をついて、うーんと唸る彰くんの隣で、浅見はこっそりとメモ帳とペンを取り出し、メガネを光らせる。
先日夢を見た。それは彰くんとクリスマスデートをする夢だった。お互いにプレゼントを用意して手を繋ぎ、イルミネーションで輝く街の中を歩く。
ビシッと決めたイケメンバージョンの彰くんと高級フレンチに入って、美味しい料理とお酒を嗜み、酔った浅見を解放する彰くんに甘えて、夜を過ごす。まるで夢のようだ。いや、夢そのものだが。
だけど、この夢をいま叶えることは出来ない。いつか叶えるにしても、いまはまずできることをしなくては。
女嫌いの彼に嫌がられることなく、なにかできること。
考えに考えた末、浅見は閃いた。
クリスマスプレゼントをしようと。
要は浅見からのプレゼントだとバレなければいい。ここは学校だし女の子も沢山いる。匿名でプレゼントを仕込めば犯人などわかるはずもない。
そのことに気付いたとき、浅見は含み笑いが止まらなかった。
匿名でのプレゼントなんて単なる自己満でしかないが、それでもいい。浅見の中にあったのは、彼の喜ぶ顔がみたい。ただそれだけの思いだけだったのだから。
でも、残念なことにクリスマスイブである24日を目前にして学生たちは冬休みに入ってしまう。
だから当日手渡すことは出来ない。だったらどうするか。答えは単純だ。その前に渡せばいい。
まるでアドベントカレンダーのように、12月に入ったら一個ずつ彼にプレゼントをしよう。そう考えたらもう、楽しみでしかなかった。
だけど何を渡そうか。できれば彰くんが喜んでくれる物がいい。今学期は23日で終わるから、最低でも23個。彰くんから情報を引き出さなくては。
浅見は使命感に燃えた。
ペンを握る手に汗が滲む。
果たして彰くんの好きな物を知った浅見が、アドベントカレンダーのためだけにその情報を使用するかどうかもまた疑問の出るところではあったが、それはまた後日の楽しみである。
「そうですね。いま東系のアニメで鬼瓦ってのがあるんですけど、あれは好きかな。主人公もいいけど、敵役もまた……」
「そうなのね! キャラは全部で何人くらい? 23人くらいいるかしら!?」
「なんですか、その微妙な数指定は。流石にそんなにいないと思いますけど」
「そう……残念だわ」
「なんで浅見先生が残念がるんですか」
「好きな物は多いほどいいじゃない」
「他にも好きな物は沢山ありますけど、勉強に役立ちそうな物はないですね」
その後、浅見は『鬼瓦』について、片っ端から調べあげた。
職員会議中も真剣な顔をして堂々と鬼瓦のサイトを開いてはキャラクターの名前やら特徴やらをメモし、自宅で追いかけ動画配信を何度も繰り返して見た。
それだけに留まらず原作者についても調べ始めた。ついには彰よりも鬼瓦について詳しくなった。
おかげで寝不足になり目の下にクマができてしまったが、なんとか化粧で誤魔化した。
「最近、浅見先生めちゃくちゃ綺麗になったよな」
なにも知らない思春期の男子生徒は憧れの眼差しを彼女に向ける。
クマ隠しのメイクが、まさか女磨きではなくヲタ道に走った末の結果だとは夢にも思わなかっただろう。
そんなことよりも浅見には大きな問題があった。
鬼瓦は彰くんのいう通り、23人もキャラがいなかったのだ。何度数えてもいなかった。見落としがないか、どこかにキャラとなり得るものはないか、目をギンギンにして動画を見てみたがいなかった。
「あと10足りないわ」
それでまた彰くんに探りを入れてみたのだが、「なんのためにそんなこと聞くんです?」と突っ込まれ、まさかプレゼントしたいからとも言えずに、ほんの雑談よと誤魔化してみたものの。
勘の鋭い彰くんのことだから、不審に思い始めているかもしれない。これ以上彼に聞くのは危険だわ。
「じゃーな、陽平!」
「おう。補習頑張れよ〜」
「補習っていうな。やる気が失せるだろうが」
「ははっ、わりぃわりぃ。部活! おまえも頑張れよ」
隣のクラスの陽平くんは彰くんとは幼なじみで、彼が唯一心を許す友達だ。浅見は物陰からこっそりと二人が別れる様子を覗き見る。
彰くんは他の生徒や浅見の前では口調を改めているけど、陽平くんの前ではやはり自然体だ。
そのことに嫉妬しつつ愛しい彰くんの背中を見送ると、ゆっくり陽平くんの背後へ近づき、ぬっと手を伸ばして猿ぐつわを噛ませ、目にも止まらぬ速さで彼を背中に担ぎ、ひとけのない倉庫まで猛ダッシュした。
わかりやすくいえば、拉致である。
倉庫に下ろされた陽平は眼前で腕組みをし、優雅にマットレスに腰掛けた浅見に目を丸くする。
「んーんー!?」
(浅見先生!?)
