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第六話 初めての対人戦

「くたばりやがれぇーー!!」


「ちょ、うわっ、あ、危なっ!?」


 不意の怒号と共に、(おびただ)しい数の短矢がまるで機関銃の如く私たちに浴びせかけられた。犯人はもちろん、PK(プレイヤーキル)をしかけてきたあの男だ。


「ニキータさん! 私の後ろに……!」


 咄嗟にカームが盾を構えて叫ぶ。

 私は横薙ぎにばら撒かれる無数の矢から逃れながら、その指示に従った。


「アマルティア! 【セイントプロテクション】【ホーリウォール】【リインフォースフィールド】! 【ガーディアン】【フロントガード】【フォートレス】!」


 私がカームの背後に飛び込むと同時に、彼女は自身の[ヴァリアント]の名を叫び、立て続けに【スキル】を使用してゆく。その中には二人でモンスターを狩っていた時には使っていなかったスキルも複数含まれている。


 瞬間、雹と豪雨が同時に降り注いだかのような音が平原に鳴り響く。

 当然、その中心には私とカームが居る訳だが、幸いなことに二人とも無傷だ。

 何故ならば、カームの構える白銀の盾──アマルティアが光の壁や幾何学模様の魔方陣を幾重にも発生させて、私たちを矢雨から護ってくれているからだ。


「うへー。これもヴァリアントなの? なんかヒドゥンとか言ってたけど」

「はい。この威力と規模はほぼ間違いなくヴァリアントの保有するスキルですね」


「ヴァリアント[ヒドゥン]にスキル【バラージショット】……か」


 私たちへと放たれている矢は、さながら荒れ狂う暴風雨。

 おそらく、まともにこれを浴びてしまえば一瞬でサボテンかヤマアラシのようにされてしまうだろう。絶え間なく矢が射出されるその様は、まさに弾幕(バラージ)だ。


「迂闊でした、まさか最初から(いしゆみ)型のヴァリアントを展開していたなんて……」

「そういえば、それとなくその辺の発言を濁してたね、アイツ」


「ヴァリアントの中には"戦闘を開始してから特定の形態を維持していた時間"に応じて強力なスキルが使用可能になるタイプも居ます。これはおそらくそういった類のモノなのでしょう」


 なるほど。つまり襲撃してきた男は、戦いが始まる前から、ちょっとした心理戦のようなものを仕掛けてきていたのだろう。それが果たして、カームの言う強力なスキルを使用できるようになるまでの時間を稼ぐ為か、あるいは単純に不意をつく為なのかまでは分からないが。

 結果として、カームの意表をつくには十分な成果をもたらしたといえる。


「確かにモンスターと戦うのとは勝手が違うね。これがこのゲームの対人戦って訳だ」

「はい。対人戦はモンスター戦に比べてスキル同士の相性や、使用後の硬直を意識したやり取りになることが多くなります。先の【トリプルショット】などがいい例ですね。迂闊にスキルを使うと手痛い反撃を受けることになります」


「ふむふむ。こういうゲームは初めてだから勉強になるよ」

「そうですか。それならよかったです。けれど、私としてはこういう手合いとの争いは、もう少しこの世界に慣れてから経験して欲しかったです」

「まー、遅いか早いかの差でしょ? 平気、平気」 


「それに最初の不意打ちといい、そのあとの言動といい、彼からは誠実さが欠片も見受けられません。あれではニキータさんのような後発のプレイヤーに、他の先行プレイヤーたちのモラルまで疑われてしまいます。やはりPKを好むプレイヤーは好きになれないです。率直に言って、目障りです」

「お、おう」


 わあ、辛辣。なんだかカームちゃんのPKプレイヤーに対するヘイトがすごい。

 そんな気はしてたけど、けっこう潔癖な性格なのかも、このコ。


 カームは毛嫌いしているみたいだが、私はあの手この手を動員して戦いに望むというスタイルには好感が持てる。律儀にルールを守って、その中で試行錯誤するなんて、むしろ勤勉で真っ当だといえるんじゃないだろうか?


