第五話 PK
「初心者の教導か? ご苦労なこったな──」
藪の中から姿を現したのは男だ。
引き締まった身体に金属と革の複合鎧を着込み、腰には短剣を差している。
そして、もっとも特徴的な部分として、彼の左腕には小型のボウガンが固定されていた。
「あなたはPK……ですね。聞くまでもありませんでした」
カームが冷えた声を発して男を睨み付ける。
「おうさ。こっちこそ聞くまでもなかったな」
「……つまり、彼女が初心者だと知った上でさっきの不意打ちを?」
「不意打ち? もっと格式高く"奇襲"といって貰いたいがね」
「ニキータさんを──彼女を初心者だと分かっていながら、あえて狙うような卑怯なやり方など、ただの"不意打ち"で十分だと思います」
おおう。なんか空気がピリピリしてる……。
それはさておき、カームちゃんってドスを利かせた声も可愛いなあ!
見下した視線で言われたいような、正面から言われてみたいような。
受けでも攻めでも需要ある声だね。間違いない。
「へっ、甘ちゃんが。虫唾が走らぁ!」
相手の方もなんだか見た目と喋り方の割に声が青くて可愛らしい。
なんというか"背伸びしようとしてる男の子"って感じだ。
「んふふー、いいねえ」
これって、もしかしなくても戦う流れだよね?
カームちゃんには悪いけど、モンスターを相手にするよりも"こっちの方"が俄然やる気がでちゃうな。
何を隠そう私、女の子はもとより年下の男の子も大好物なので。
年上の男性? 勿論、それは別腹でございます。
「ニキータさん、少し離れていてください。ここからは対プレイヤー戦となりますので」
「──おっと。私は手伝わなくても平気な感じ??」
胸の高鳴りに任せるままに手で得物を弄んでいると、まさかの待機指示が出た。
「はい。先ほどまでの狩りとは勝手が違いますし、人を害する戦闘になります。初日からそんな戦闘に巻き込んで嫌な思いをさせたくはありませんので」
んー。気遣いが嬉しいと言いたいところだけど……ちょっと残念。
そっかー、ここでお預けかー……、
「援護くらいは出来るかも。私、意外とやるかもよ?」
「いえ。ニキータさんはまだ〔ヴァリアント〕も基本スキルも取得していませんから、ここは私に任せておいてください」
駄目かあ。カームちゃんの過保護さんめ。
でもまあ、これは彼女の厚意らしいし、今回は素直に見学させて貰おうかな。
「分かった。離れて応援してるから頑張って! ファイト!」
「ありがとうございます。もしものときは街まで逃げてください。さすがに街の中まで追ってPKを行うリスクを侵すとは思えませんので──」
「オッケー……って、カームちゃん! 余所見したら危ないよ!」
私との会話の最中に襲撃者がクロスボウを構え、カームへと矢を放つ。
しかし、その矢はカームに届くことなく不可視の壁に弾かれた。
「無駄です」
「ちっ! さっきも矢を弾いたように見えたが、見間違いじゃあなかったか……その鎧の効果か? ……いや、違うな。さてはそれがテメェの[ヴァリアント]か」
「ええ、その通りです。私のヴァリアント[アマルティア]はあらゆる悪意を遮ります。あなたの卑怯な不意打ちは通じません」
男の言葉にカームが胸当てに手を当てて答える。
すると、彼女の言葉に応じるかのように胸当てが淡い光を放つ。
あー。なるほど。
聞き流しかけてたけど、この男さっきも私たちに矢を射掛けてたのか。
それでカームちゃんは私を庇って押し倒した、と。
私が無事だったのはカームちゃんと彼女のヴァリアントのおかげな訳だね。
しっかし、同じプレイヤーからの襲撃なんて全然警戒してなかったな。
……面白くなってきたかも。ふふっ、次から気をつけなきゃ。
「そうかよ。そりゃあ厄介だな」
「あなたも[ヴァリアント]を出しなさい。そのくらいは待ちますよ?」
「へへ……出せって言われて、素直に切り札を晒すバカはいねえよ──!」
「では、このまま倒させてもらいます──」
二人がお互いに前に出ながら啖呵を切り合う。
その後、しばし距離を保ったまま睨み合いが続き、やがて戦闘が始まった。