「陽平くん。きみに危害は加えないわ」
「んーんーっ!?」
(もう加えてますけど!?)
「わたしが尋ねることに答えて欲しいの」
「んーんーっ!?」
(その前にこれ外してくれませんかね!?)
「わかってくれればいいわ。では質問よ、正直に包み隠さず話してちょうだい」
「んーっ!!」
(いやだから!!)
「彰くんの好きものを教えて欲しいの。10個よ」
「んーっ!?」
(なんで10個!?)
「ミカン?」
「んーんーっ!!」
(むしろ、桃缶!!)
「さあ、白状しなさい。隠し立ては許さないわよ」
「んーんーんーんーんーっ!!」
(隠しませんからこれ外してください!!)
「まったく何を言ってるのかわからないわね。仕方ないわ、外しましょうか」
ふうっとため息をついた浅見は、困った子供でも見るように眉根を寄せた。
ひくっと陽平の頬が引き攣る。なんて理不尽な。困っているのはこっちだぞ、先生!
「さ。外してあげたわ。続きを話してちょうだい」
「あいつに直接聞けばいいじゃないですか。なにもこんな犯罪みたいな真似しなくたって……」
「陽平くん」
「はい」
「こちらには大人の事情があるのよ」
陽平はガクッとうなだれた。彰の親友であり幼なじみである陽平は、女沙汰に巻き込まれるのは日常茶飯事だ。
九割方、彰を狙う女の子からの被害で、あいつが鉄壁の防御を貫くものだから、親友である陽平を利用しようと魔の手が伸びる。そのくせ理由を聞くと「あなたには関係ないわ」と言われるのが常。
であるからして、この浅見の言動は陽平にひとつの答えを提示することになった。
浅見先生は彰を好きなのだと。
浅見先生は綺麗でセクシーだから男子生徒からの人気が高い。クラスメイトの中には入学説明会で浅見先生に一目惚れして入学を決めたって奴までいるくらいだ。
そんな美人教師が彰を好きだって? マジかよ。
陽平は浅見先生のファンではないが、少なからずショックを受けた。
それでもまあ、そんな男子生徒の憧れ、浅見先生が彰を好きだというのならめでたいことだ。だけど、なんせ相手はあの彰だ。いくら浅見先生といえども、簡単にはいかないだろう。
「あいつの好きな物聞いてどうするんですか? あいつ女からのプレゼントは絶対受け取らないと思いますよ」
「実はクリスマスプレゼントをあげたくて。匿名で渡すつもりなの。それでも受け取ってくれないかしら……」
「クリスマスプレゼント、ですか」
「彼に喜んで欲しくて。彰くんの好きな物、鬼瓦しか知らないし……」
「はあ」
匿名からのクリスマスプレゼント。それならまあ……と陽平は考える。
そういったことは過去に何度もあったし、そのことに対して彰が文句を言ったところは見たことがない。内心喜んでいるとかではなく、単純に相手が特定できない以上文句を言えないからだ。
彰は女嫌いの癖に甘いところがあって根は優しい奴だから、要らないといいつつ人から貰ったプレゼントを他の奴に回したりはしないし、捨てるに捨てられなくてダンボールに押し込めているのも知ってる。
それなら可能性はあるかも。浅見先生は渡せれば満足なんだろうし。
「いいっすよ。協力、します」
これ以上の面倒はごめんだと安易に了承してしまった陽平だったが、そのことを後悔するはめになったのはそう遠い未来のことではなかった。
◆
「なあ。今朝、俺の机の上にミカンが乗っかっていたんだが、どこからワープしてきたと思う?」
12月1日。ついに浅見は計画を発動した。
