第十五話 ある晴れた平原で
◆始まりの街・ラウラニイ 北部平原
二度目のログインを果たしたあと、私は紅葫蘆と共にラウラニイの北にある平原地帯へと再び訪れた。
『ハッハァー! やっちまえァッ!! ニキータァッ!!』
「おっけーい! ──そらっ!」
吠える紅葫蘆に応えるように、目の前のモンスターへと刃を奔らせる。
完全に向かい合った状態からの斬撃では致命傷にまで至らないが、それでいい。
本命は次だ。
「ガルァッ!!」
「おっと。……はい、おやすみ」
わざと反撃を誘い、モンスターが飛び込んできたところに合わせてショートソードの切っ先を刺し込む。
その一撃で狼型のモンスター、ホーンウルフは絶命した。
「……ふぃー」
これで七匹目。
平原で狩りを始めた時間から逆算すると、初日よりも緩やかなペースである。
囮役……ゲーム用語ではタンクって言うんだっけ? カームちゃんみたいに相手の注意を引いてくれる人が居ないと、やっぱり効率は落ちちゃうね。
まあ、人以外の相手を正面から斬り伏せるっていうのも新鮮で面白いけどさ。
『ケケッ、手際がいいじゃねーか』
「どーも。だけど、これでも私、愛犬家なんだよ? 胸が痛んじゃうなー」
『その割には情け容赦が無いように見えたぜぇ?』
……いや。それは当たり前でしょう、
「だって、ゲームだし?」
『ふはっ、結局どうとも思ってねえんじゃねえか。俺様の相棒は冷血だぜェ』
「失礼な。誰が冷血だ。一応、苦しませないように配慮もしてるのにさー」
『くくく、どうだかなァ』
さて、瓢箪の戯言は聞き流しておくとして、アイテム回収といこう。
本来であればこの後、仕留めたモンスターに手をかざしてドロップアイテムの回収をしなくてはいけないのだが──、
「そんなことよりも、ほら、紅葫蘆の出番だよ。お願い」
『応よォ!! 【吸引】!』
──今や私は紅葫蘆のおかげで、そういった手間からは解放されていた。
◇
平原を訪れてから私たちはまず、お互いの能力や所有するスキルを確認して入念に打ち合わせを行った。何故ならば、実戦に出る前に自分たちが出来ること、出来ないことをしっかりと把握し、共有しておくべきだと考えたからだ。
そうして分かったことなのだが、紅葫蘆はカームの[アマルティア]やゲイルの[ヒドゥン]とは違い、直接戦闘に関わるような能力を持ち合わせていなかった。
まあ、見た目は本当にただの瓢箪なので仕方ないといえば仕方ないのだけど。
しかし、戦闘能力こそ皆無であるものの、彼の真価はその【スキル】にあった。
スキル:【吸引】【吸収】【火酒作成】【薬酒作成】
パッシブスキル:【格納】【保管】【熟成】
ユニオンスキル:【酒毒耐性:大】
バーストスキル: -
形態変化:-
紅葫蘆を一言で評するとすれば「特殊な効果を持ったアイテムボックス」だ。
彼のスキル構成は主にアイテムや素材を【吸引】によって体内に収集することを前提としたものになっていて、そこから他のスキルに繋げることで初めて本来の実力を発揮できるのだ。
そして、さらにこのゲームにおける【スキル】というものは、大きく分けて四種類存在するということも分かった。
まず、声に出して宣言することで起動し、効果を発揮する「スキル」。
次に、発動宣言を必要としない常時発動型の「パッシブスキル」。
このふたつは、プレイヤーとヴァリアントの双方がそれぞれ習得できるスキルで、その名称もある程度ゲームで遊んだ経験があるプレイヤーならば慣れ親しんだものかもしれない。
続いて残りの二種「ユニオンスキル」「バーストスキル」に関してなのだが、こちらはヴァリアントのみが習得可能なスキルとなっている。
「ユニオンスキル」は自身のヴァリアントに触れているか、一定の範囲内に居ることで効果を得ることができるスキルだ。ちなみに紅葫蘆が習得している【酒毒耐性:大】は私にお酒由来の毒物に対する強力な耐性を与えてくれるものだそうだ。
