第四話 狩りをしていたら
◆始まりの街・ラウラニイ 北部平原
街の北門を抜けてすぐ、街道を外れたところにある平原が初心者の狩場に向いているそうなので、私たちはそこでパーティを組んでモンスター狩りを開始した。
「ニキータさん、どうぞ」
「よっし! 任せて──そりゃ!!」
カームに群がる獣型モンスターの背に刃を突き立てる。
ショートソードによる刺突で一匹。
さらに鉈剣による殴打でもう一匹……は仕留め切れなかったので刺突。
「ギィ……」「キ……」
背後からの奇襲を見舞うと、モンスター二体は力無く地面に倒れた。
「よしよし。んふふっ──」
自身の手による成果に思わず笑みが浮かぶ。
(うーん、想像していたよりもずっとリアルだね)
手元に伝わってくる感触は生々しく、刃に骨が当たったり、砕けたりといったものさえ感じられる。
この手応えはネットでの評判通り、なかなかの出来だと思う。
特に刃を刺し込んだときの、皮と肉による抵抗までもが再現されているのには驚かされた。これは『剣鬼』や『マウスハント』には無かった仕様だ。
唯一不満なのは傷口から血液が流れず、代わりに赤い何かが飛び散っていたという部分だろうか?
(刃にも付いてるし、これが血なのかな?)
武器に付着しているのは、赤いフィルムを刻んで幾重にも重ね合わせたようなエフェクトで、それがキラキラと光を放っている。
どうやら今の私には、残酷表現に対するフィルターが掛かっているようだ。
一応このゲームは全年齢向けなので、おそらくはそれに配慮してのものだろう。
昨今のVR関連のコンテンツには、デフォルトで様々な表現規制フィルターが掛けられていて、それらがプレイヤーの年齢に応じて制限解除されていくという仕組みになっている。対象としては主にグロテスク表現や血液の描写、他にもお色気表現や飲酒行為などがそれにあたる。特に後者二つに関してはコンテンツの主目的や対象年齢によって大きく規制範囲が異なる。
「フロンティア・オンライン」内でのお色気表現については、興味こそあれ、カームに聞こうとは思えなかったので詳細はわからないが、飲酒部分に関してはアルコールを摂取した際のプレイヤーへのフィードバックの有無や、お酒の味がジュースなどに置き換わるといった制限がかかるそうだ。
私は成人なので当然そのあたりは無制限。
血液などの描写もフィルター設定をいじればリアル準拠にできるだろう。
まあ、別に血に飢えているわけでもないので気が向いたら変更しよう。
(味は……うん、鉄臭くてしょっぱい。しっかりと血だね──)
「ニキータさん? 次に行きますよ」
「おわっ、ごめんごめん! アイテム回収するから待ってー」
味もみていたら、カームに急かされてしまった。
どうやら次の獲物を見付けてくれたらしい。
急いで倒れているモンスターに手をかざし、ドロップアイテムを回収。
アイテムを抜かれたモンスターの亡骸が消失していくのを見届けてから、私はカームに駆け寄った。
◇
「いきます、【プロヴォーク】」
対面する複数のモンスターたちの前で、カームが【スキル】の使用を宣言する。
すると、その直後モンスターたちが一目散に彼女へと襲い掛かった。
スキル【プロヴォーク】の効果だ。
これは一定範囲に存在する対象の注意を引きつけるスキルだそうな。
「【スタンハウル】【セイントプロテクション】──さあ、どうぞ」
さらにカームは、続けて使用した行動阻害系のスキル【スタンハウル】で引き寄せたモンスターたちの動きを一瞬停止させ、自身の防御能力を向上させる【セイントプロテクション】を発動した上でモンスターの攻撃を待ち構える。
この状況に持ち込みさえしてしまえば、防具の性能とスキルの効果、加えて彼女の[ヴァリアント]の能力によって、この平原においてはほぼ無敵。強力な「ユニークモンスター」にでも出くわさない限り無傷で攻撃をしのげるらしい。
うーん、ホント心強い。
私ってば、いきなり凄い人と知り合いになったのでは?
モンスターの攻撃は全てカームに向かうし、こちらに対しては常に背中を向ける形になる。しかも定期的に放たれる【スタンハウル】によって動きまで止まる。
急所は狙い放題だし、私が襲われる危険もない。
こんなに楽をしてしまっていいのだろうか?