さすがに10キロ近くあるミカンの箱を抱えて帰宅する気にはなれなかったので、クラスメイトに配ってなんとか2つに減らすことに成功したが、あの箱はなぜ俺の机の上にワープしてきたんだ。
ちょうどよく帰りが一緒になった陽平は、一瞬言葉に詰まって目を泳がせた。
「熊本じゃね? なんでも糖度20度以上の高級ミカンがあるらしいぜ。良かったな、彰!」
「俺、別にミカン好きじゃないんだけど」
「はははっ! 多分桃とミカンを間違えたんだな!」
「誰が?」
「サンタだろ!」
「サンタぁ?? 俺の善行がミカンに変わったのか?」
「今年は浅見先生のストーカー事件もあったし、おまえ色々頑張ったもんなあ」
「あれはマジで大変だった」
「ならミカンで終わらないかもな!」
「そうだな。奨励金10万は欲しいとこだ」
翌日。毎度のごとく朝練のために早出した俺は無人の教室で、ご祝儀袋に入った現金10万を手に固まっていた。
いったい何のご祝儀なんだ!?
兎にも角にも差出人不明の現金10万円である。「わーい、やったぁ!」など無邪気に喜べるはずもなく。
「俺、なにかの犯罪に巻き込まれたのか!?」
「さ、サンタだろ」
「そうか! サンタが担いでる袋の中には現金が入ってたんだな!? 強盗かよ!!」
「おまえには金持ちサンタがついてるんだよ。良かったなぁ」
「アホか! 交番に届けるから付き合えよ!」
そうして彰と別れたあと、陽平は交番に逆戻りして平謝りし、人目を忍んで浅見に渡すという苦労を背負うことになった。
「ん? 今日は先に教室に寄るのか?」
翌朝、肩を並べる陽平が教室に向かって歩き始めた。陽平はバスケ部だ。いつもは体育館に直行するのに珍しい。首を傾げた俺に、陽平は引き攣り笑いを浮かべた。
「あ、ああ。ちょっと不安で……」
「なにが?」
「俺にもわかんねえ。胸騒ぎってやつかな」
変な汗を浮かべる陽平に訝しげな視線を向けながら廊下を歩む。
ここ最近、朝練前の机にお供え物が置かれるようになった。ミカンから始まり、子供の頃に好きだった駄菓子。桃缶。
桃缶はピラミッド状に積み重なっており、見上げた時は白目を剥いた。誰が天井近くまで積み上げたんだ。しかもひとの机の上で。
実のところ、「ミカンじゃなくて桃缶っすよ!」という陽平の指摘を受け、間違えたお詫びにと浅見が四苦八苦しながら積み上げたものだった。
その翌日には飼いたいと思っていた犬が、ワンッと吠えながらペットゲージに入れられて、机の上にお犬様よろしく祀られていたりした。
ミニチュアダックスフンドなのに、まるで土佐犬のように首周りにぶっとい化粧まわしを付けられて、潰れかけのダックスとなっていた。
あの「ワンッ」は「助けて!!」の意味で間違いない。
いまはペット用の着ぐるみなんていくらでもあるのに、このセンス。ヒクヒクと頬が引き攣った。
化粧まわしを取ってあげた恩なのか、ダックスは俺から離れようとしなかった。授業中も暇なしグルグル俺の机を駆けまわり、浅見先生に向けては情けない鳴き声をあげた。
アパートはペット厳禁だし、有難いことに学園長の許可も降りて学園で飼うことが決まったが、噂によれば浅見先生が痛く気に入って可愛がっているらしい。誰にも触れさせないのだと。
その頃から陽平の態度がおかしくなった。普段は元気な奴なのに最近はゲッソリとしてるように見える。
部活がキツイんだろうか。陽平は子供の頃からバスケ1本でやってきたんだ。いまさら疲れなんて出るはずもないんだが。