「バーストスキル」は、発動までに様々な制限や条件が定められているかわりに絶大な効果を誇るスキルで、いわば必殺技的なものらしい。紅葫蘆はまだ習得していないので今後に期待したい。
他にも「形態変化」という項目があるが、こちらも紅葫蘆は未修得。
内容的にはカームやゲイルの使っていた(ゲイルは不発だが)ヴァリアントの形態を変化させるアレのようなのだが……瓢箪がいったいどんな形に化けるというのだろうか? 私には全く想像がつかない。
以上、これら四種のスキル+αを十全に扱うことができる存在──それが稀人たる私たちプレイヤーであり、それに付き従うヴァリアントであるらしい。
まあ、背景や設定はともかく、これでようやく私もいっぱしの稀人という訳だ。
紅葫蘆の仕様も理解できたので、これからはあらためて、このフロンティア・オンラインの世界を満喫しようと思う。
◇
『──おォ? 喜べ、ニキータ。レアドロップだぜぇ!』
スキル【吸引】により、モンスターの亡骸を自慢の瓢箪ボディに取り込んだ紅葫蘆が上機嫌な様子で私に言った。
「おっ! どんなアイテム??」
『「ウルフホーン」とかいう素材アイテムだなァ。アイテム説明によると武器の材料や貴族向けの装飾品になるんだとよ』
紅葫蘆は【吸引】を使うことで、倒した相手や取得可能な物体などを文字通り自身の体内へと吸い込むことができる。そして、そこから取り込んだ対象を【吸収】あるいは【格納】し、ドロップアイテムを回収。さらに次のスキル発動へと繋げていくのだ。
「へえー……酒代になるかな?」
『相場は分かんねえが、レアモンだし金になるんじゃねぇかァ?』
「そっか。それじゃあ、次からお金になりそうな物以外は紅葫蘆の判断で【吸収】しちゃっていいよ。まだ【火酒作成】と【薬酒作成】を試していないしさ」
この【火酒作成】【薬酒作成】は、そのままの状態では発動することができず、【吸収】により紅葫蘆が取り込んだ物を消費して初めて発動することができるスキルだ。前者は名称の通りアルコール度数が高いお酒を、後者は様々な効果を発揮する薬酒を生成するスキル……なのだが、紅葫蘆本人曰く、どちらもとても美味しいらしい。……それを聞いてからというもの、私は早く飲んでみたくて仕方がない。
『まあ待てェ。俺様はそれでも構わんが【熟成】も試してみねぇかァ?』
「【熟成】は……確か、紅葫蘆が【格納】している物の品質を低確率で上昇させるんだっけ?」
『おうよ。上昇判定に失敗したら俺様に吸収されちまうから、急ぎでなけりゃあその方がお得だぜェ。成功したら【保管】で隔離しておけばいいしなァ』
ほうほう。成功すれば儲けもの、失敗してもお酒の素になると……。
それなら紅葫蘆の収納スペースが許す限りは熟成に挑戦してもいいかもね。
「なるほど、ならそうしよう。格納しておくスペースにはまだ余裕がある感じ?」
『あー……それなんだが、テメェに分かりやすく説明するとだなァ、街で行き交ってた馬車があんだろ? アレが丸々一台入るくれぇにでけえ倉庫を想像してくれりゃあいいぜ。つまりはまだまだ余裕ってこったァ』
紅葫蘆の言っている馬車とは、おそらくラウラニイでよく出入りしている幌馬車のことだ。馬が二頭がかりで引くような大型の物で、ここに来るまでの間にも街中や街道で何度かすれ違った。あの大きさの馬車を丸ごと格納できる倉庫となると……、
「……わお。それって結構すごいんじゃないの?」
『ハッ! 当たり前だろうがァ。俺様は紅葫蘆様だぜェ!』
その理屈はよく分からないけど、私は空気の読める大人なので余計なことは言わない。むしろ紅葫蘆みたいなタイプはほどほどにおだてて、アゲていってあげる方が良い結果を出してくれるんだよね。これは私の経験則なんだけどさ。
「よーし! じゃあ、この調子でどんどん狩っちゃおう!」
『ケケケ、平原のモンスターを全て平らげちまうってのも悪くねえなァ!!』
「あはは、それも面白そうだ。ちょっと頑張ってみよっか!」