 現実ならともかく、これはゲームだ。使えるものはどんどん使っていくべきだし、やれることは遠慮せずにやってしまえばいいのだ。もちろん、自分自身で責任が持てる範囲での話だけど。




「っ──!」


 しばらくの間、スキルによる猛攻を凌いでくれていたカームだったが、ここにきて彼女の体勢が僅かに揺らぎ、小さく声を上げた。


「……カームちゃん、大丈夫?」

「久しぶりに痛いです……」


 カームが苦悶の表情を浮かべる。

 よく見てみると、彼女の前方に展開されていた魔方陣はいつの間にか消え去り、光の壁も薄くなってきていた。それどころか時折、矢が彼女にまで届きつつある。


「あー。痛覚のフィードバックって最低限にしてても痛いときは痛いもんねえ」

「はい……」


 痛覚のフィードバックは"ある程度まで"設定でカットすることが出来る。 

 これは昨今のフルダイブ型VRシステム全般の共通点だ。

 それというのも、娯楽である仮想現実(VR)においてわざわざ現実リアルと同じような痛みを受けたくない、という層が常に一定数いるからだ。


 ちなみに私は基本的に痛覚をカットしない派だ。

 そっちのほうがリアルだし、回避行動にも気合が入る。

 それに、折角の五感へのフィードバックが全体的に鈍くなるという欠点もある。

 私としては、その部分がひどく性に合わないのだ。



「っ……アマルティア、お願いです、あと少しだけ耐えてください」


 カームの身体越しに夥しい数の音が重なって聞こえてくる。

 盾が矢を弾く音、何かが砕ける音……そして、鎧を矢が食い破る音も。

 身体のいたる場所を撃ち貫かれ、彼女の白銀は今や紅く染まりつつあった。


 このまま眺めているのもいいか。

 なんて、某名作RPGの盗賊みたいな選択をするのはさすがに意地が悪いよね。

 カームちゃんは任せてくれって言ってたけど、そろそろ私も動く頃合かな──。


「ごめんなさい、ニキータさん。このスキルはなんとか耐え切れそうですが、そのあとはどうなるか分かりません。この斉射が終わったら、あなたは街まで逃げてください。これほどの大技を使った直後なら、通常のスキルよりも大きな反動や硬直が発生するハズですので……」


「そっか。なら仕方ないね」

「はい、どうぞ私にはお構いなく」


「ちょっと待ってて。アイツ、サクッと()ってくるから」

 

「え──?」


 私はカームの肩を軽く叩いてから、今もなお続く【バラージショット】の発射元に向けて駆け出した。



「てめぇッ! 死にてぇのか!?」


 驚いたような表情を浮かべて男が叫ぶ。

 私が飛び出したのは彼にとっては予想外だったみたいだ。


「PKするんでしょ? ホラ、やってみなよ──」


 ひらひらと手を振ってから、姿勢を極限まで低く落として弾幕の下を疾駆する。


 低く、速く。

 もっと低く、まだ速く。

 地面が壁に思える程に。


「舐めやがって──!!」


 男がこちらにクロスボウの射線を合わせようとする。

 だが、当然、私はその先に留まってなどやらない。

 男の腕の動きより早く、前に左右に矢を掻い潜り、潜り込む。


 右、前。

 右、前。

 左、前、前。


 右──おっと、ここでフェイントか。

 やるじゃん。前、前、右っと。


「なんで……なんで当たらねぇんだ!?」


 ヒントは君の視線と腕の可動域だ──なんてのは教えてあげない。

 こんなものは、ごくありふれた戦闘シミュレーターで遊んでれば自然と身につく動きと立ち回りである。彼にはもう少し頭を捻って考えてもらうとしよう。


「ほーら、もう少しで側まで行っちゃうぞー?」


「な、あ、あああーー!!」


 動揺している男のエイムが完全に乱れた辺りでようやく弾幕が止んだ。

 カームの言っていた通り、【バラージショット】には大きな硬直があるらしく、男はスキル終了時の体勢のまま動かず、青ざめた顔でこちらを睨み付けていた。

 