でも体育館に向かおうとしないのは、そーゆーことなのか? などと少し心配になった俺の隣で陽平がピタリと足を止めた。
口元は引き攣り、数度まばたきを繰り返す。その視線の先には俺のクラス。何かあるのかと釣られて顔を向けたとき、陽平が肩を掴んだ。
「ああああ、彰! トイレ! トイレ行きたい! 付き合えよ!」
「は?」
「行こうぜ! な!?」
「俺、出ないし。行ってこいよ」
「男の友情は連れションからだろうが!!」
「はあ?」
陽平はズルズルと彰を引っ張っていく。
彼は目にしてしまった。背中に孔雀のような羽を咲かせたサンバコスチュームの健康そうな美人黒人女性が、彰の机の上にお立ち台よろしく立っていたのを。
浅見先生が陽平にいったのは、彰に匿名でクリスマスプレゼントを送りたいから好きな物を10個教えて欲しいというものだ。
だから陽平はその中からひとつ選んでプレゼントするのだろうと思った。
選択肢は多ければ多いほどいい。彰の好きな物ならなんでも知ってる。途中からはプレゼントに向かないものでさえあげてしまったが、まさか毎日ひとつずつ送るつもりだったなんて。
お祭り大好きの彰にはブラジルのサンバカーニバルに参加してみたいという笑える夢があった。それを端折って「サンバ」といったらどこぞのサンバレディが現れた。
浅見先生の思考はどうなってるんだ。こうなると知っていたら間違ってもいわなかったのに。
トイレに閉じこもって頭を抱える陽平は深呼吸を繰り返して気持ちを固めると、再び彰を引き連れて教室に舞い戻った。
背中の羽を揺らし腰を振りながら彰を出迎えたサンバレディに手を引かれ、突然スピーカーから鳴り出したサンバミュージックに乗って強制的に踊らされる彰を菩薩のような顔で眺める陽平は、そっと手を合わせるのだった。
「俺の身に何が起きてるんだ!? あの女、どこから来たんだよ!!」
「サンタの家からじゃね?」
「そーかそーか。サンタの奴もいい趣味してるよな! はっはっはっ!」
「だな! はっはっはっ!」
互いに現実逃避中である。やけくそな笑いしかでてこない。
あのサンバ女は「ケイヤク」がどーのこーのと、カタコトを繰り返し、結局一日中俺のそばから離れなかった。
このクソ寒い真冬の中、秘部のみを隠したセクシーコスチュームのサンバレディは、なぜか俺の隣に机を並べた。頭や背中から生えたどでかい羽が彼女が動くたびに揺れて視界を遮り、果てしなく邪魔でしかない。
浅見先生がいうには、ブラジルからの体験留学生らしい。
陽キャで固まったクラスメイトからはバカウケで、本場の踊りを教わりたいと休み時間ごとにみんなでサンバを踊るもんだから、いまでも耳の奥でサンバが鳴ってる気がする。
その後も奇怪ともいえる「お供え物」が毎日俺の机に届き、その都度メンタルゲージは削られていった。
そして迎えた12月23日。今日で学校は終わり、冬休みに入る。俺の部屋には等身大の鬼瓦のキャラクターパネルが勢ぞろいし、まるでヲタ部屋のようになっていた。
1日1個、机の上に佇むキャラクターパネル。授業中は授業参観の親のように背後から俺を見守っていたりした。
学校帰りにキャラクターパネルを脇に抱える俺を想像してみて欲しい。どこから見ても立派なオタクだ。その羞恥心に苛まれながら、毎日パネルを持ち帰った自分を褒めてあげたい。
