第七話 始まりの街での一期一会
《プレイヤードロップ:「ダガー」を入手しました》
《25000ウェルを入手しました》
戦利品をインベントリに収めると、どこからかシステム音声が聞こえてきた。
それは中性的な声で、淡々と事務的な内容を告げる味気ないものだったが、決して不快なものではなく、むしろ心を落ち着かせてくれるようなものに感じられた。
そういえば、戦いが始まる前に通知をONに切り替えていたんだっけ。
唐突に頭に声が入ってきたから、ちょっと驚いちゃったけど。
で、私が倒したアイツが落としたのは「ダガー」とウェルね。
お金はともかく、ダガーは短剣同士で被っちゃったな。
まあ、予備か投げつける用にでも持っておけばいいか。
あとで握り込みとか重量を確かめておこうっと。
さて、そんなことよりカームちゃんは無事かな?
盾と鎧の上からとはいえ、結構被弾してたみたいだけど……。
顔に跳ねた血 (のようなエフェクト)を拭い、振り向く。
すると、カームは先ほどまでと変わることなく同じ場所に立って居た。
「カームちゃん、お待たせー。大丈夫ー??」
「ニキータさん……」
おや、なんだかカームちゃんの表情が固いな。
どうしたんだろ。返り血はしっかりと拭き取ったし、私も別に怖い顔なんてしてないよね……うん、いつも通りの笑顔のハズ。エライぞ、私の表情筋。
「…………」
「………………?」
しかし、依然としてカームは盾を構えたまま呆然と私を見つめている。
待って。見つめてくれるのは嬉しいけど、何この空気。
えーと?
とりあえず、こういう場合はなるべく当たり障りのないように、と。
「あ、あのさ、初めての対人戦でちょっと要領が掴めなかったんだけど、あんな感じで……よかった?」
「は、はい。とても手際が良かったので驚いてしまいました。お見事です」
おそるおそる尋ねてみると、カームはすぐに元の彼女に戻った。
よかった。別に対人戦でのマナー違反とかをしていた訳でもないみたい。
それどころかまた褒められちゃった。
「いやあ、PK君は強敵でしたねえ」
「すみません。自分で任せておけと言っておきながら……情けないです」
「ま、結果的に"私たち二人"の勝利だし、めでたし、めでたし、じゃない?」
「ニキータさんなら最初から一人でも遅れを取らなさそうな気もしますけど……」
「そんなことないよ。カームちゃんが居なかったら私は最初の奇襲でやられてたかもしれないし、あの【バラージショット】にも対応できなかったよ、多分」
一度見てからならともかく、初見であれらに対処しろというのはいくらなんでも無茶振りだ。その点、最初の奇襲を完全に防いだ上に相手の切り札であろう【スキル】にさえも即座に対応して耐え切ったカームはたいしたものだ。
「いえ。それは私ではなく、この子──[アマルティア]のおかげです」
そう言って、カームが自身のヴァリアントを盾から胸当てへと戻す。
瞬きのうちにその姿を変化させるアマルティア。
名前を口にするラグがあるとしても、状況に応じて即座に強固な盾を取り出せるというのは、戦いの場において、かなりの強みだと思う。予想が出来たとしてもカームの戦闘スタイルだとそれを阻止するのも難しそうだ。
今思うと、カームの剣の構えが重心の少し偏ったものになっていたのは、アマルティアを盾として用いることを前提としたものだったからなのだろう。
「彼女は鎧の時と盾の時でスキルが変化するんですよ。例えば、今みたいに胸当ての状態ですと、全方位からの攻撃に対して防護膜を張ってくれます」
「そっか、それで初っ端の一撃を防いだんだね」
あの胸当て、全方位にバリアを展開してたのか。
カームの剣の腕前に加えて、そんな防御スキルまであるとなると、思っていたよりも彼女を正面から斬り崩すのは難しそうだ。もしカームを攻略するとしたら何らかの搦め手を用意しないといけないだろう。それに「盾の時はスキルが変化する」とまで言っている。出来るものならそちらも把握しておきたいところだ。
「はい。とても頼りになります。それに対して盾になりますと──」
「……盾になると?」
ゴクリ。いったい、どんなスキルが……、
「すみません。アマルティアから『あまり迂闊に手の内を教えるな』と怒られてしまいました。なので今回は秘密にさせておいてください」
「あはは、しっかりしてるんだねアマルティアは……って、それ喋るの!?」
「ええ。ヴァリアントはNPCの一種ですので、それぞれに人格があるんですよ。アマルティアの声は私にしか聞こえませんけど、ヴァリアントの種類によっては普通に人との会話が可能だったりもします」
「そういうものなんだ……」
「はい、そういうものらしいです。人格もひとりひとりのプレイヤーに応じて多種多様に構築されるそうなので、元々基本モデルが複数用意されている従来の形式ではなく、本当に唯一無二のものみたいです」
「それって、もはやAIの範疇越えてない?」
「かもしれません。けれど、フロンティア・オンラインではそういった人工知性の育成にも力をいれているとニュースで見たこともありますので、これもその一端なのだと思います」
マジか。思ってたよりも面白そうじゃないのヴァリアント。勢いで「ヴァリアントは不便」だなんて言っちゃったけど、私も欲しくなってきたよ。
「そっか。それじゃあ挨拶しないとね。改めてよろしく、アマルティア」
「…………………………よろしく。だそうです」
「ん?」
なんだか、カームちゃんがアマルティアの声 (?)を代弁してくれるまでにイヤに間があったような。
「あれ? もしかして私、アマルティアに嫌われてたりする??」
「いえ。アマルティアが気難しいだけです。大丈夫ですよ」
「うぇ」
果たしてそれは大丈夫だといえるのだろうか……。
なんだろ? もしかしてスキルに探りを入れてることに感づかれたかな?