私に出来るのがモンスターを急いで始末するくらいなのがもどかしい。
……頑張ろう。もっと的確に手早く急所を突いて倒そう。
「──よっし、処理完了」
「お疲れ様です、ニキータさん」
「カームちゃんもお疲れ様。随分倒したねえ」
「はい。チェインラビットが六羽、ホーンウルフが三体、グラボアが二体にピアスビーが四匹なので、合計十五。時間的にはなかなかの成果ですね」
今、名前が挙がったモンスターたちを一見したイメージで言い表すと、モフモフの兎、角の生えた狼、いかつい猪、針の主張が激しい蜂だ。
これらの四種がこの平原で出現する主なモンスターで、初心者でも比較的脅威にならない部類らしい。もっとも、単体であるのならば、という前提ではあるが。
「チェインラビットが一匹から四匹まで増えた時はちょっとびっくりしたよ」
「名前の通り、近くの同族と連鎖するので、周囲を確認せずに手を出すと痛い目に遭うこともあります。初心者殺しと呼ばれることもありますね」
わあ、物騒な呼び方。
そんなのが最初に訪れるであろう狩場に居てもいいのだろうか。
「初心者殺し……でも、その呼び名も納得かも。あの兎、見た目は可愛い癖に、とんでもない勢いで跳ねて体当たりしてくるもんね」
「はい。あの攻撃力は装備やスキルが整うまでは脅威だと思います。なので、基本的にはパーティでの狩りを推奨します」
「了解。覚えておくね」
他のモンスターにしてもそうだ。
ホーンウルフの角は鋭く尖っていて鋭利だったし、グラボアの顎と牙に噛まれたりすれば私の細腕など、きっとひとたまりもない。ピアスビーにいたってはバスケットボールよりも大きな蜂で、針の大きさもちょっと笑えないサイズだった。
初心者がそんな危険生物たちと一人で戦うのは、確かに無謀だ。
このゲームのモンスターたちの殺意はそれほどまでに高い。
そりゃ、相手からすれば命を狙われる訳だから当然の反応なんだろうけどさ。
カームはあんなモンスターたちの攻撃を正面から受け持って怖くはないのかな? 見ている私の方が思わず身を捻りそうになっちゃってたんだけど……。
「ねえねえ、私、随分楽をさせて貰っちゃってるけど、本当にこれでいいのかな? カームちゃんにばかり負担かけてない??」
「大丈夫ですよ。ほとんどダメージは受けていませんし、ニキータさんが素早くモンスターの処理をしてくださるので、むしろ私の方が楽をさせていただいてます」
カームが涼しい顔で答える。
彼女はモンスターからの攻撃をほとんど剣一本で捌いていた。
数が三匹以上のときは、さすがに攻撃が当たりそうにもなっていたが、それらは全て【スタンハウル】で妨害されるか、薄い光の膜のようなものに遮られて彼女に届くことはなかった。
その場から一歩も動かずにモンスターたちをいなしていた腕前もさることながら、複数のモンスターを相手にして退かない度胸も大したものである。
VRとはいえ、あの立ち回りは相当に肝が据わっていないと出来ないと思う。
この子、華奢な外見とは違って内面は結構なタフガイなのかもしれない。
「あははー、私にはカームちゃんみたいなスタイルは真似出来そうにないなあ」
「そんなことはありません。ニキータさんはまだゲームを始めたばかりですし、[ヴァリアント]も手に入れてません。まだまだこれからですよ。ですが……」
「ですが……?」
「ニキータさん。先ほどまでの戦闘で【スキル】は習得できましたか?」
「えっと、ちょっと確認するね…………」
習得スキル:【バックスタブ】【サイドスティング】【ネックハント】
メニューを開いて確認してみると、一覧に新たなスキルが三つ並んでいた。
「おー。いつの間にか三つ習得してたみたい」
「おめでとうございます。あとシステムメッセージが気にならなければ、メニュー画面からの設定でスキル習得時の通知をONにしておくといいですよ。初期設定がOFFになっていますので」
「そんな設定もあるんだ」
「はい。他にも色々と便利だったり有用な設定がOFFになっていたりもするので、お時間があるときに目を通しておくことをお勧めします」
善は急げ。私はさっそく通知をONに切り替えておいた。
メッセージの類もよほど視界の邪魔になるようなものでもなければ問題ない。
私はそういうものを端から邪魔者扱いするほどリアルさを求めてもいないのだ。
「ところで習得したスキルの中に【スラッシュ】はありますか?」
「いや、無いね」
「……すみません。私のミスです」
「ええ?」
「【スラッシュ】は相手と向かい合った状態で斬撃などを行うのが習得条件だと云われています。なので先程までの狩り方だと覚えられなくて当たり前でした」
「へえ、そうなんだ」
なるほど。プレイヤーがとった行動に応じてスキルを習得したりするのか。
確かに私はモンスターの背後から背中や脇腹を突いたり、首筋を割ったりしかしていなかった。カームの言うとおり【スラッシュ】の習得に必要な条件は満たしていない。
「刀剣系の基本スキルなのに……ニキータさん、申し訳ありません」
「いやいやいや、大丈夫、大丈夫だから!」
カームが頭を下げようとしたので、慌ててそれを阻止する。
ここまで助けてもらっていながら、たかだかスキルひとつのことで彼女に謝罪なんてさせたらバチが当たってしまう。
「それなら正面から戦って覚えればいい話だし。そもそも私だって、ずっとカームちゃんに助けてもらう訳にもいかないしさ! だから、ね! 謝らないで! 頭を上げてっ!」
「そうですか……」
「そうそう、だから気にしないで──」
「……ッ! ニキータさんっ!!」
「うわぉ!?」
それは突然だった。
私はいきなりカームに身体を抱え込まれ、そのまま押し倒された。
(え、なになに? どうしたの?? ちょっと大胆すぎない!?)
天を仰ぐ視界には、いつの間にか日が暮れ始めていた赤い空と真剣な表情のカームの顔が映りこむ。彼女は吐息がかかりそうなほどの近距離で私に密着し、覆いかぶさるように私を抱きかかえている。
「ニキータさん」
「か、カームちゃん。これはまだちょっと私たちには早いんじゃないかなーって」
「はい。ですが、こうなってしまっては仕方がありません」
わぁお! 見かけによらず肉食系? ロールキャベツなの??
いやーお姉さん困っちゃうなー。
こんな可愛い子に地ドンされちゃうなんて。
うへへ、カームちゃんってばいい匂い──、
「遺憾ですが、ここは不意打ちしてきた『PK』を退けるしかありません」
「へ?」
不意打ち??
PK?
予想外の単語に、私は思わずカームの身体に廻しかけていた手を止めた。
「……オイオイ。片方は仕留めたと思ったんだがね」
直後、平原に私とカーム以外の声が響き渡る。
そして、声の主は私たちから十メートルほど離れた藪の中から姿を現した。