いまでは部屋の四方八方を鬼瓦のキャラに囲まれて圧迫感が凄まじいし、夜はそいつらの視線にうなされてよく寝れない。
冬休みに入るという喜びにクラスメイトは盛り上がっているが、その中でも最も嬉しそうな顔をしているのは浅見先生で、とても満足気だ。それに対し、いまや俺と陽平は死んだ魚のようだった。
「やっと終わったな……」
「おう……お疲れ」
帰り道。陽平は肩を組んで同意する。
この1ヶ月、地獄のような日々だった。
何が起きるのか怖い。そんな不安と日々格闘し、なんとか乗り越えた。
「明日、イブだろ。うち来るか?」
陽平の疲れ果てた声に俺は首を横に振る。
「いや、いい。疲れたから明日はゆっくり休むわ」
「そか。うん、そうだな」
24日、クリスマスイブ。
俺は金木町のアパート前にいた。
ハラハラと雪がチラついている中で、窓から外を覗いた浅見はアパートを見上げる彰くんに気がつき、慌てて外に飛び出した。
「彰くん! どうしたの!?」
「おはよう、先生」
冬休みに入り、陰キャの装いを捨てた俺は髪に落ちる雪を軽く払い、素っ気なく右手を前につきだした。その手には小さな紙袋。
浅見は目をしばたいた。
「え?」
「クリスマスプレゼント」
「ど、どうして!? わたしはなにもあげてないわよ!?」
「あっ…そう。俺、今年は沢山プレゼント貰ってさ。部屋狭いし置く場所に困ってんだよね。先生、預かってくれると助かるんだけど」
「それは、構わないけど」
「これはそのお礼だと思ってよ」
「……いいの?」
「先生に迷惑かけるんだから、受け取ってもらわないと困る」
「そ、そう? じゃあ……遠慮なく!」
浅見は奪うように彰から袋を受け取り、ぎゅっと抱きしめた。中身が何かなんてどうでもいい。彰くんからプレゼントを貰えたことが嬉しすぎて、思わず目に涙が浮かんだ。
「凄く嬉しいわ。ありがとう!」
「お礼いうの俺だし……じゃ、またね」
寒さのためか彰くんが笑顔を向けた浅見に、ほんのりと頬を赤らめたのは気のせいだろうか。
雪降る中、彰の背中が消えるまで浅見は手を振り続けた。
ほんの数分足らずの会話。本当に短い時間だったけど、クリスマスイブに彰くんから出向いてくれた。プレゼントをくれた。身体は冷えきっていたけれど、心はポカポカで幸せいっぱいだ。
「やっぱり好き」
噛み締めるように呟いたその声は彰の耳には届かなかったが。
「今回は陽平も噛んでるな。まったく」
空を見上げて頬を濡らす雪に目を細めて、俺は小さく笑う。
実は毎日のプレゼント攻撃が浅見先生と陽平の共謀であることはすぐに気がついた。
敢えて止めなかったのは協力した陽平への意趣返しであり、それと同時に俺自身も楽しんでいたからだ。
浅見先生の性格を俺はよく知っている。
いつも一生懸命でちょっと思考が斜め上。
陽平にすら話していないが、実はそんな浅見先生の性格を気に入っていたりする。
なんだかんだで毎日楽しかったし、最後はあの笑顔だ。
女にプレゼントをするなんて初めてのことだったが、23日間楽しませてくれたのだから、あれくらいのお返しはするべきだろう。
そう。結果的に浅見は、知らず知らずのうちに彰が女に渡す初めてのプレゼントをゲットしていたのだ。
そのことを彼女が知るのは、まだまだ先のことである。
メリークリスマス!
ということでクリスマスネタを書いてみました。
皆様に笑いを提供できたら幸いです。
面白かった!笑えた!という方はブクマや☆で評価してくれると嬉しいです。