「やあ」

「おま、お前……初心者じゃないのかよ……!?」

「いやいや、今日始めたばかりの初心者だよ?」

「ど、どうしてあんな動きが出来るんだ」

「えっと……経験則?」

「一体どんな経験だってんだ、そもそ──」


 人差し指を男の口元に近づけて言葉を遮る。


「時間稼ぎはおしまい。もう充分でしょ? それともまだ硬直が抜けない?」


「…………いや、大丈夫だ」


 男が今まで反動によって硬直していた身体を動かし、臨戦態勢へと移る。

 私が近づいてからの会話は全て、スキルを使用した硬直時間を消化するために彼が画策した時間稼ぎだ。前半は迫真の演技だったけど、後半は明らかに呼吸や視線の動きが落ち着いてきていたので魂胆が丸わかりだった。


 というか、私だって同じ状況なら似たようなことをするだろうし。

 ついでに目の前のコイツが次に考えることも、なんとなくわかる。


「じゃあ、ほら。ちゃっちゃと済ませよう? カームちゃんが合流しちゃうよ」


 私ならまず厄介なもう一人が復活して不利になる前に数を減らす。

 あるいは、さっさと逃げるか……だけど、


「……ああ」

「いいね。そうこなくちゃ!」


 どうやら男は前者を選択したらしい。

 よかった。そうでなければ、わざわざ目の前で待ってあげた甲斐がない。


 カームと戦っていたときよりもさらに至近距離で、私と彼は同時に得物へと手をかける。全神経を集中させて互いの一挙手一投足を、呼吸を探り合う。さながら西部劇の決闘だ。……しまった! 「どっちが抜くのが速いか勝負しようぜ!」とか気の利いた台詞でも言っておくべきだった──、


「……ッ! ヒドゥン、形態変化(モード)・ブれ──ぇ?」


 私がふと目線を遊ばせた瞬間、男が動いた……が、甘い。

 こちらに突き込むようにして振るわれたヴァリアント付きの右腕を、私は左掌底で打ち払い、前に出ながら右逆手で抜いた短剣を男の首筋に走らせた。

 厚みのある真新しい刃がバターにでも当てたかのように彼の首を通り抜ける。


「ヴァリアントってさ、確かに強力かもしれないけど不便じゃない? わざわざ名前を叫ばないと使えないなんてさー」


 当たり前だが、さっきのアレはわざと作った隙だ。彼はそれにまんまと乗ってくれたのだ。

 しかも、この至近距離でヴァリアントを使うという大きな隙まで晒して。


「がっ、けひ……やめっ……」

「泣かない泣かない。男の子だろー?」

 

 首を捌いたあと、そのままの流れで背後からザクザクと刺突を入れていると、空気が漏れるような音に混じって涙声が聞こえてきた。さすがにみっともな──可哀想なので、私はスキルの試用も兼ねてトドメを刺すことにした。


「えーと……【バックスタブ】? おおっ!?」

「ぐあっ……ぁ──」


 私がスキル名を声に出すと、腕が自動的に動き、男の背中に刃が差し込まれる。

 初めてスキルを使ったけど、体が勝手に動くのかコレ。

 なんか違和感が凄い……使ったあと一瞬動けないし。


「おつかれさま。名前も知らない襲撃者クン」


 男の体ががくりと崩れ落ち、その勢いで傷口から短剣が抜ける。

 彼はそのまま光になって消滅し、その場には何らかのアイテムの入った袋と貨幣だけが残った。


 戦利品かな?

 プレイヤーも倒されるとアイテムをドロップするんだね。

 どうやら今回の対人戦は、これをもって私の勝利ということらしい。

 色々と思うところもあるが、まあ──、


「うん。悪くはないね、(たの)しかった」

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