第一話 酔った勢いで始めてみた
「一等賞おめでとうございまーす!」
「あ、はい」
女性の声とハンドベルの音が目抜き通りに響き渡る。
その日、私、御影美加は地元の商店街で催されていた福引き大会で一等の景品を引き当てた。仕事帰りに寄ったお肉屋さんで、特製コロッケとおつまみ用の馬刺しを購入したところ、たまたま貰えた福引券が見事に当たりを引き寄せたのだ。
景品の内容は、とあるオンラインゲームのアカウントと十万円相当のゲーム専用ポイントだった。
タイトルは「フロンティア・オンライン」。
半年ほど前にサービスが開始されたフルダイブ型のVRゲームだ。
確かジャンルはファンタジーMMORPG。
結構な人気タイトルで、今もアカウントの取得が順番待ち状態。最短でも数ヶ月待ちのゲームだったハズだ。以前にもテレビCMや週刊誌の裏表紙で見かけた覚えがある。
……しかし、困った。
実は私、この手のゲームをあまりプレイしたことがないのだ。
RPGというジャンル自体は嫌いではないが、それもVRが流行る以前のレトロゲームに限った話だ。最新のVRゲーム……しかもフルダイブ型のコンテンツとなると、趣味で嗜んでいる剣戟シミュレーターくらいしか覚えがない。
それでも学生時代ならば喜び勇んでプレイしていたかもしれないが、社会人になってからというもの私はRPGやSLG、AVGといった時間をかけて遊ぶタイプのゲームとはどうも疎遠になってしまっている。いくら福引で当たったからといっても、今更進んでMMORPGを始めてみようなどという気にはなれなかった。
──どうせなら、ゲームアカウントなんかよりも実用的な物が欲しいというのが本音である。
「あのー、コレ要らないんで二等のA5和牛5キロと交換できません?」
「それはちょっと……」
「ですよねえ。すみません、言ってみただけです」
くっ……素直に貰って帰るしかないか──。
◇
「……ただいまー」
商店街で謎の豪運を発揮した後、私は残りの買出しを済ませて帰宅した。
自宅は市内のマンションの一室。3LDKの私の城である。
年齢は今年で27歳の独身だが、決して寂しくはない。
人間、趣味と最低限のコミニュティさえあれば生きていけるのだ。
与えられた仕事をこなして、余暇を全力で満喫する。
ご近所さんとの交友を欠かさず、ボランティアには積極的に参加。
あとは少しのアルコールとおつまみ、時代小説に名作映画があれば"すべて世は事もなし"だ。おっと、体調管理と能動的なストレス解消も忘れてはいけない。
「はあ……お腹減ったな」
私はひとまず入浴を済ませ、食事を摂ることにした。
明日は休日。お風呂上りには、とっておきのお肉を出して楽しむことにしよう。
食事を終え、ストロングなヤツとおつまみで晩酌をしていると、福引で当てた景品のことを思い出したので戯れにネットで調べてみた。
すると、プレイヤーたちからの評判は上々らしく『自由度が高くて殆ど何でも出来るゲームだ』だとか、『五感へのフィードバックがこれまでのものとは一線を画していて、現実以上に多彩な刺激を楽しめる』、『戦闘に関しての描写が非常にリアル。人によってはフィルター設定必須』などといった情報が多く見られた。
「へえ、そんなに面白いんだ。……折角だし、冷やかしがてら遊んでみようかな」
このとき私は、いつもより酔いが回っているせいか、普段ならなんだかんだと理由を付けて結局は遊ばないようなゲームに食指を動かそうという気になっていた。
ふらふらと自室に向かい、PCを起動。
そして、福引の景品であるアカウントIDなどが記載されているカードをスキャナーに読み込ませ、表示されたゲーム登録画面に必要事項を入力していく。登録自体は不慣れな部分もあったが、おおよそ十数分で済んだ。
「携帯端末とのリンクもOK。歯磨きとおトイレは済ませた。さあ、お次は──」
外部から出来る登録作業が全て終わったのを確認してから、寝床へと滑り込み、ベッドと一体型のヘッドセットを装着。フルダイブ型VRシステムを起動する。
すると、全身の感覚が浮遊感と共に一度消失し、心地よい感触と温度に全身が包まれた。精神がフルダイブ状態へと移行した証だ。
この状態になると、まるで肉体から精神が切り離されたかのように、現実での酔いや疲労感といったものが全て消えてしまう。さらには、そのまま擬似的に疲労感をなくした状態で快適な睡眠に就くことも可能で、疲労困憊のときなどには重宝したりもする。まあ、せっかくのほろ酔い状態からも一気に覚まされるので、個人的には好きになれない仕様だけど。
素面に戻った途端に「やっぱり『いつものシミュレーター』で遊んで寝ちゃおうかな?」という欲求も湧いてきてしまったが、ぐっと堪える。
いつものシミュレーターとは、剣戟アクションシミュレーター『斬鬼』と密偵討伐シミュレーター『マウスハント』というもので、どちらもちょっと他人には話せない私のささやかな趣味である。
何故、話せないのかというと、それはそのコンテンツ自体にR18+Gの規制がかかっているからだ。具体的にいうと、人を斬ったときの描写が非常に生々しいものだったり、色々と内部からポロリしたりもする。
オマケ要素ではあるが、性的な描写の含まれるモードがあるのも理由の一つだ。
私も女なのでそういうコンテンツに手を出したいときだってある。
可愛いらしい密偵を捕まえてぐへへな展開をしてみたり。
戦闘の末に「くっ、殺せ!」な状況に追い詰めてみたり。
ちなみに難易度をあげるとぐへへの最中に首を掻き切られたり、「くっ、殺せ!」が「くっ、殺す!!」に変わって逆襲してきたりするという面白要素もある。私はどちらかといえば戦闘の延長として、そちらで遊ぶほうが多いが。
まあ、どのみち人に話すような内容ではない。
さて、現実での酔いと疲労感から開放された反動からか、ぼうっとしてしまっていたが、本題のゲームを開始するとしよう。
《ようこそ、フロンティア・オンラインの世界へ》
ホームでコンソールを操作して目的のゲームを呼び出すと、音声案内とタイトルが表示された。そのままアナウンスに従い操作を行うと、世界観やバックストーリーが映像と共に語られ始めたので、私はそれらを堪能することにした──。
──長ったるしい説明だったので途中から聞き流していたが、要約すると、
・新大陸を発見したので頑張って開拓して植民地にしよう!
