第十話 昨日の敵は
《プレイヤー「ゲイル」から決闘申請がありました》
《申請を受諾しました、決闘を開始します》
《決闘に勝利しました。戦闘状態を解除します》
《プレイヤードロップ:「ブッシュマント」を入手しました》
《5000ウェルを入手しました》
《スキル【スラッシュ】を習得しました》
「クソッ!」
「ふふん、まだ間合いが遠いね」
◇
《プレイヤー「ゲイル」から決闘申請がありました》
《申請を受諾しました、決闘を開始します》
《決闘に勝利しました。戦闘状態を解除します》
《プレイヤードロップ:「ハードレザーグローブ」を入手しました》
《2500ウェルを入手しました》
「いいぞ、姉ちゃん! もっとやれー!」
「どうした若いの! 男ならガツンと気合いれろー!」
「ハァーイ! 声援ありがとうオジサンたちー! あ、おひねりは此処ね!」
「おい……それ……俺の盾」
◇
《プレイヤー「ゲイル」に決闘を申し込みました》
《申請が受理されました、決闘を開始します》
《決闘に勝利しました。戦闘状態を解除します》
《プレイヤードロップ:「回復薬」を入手しました》
《1250ウェルを入手しました》
「だーー!! 畜生ッ!! もうオレの負けだ! 今回は負けでいい!!」
通算四回目の決闘が終わった直後、広場にゲイルの叫び声が木霊した。
「あれ? もう終わり??」
一度目の決闘が終わったあと、ゲイルはしばらく倒れたまま私に頬を弄られていたのだが、やがて自ら立ち上がり、私に再度の決闘を申し込んできた。
結果はもちろん私の完勝。
当たり前だが、手を抜くなんてことはしていない。
攻め手を変えて揺さぶりもかけたし、ちょっぴり本気を出したりもした。
しかし、ゲイルは回数を重ねる毎に工夫を凝らして私に向かってきた。
スキルの組み合わせ、発動するタイミング、さらにはアイテムの使用など。負けが続いても決して自暴自棄にならず、自身の持つ手札を最大限に活用して私に挑んでくる姿は実に好感が持てるものだった。ともすれば、もう十回ほど戦えば私といい勝負になるかもしれない。
若いっていいね! がむしゃらなのは好きだよ、私。
男の子にここまで情熱的に求められると嬉しくなっちゃうしね……うへへ。
それだけに、この決闘がこれで終わってしまうのがちょっと残念。
折角、面白くなってきたところなのになー。
「わんもあー、りぴーとあふたーみー」
「終わりだ、終わり! ったく……毎回毎回、丁寧にヒトの急所を抉りやがって!」
「えー。だって私女の子だよ? 非力だから防御の薄い場所を狙わないと」
「オレの知ってる女の子ってのは的確にこめかみ目掛けてダガーねじ込まねえよ」
「ゲイル君てば、女の子に夢見過ぎじゃない?」
「言ってろ。もう金もねーし、これ以上装備剥がれたら金策も出来なくなるわ」
「そうだ、忘れてた! 割のいい金策方法を教えてもらわないと!」
「チッ……だから、それよりも先に[ヴァリアント]をだな──」
「まあ、立ち話もなんだしお店にでも入ろうか、お姉さんいい所知ってるんだー」
「聞けや」
◇
◆始まりの街・ラウラニイ 酒場「大海の蛙亭」
「ぷはぁー! くぅ~……昼間っから飲むエールは最高だねぇ!」
「アル中かよ。引くわ」
ゲイルを広場に面した酒場へと連れ込み、とりあえず駆けつけ一杯。
私は木製のジョッキに並々と注がれたエールを一気に喉に流し込んだ。
丁度いい温度に冷やされたエールは香り高く、まさに悪魔的なウマさである。
そして何よりも、程よく動いてほぐれた身体にしゅわしゅわとアルコールが染み渡っていくこの感覚がたまらない。私はこの瞬間の為に生きているといっても過言ではないだろう。
「にゃはは、ゲイル君も遠慮しないで何か頼みなって! 安心したまえ、今日はお姉さんのおごりだ!」
「それ、元はほぼ俺の金だろうが。……で、金策方法が知りたいんだったか?」
「そうそう。私もゲイル君みたいに小金持ちになりたいのです」
「小金持ちって……そこまでじゃねーよ、俺も」
「けど、数万ウェルもあれば何日かは飲み食いに困らないでしょ??」
「生活するだけなら普通はもっと持つんだが……」
「まあまあ、そこは個人差ってコトで──おっ、来たきた!」
話をしていると、先に注文しておいた飲み物とおつまみが運ばれてきた。
内容はジンジャーエールとおつまみの炒りドングリ。
前者は当然ノンアルコール。ゲイル用に私が勝手に頼んでおいたものだ。
炒りドングリは昨日……というか今朝に酒場で食べたら案外いけたので、また注文しておいた。とても香ばしく、味は栗とナッツの中間といった感じ。エールはもとより、ワインや牡蠣にもきっと合うので、機会があれば是非とも試してみたい。
「はい、ゲイル君にはこっちねー。もしかしてアルコールの方がよかった?」
「…………」
仏頂面で座っているゲイルにジンジャーエールを差し出すと、彼は黙ってそれを受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み始めた。どうやらゲイルも私同様に喉が渇いていたらしい。決闘中の彼は私よりも動き回っていたので当然といえば当然なのだが。
ふふふ……いい飲みっぷりじゃない。
のど仏がかわいいよねー、このくらいの年頃の男の子は。
私、ますますお酒が進んじゃいます! ぐびぐび!