いや、まさかね。
仮にそうだとしても、そのくらいは大目に見てほしい。
ただの興味本位。好奇心というものだ。周囲に言いふらすつもりもない。
つい無意識に相手の得手不得手を探してしまうのは私の昔からの癖なのだ。
別に本気でカームをどうこうしようと思っている訳じゃない。
「それはさておき、ニキータさん、そろそろ街に戻りましょうか」
「うん、分かった……なーんか釈然としないないけど」
「ふふ、本当に気にしないでください。また、いつかお教えしますので」
お。カームちゃんが笑ってる。
笑顔は会ってから初めて見るけど、思っていたとおりの可愛さだ。
アマルティアが盾の時のスキルを知れなかったのは残念だけど、今回はコレで満足しておこうかな。
◇
「──それではニキータさん。また何処かでお会いしましょう」
「うん! また遊ぼうね、カームちゃん!」
「はい」
平原から街に戻ったあと、私とカームは間もなくパーティを解散した。
カーム的にはまだ私を手伝いたかったそうだが、待ち合わせの時間が来てしまったらしく、彼女とはここで別れることとなった。
現在のゲーム内時間は夕暮れ時。
今、私は始まりの街・ラウラニイの北門でカームを見送っている。
「前線まで進まれた際には是非、尋ねて来てください」
「オッケー。頑張って進めるよ」
「楽しみにしていますね。では──」
そう言うとカームは街の馬房に預けていた白馬に跨り、颯爽とその場から走り去って行った。
去り際まで実に絵になる姿だ。
馬上でマントをはためかせながら街道を駆けていくカームの後ろ姿に、私どころか、周囲の人たちまでしばらくの間、釘付けになっていた。
「バイバーイ。……さあ、これからどうしようかな?」
さっきの狩りと対人戦を経て、やること、やりたいことが一気に増えてしまった。
とりあえず、やるべきことに優先順位を付けてを整理していこう。
どんなに忙しいときでもまずは、現状に合わせた優先順位をタスクに付けて処理していくことが肝要だ。そうすればどう転んでも最悪の結果にはならない。大事なのは常に最新の情報を元にして順位を更新し続けること、そして最善の──あ。
「さあ、焼きたての『ロックバードの串焼き』だよー!」
「ん~! いい匂ーい! おじさん、それ頂戴! あとお酒も! お勧めのお酒とかある??」
「毎度! お姉さん、見ない顔だね。酒も串焼きに合ういいのがあるよ!」
「やった! よし、この通りウェルならある! じゃんじゃか焼いちゃってー!」
屋台から流れてきた香ばしい匂いに吸い寄せられた私は、そのままフラフラと屋台の席に着き、この後、夜が明けるまで飲み明かした。
「っぷぁー! ほんと、お肉によく合うね、このお酒」
「いい飲みっぷりだねえ。ほれ、サービスのモツ焼きだ」
「わ、ありがとー。おじさん大好き! あれれ、よく見ると好みのタイプかも?」
「へへ、こう見えて妻子持ちなんだ。嬉しいけど勘弁してくんな!」
「あはは。よいではないか、よいではないかー」
「ほほ、大将。若い娘さんにモテて羨ましいのう」
「あるぇ? そういうお爺さんだってなかなかの渋メンじゃないー?」
「そうかい? まあ、確かにわしも若い頃はそこら中の娘を泣かせたもんさ」
「わお。思ったより悪いオトコだった! 危ない、危なーい」
「いやあ、もう50程若ければお姉さんも泣かせたんじゃがなあ!」
「いやあ、私ももう30程年がいってればつり合ったのになー、残念!」
「「わーっはっはっはっはっは!」」
……あれ? なんか忘れてるような気がするけど……なんだっけ?
まあ、いっか。お酒おいしー! 串焼きサイコー! モツウマーイ!
いやあ、このゲームを始めてよかったー。
人生は常に挑戦だね、間違いない。
あー、いい気分! たのしー!
《通り名<酒乱>を獲得しました》