◇
「おらぁっ!」
腰に差していた短剣を抜き、男がカームに斬りかかる。
彼はなかなかに動きが鋭く、突きも織り交ぜた多彩な斬撃が絶え間なく繰り出されている。
「そこです」
対するカームはその攻撃を剣でいなし、反撃を行う。
相手を懐に入れず、大振りの攻撃は決してしない。
実に堅実な立ち回りだ。
二人のプレイヤー同士の戦いが始まって数分。
状況は終始カームが優勢に見える。
「面倒くせえ!」
「どうとでも、お好きなように」
男の攻撃はカームに届かず、カームの反撃は少しずつだが確実に男を傷つけていく。それはもう、彼からすれば苛立たしいことだろう。
だが、私の見立てでは男の方は決定的に不利でもない。
確かにカームの剣はそれなりの速度があるし、狙いも的確だ。
けれど、彼女は自分からは決して攻めない。
モンスターとの戦いでもそうだったが、彼女の戦い方は徹底的に後の先を貫く、いわば護りの剣なのだ。
もしもカームの手札がそれだけなのならば、彼女を崩す手段など幾らでもある。
まあ、今戦っている彼にはまだそんなことなんて分からないだろうし、カームの構えが何故か重心が偏ったものになっているのも気にかかる。それらも踏まえて慎重に攻めているのだと考えれば、カームと対峙している彼がイマイチ攻め切れていなくても馬鹿にはできない。
────それでも、私ならそんな風には動かないけど。
おっと……今は観戦、観戦。
カームちゃん、がんばえー!
相手の方も頑張ってもっと盛り上げろー!
あー、贅沢は言わないから、お酒とおつまみが欲しいなあ!
◇
「……これでどうだッ! 【トリプルショット】ォ!!」
業を煮やした男がクロスボウを構え【スキル】の使用を宣言する。
すると【トリプルショット】の名前の通り、ほぼ同時に三本の矢が放たれた。
接近戦でクロスボウから撃ち放たれた矢が三本も当たれば、普通なら致命傷になってしまうだろう。実際に中世紀頃の戦争でも、甲冑を着込んだ騎士たちが至近距離でクロスボウを撃ち込まれ、鎧ごと串刺しにされて命を落としている。
だが、これは現実ではない。
魔法もあれば、奇跡だってあるかもしれない。
そんなゲームの世界なのだと、私は思い知らされる。
クロスボウが構えられた瞬間、カームはそちらに向けて手をかざした。
私には、咄嗟にガントレットを頼りに手で受けるように見えたのだが、違った。
次の瞬間、カームの胸当てが光を放ったかと思うと消失し、その代わりに彼女がかざしていた手には大きな白銀の盾が握られていた。
「[アマルティア]形態変化・アイギス」
言葉と共に金属を同士がかち合う音が三度響き、矢が弾かれる。
そして、彼女は盾を構えたまま足を踏み出し前進し、
「迂闊なスキルの使用でしたね──【シールドバッシュ】!」
「チッ! ぐえっ……!」
スキルを使用した体勢のまま動かない相手に近づくと、カームは猛烈な勢いで盾を叩きつけて彼を吹き飛ばした。男はそのまま激しく横転しながら草むらに突っ込み、仰向けになって動かなくなった。
えぇ……いきなり胸当てが盾になっちゃったよ。
しかも盾で叩いただけで、なんだあの吹っ飛び方は……こういう世界でこんな言葉は無粋かもだけど、物理法則も何もあったもんじゃない。
とんでもないな[ヴァリアント]って。
「カームちゃん。終わった?」
「いえ、まだ気絶状態になっただけだと思います」
「そっか。トドメは刺すの?」
「はい。あまり気は進みませんが、倒してしまってリスポーン地点に帰ってもらいましょう。しつこく付け狙われても迷惑ですし」
カームは対人戦が嫌いなのかな。
なんとなくだけど、そんな感じがする。
じゃあ、せっかくだし、
「……よければ私がトドメを刺そうか」
「あまり気分がいいものではありませんよ」
「まあ、何事も経験ってね」
「そうですか、では──」
「……相談は終わったか? じゃあ、二人まとめて逝けや──[ヒドゥン]! 【バラージショット】!!」
怒気の込められた声と共に私たちに矢の暴風が吹きつけた──。