「ふー……そうだな、この街でやれる真っ当な金策に限定するなら『下水道のモンスター駆除』辺りじゃねえかな。アンタなら初心者向けのクエストより難易度高くても平気だろうし」
「へえ……それじゃ、そのクエストについて詳しく教えてよ」
私は塩味のドングリを口に放り込み、ゲイルの説明に耳を傾けた──。
──ゲイルが教えてくれたクエストの詳細は以下の通りだ。
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『下水道のモンスター駆除』
ラウラニイ地下下水路の浄化槽、及び整備用通路の粘体モンスターの駆除。
対象モンスターの弱点は炎。頭上からの奇襲に注意。
臭いが酷く対象外のモンスターと出くわす可能性がある為、高報酬。
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このクエストは受注したがるプレイヤーやNPCの少ない不人気クエストらしい。不人気の理由は主に下水と対象モンスター(通称・スライム)の臭い、それに炎属性のスキルや装備が必須レベルで要求されるからだ。あと、頭上からの奇襲は色々な意味でトラウマものなのだとか。
「私は炎系のスキルを持ってないから、炎属性の装備が必要な訳だ」
「そうなるんだが、その手の装備がラウラニイで売ってるのは見たことねえな。レア装備だから大抵は前線とかガチ勢のギルドに流れちまうし、そもそも高額だ。このクエストの為に用意するには割高過ぎる」
「お値段が張るのは困るなあ。何か他の道具とかで補えないの?」
こうバチバチっと武器にエンチャントするような感じのヤツとか。
「道具ねえ……松明でも焼けねえことはねえが、時間がかかるんだよな」
「ほほう。じゃあ魔法とかスキルを覚えてドカンとやっちゃう方がいい感じ?」
「いや、それだと手数が足りねえから複数人でパーティを組んでのクエスト受注が前提になる。で、そうなると今度は一人頭の取り分が減っちまうからウマくねえんだ。パーティメンバーを募集する手間もあるしな」
確かに収入が減るのは本末転倒だし、募集をかけるのも少し面倒かも。
人付き合いが苦手な訳でもないんだけど、このリアルなゲームの中で見ず知らずの人に背中を預けるのはちょっとだけ抵抗がある。
「だからオススメは炎属性のヴァリアント持ちとコンビを組むか、そもそも自分でその手のヴァリアントを所有するかだな。あとは弱点のコアを狙って潰すって手もあるにはある」
コンビか……でも私、まだそんなに知り合いのプレイヤーが居ないんだよね。
カームは前線で戦ってるプレイヤーみたいだから近くには居ないし、そもそも装備もヴァリアントも炎属性には見えなかった。もう一人は目の前に居るけど……、
「ちなみにゲイル君のヴァリアントは炎属性?」
「残念だが違う。俺のは炎じゃない」
「えー……手伝ってもらおうと思ったのに」
「さすがに面倒くせえ」
駄目か。
まあカツアゲ(のようなコト)をした私に、こうして付き合ってくれているだけでもありがたいので文句も出ないけど。
「コア狙いは難しいのかな」
「スライムは物理全般に強力な耐性がある肉を纏ってて、刺突できるような鋭い武器でコアをピンポイントに突かないと殺しきれないんだよ。接近戦も危ねえから、コア狙いでやるなら槍とか斧槍みたいな長柄のポールウェポンが必要になるな」
ポールウェポン……お店でハルバードを見かけたけど、私の筋力じゃ振り回せなかったんだよね。一番軽い槍でも重たかったしなー。
「しかも下水のヤツらは不透明な体だからコアの位置もよくわかんねえ。コアを狙い撃ちにできるような手段がないのなら焼くのが一番効率がいい」
「むぅ……そうなると私も炎属性のヴァリアントが欲しくなっちゃうね」
「炎系ヴァリアントなら潰しも利くからいいんじゃねえかな。前線でも募集が多いし、最近じゃ大手のプレイヤーギルドとか攻略サイトでも初心者に勧めてるしな」
「へー……あれ? そういえばヴァリアントって自分で型を選べるものなの?」
「選べはしないがある程度までは型を絞ることが出来るんだ。生物型か無機物型かの分類から始まって、おおよその属性と形までは今のところ意図的に絞れるって有志に検証されてる。まあ、最終的には持ち主の適正とかにも左右されるらしいが」
「そうなんだ。ゲイル君のヒドゥン君? ちゃん? はそうやって狙ったの??」
「ヒドゥンか? コイツは特に狙ってねえな。神殿で信奉する神とかも決める前に授かったらコイツだった」
「いいね、そういうの。運命的じゃない」
「そんなもんかね……まあ、確かにオレの性には合ってるな」
そう言って腕のクロスボウに掌をあてるゲイルはどこか嬉しそうな表情だった。
今、私の目の前にいる彼は皮肉屋でどこか無理に背伸びをしているような青年ではなく、初めて内面相応の人物に見えた気がした。
そういえばカームも自身のヴァリアントのことを、まるで親しい友人や家族のように語っていた。最前線で戦うプレイヤーであれ、対人戦を好むプレイヤーであれヴァリアントに対する想い入れというのは変わらないものなのかもしれない。
ヴァリアント。
各プレイヤーに与えられる自分だけのNPCにして可能性の具現。
私には果たしてどんなヴァリアントが授けられるのだろうか?
俄然、興味が湧いてきた。
「よっし。じゃあ、私もヴァリアントをゲットするとしますか!」
「そうしろ、そうしろ。その方がやれることの幅が拡がる」
「あ! でも困ったな」
「……何がだよ?」
「私がヴァリアントを手に入れちゃうと、ますますゲイル君に勝ち目がなくなっちゃうなーって」
「ハハハ……てめえ覚えてろ、いつか泣かすからなこの野郎」