・新大陸では色んな勢力が開拓競争をしているぞ!
・原住民や原生生物もいるぞ! もちろん、あんまり仲は良くないよ!
ということらしい。
なかなかに生々しいファンタジー世界である。
そして、私たちプレイヤーはそんな世界へと、神々に加護を授けられて送り込まれた異邦人──稀人という設定だそうだ。
どこかで聞いたことのある設定を悪魔合体させたような内容だが、浪漫を感じる設定というのは得てしてそういうものである。実際、私はそういうものが大好物だ。
特に開拓時代風という所が気に入ってしまった。
史実でもそうだが、そういった時代はどこか混沌とした世の中であることが多い。良く言えば自由。悪く言えば無法なのだ。
どうしようか?
真面目にプレイしてみようかとも考えていたが、この際チョイ悪なスタイルを楽しむのもいいかもしれない。ふふふ、迷っちゃうぜ。
「よし、次はキャラクタークリエイトだね」
世界観の説明が終わると、外見作成を行う専用ルームへと空間が切り替わった。
木目調の近代ヨーロッパ、あるいは老舗の洋服店といった雰囲気が近いだろう。
部屋の中には多くの衣服が並び、NPCらしき執事とメイドの姿も見える。
コンソールを操作し、さっそくキャラクター作成を開始する。
「えっと、まずは名前か──どうしようかな」
こういうとき普通はどんな名前を付けるんだろ?
今まで固有のキャラクター名が設定されたゲームでしか遊んだことがなかったからなあ……これといって思いつかないし、映画の登場人物からでも拝借しようか。
「ニキータっと……」
昔に観た洋画のタイトルと主人公の名前をそのまま入力。
本来は男性名らしいけど、私にとっては女性名の印象が強いので問題なし。
殺し屋に惹かれていく少女の名前と悩んだけど、少女って柄でもないしね。
ニキータ──うん、いいじゃない。今日から私はニキータだ!
名前を決めて気分が盛り上がってきた私は、続いて外見の作成に取りかかった。
どうやらこのゲーム、プレイヤーの種族は人間固定、性別も変更不可らしい。
これはこの手のゲームにしては少し珍しい気がする。
色々な種族を選択できるものだと思っていたので、ちょっとだけ残念。
他の項目はある程度の調整が利くようだ。
肌や髪、目の色や骨格に輪郭、体格まで自由らしい。
しかし、これらは時間をかけるとキリがないので、適当に決める。
参考までにいくつかNPCに質問してみたところ、手早くアバター作成をする場合において最もポピュラーなのは、現実での自身の姿をスキャンして落とし込む手法らしい。なので、私もそれに倣っておくことにした。…………キンニクマシ、ネンレイヒカエメっと。そうだ、ワンポイントだけタトゥーもいれちゃお。
「お次は……信奉する神様?」
次の項目は「信奉する神々」というものだ。
要領を得なかったのでNPCに質問してみたところ、この項目はバックストーリーでも語られていた「プレイヤーに授けられた神の加護」とやらに相当する要素で、選んだ神様に応じた恩恵をプレイヤーは受けることができるそうだ。
例えば「狩猟の神」を信奉すると狩りや獣に関連したスキルや能力補正などを授かれる、といった具合だ。他にも信奉者の数や神様への貢献度に応じて更に特典が付いたりもするとか。
無論、一度選ぶと、もう信奉する神は変更できない……ということもなく、それなりのペナルティやリスクを負うことで、途中から別の神々に乗り換えてしまうことも可能だそうだ。それどころか、最大三柱までの神様を同時に信奉することができるらしい。……大丈夫? ゲームとはいえ、ちょっと自由過ぎない??
さあ、信仰の自由はさておき、私はどんな神様を選ぼうか。
リストには多数の神々が表示されている。
例えに出ていた「狩猟の神」を始めとして「剣の神」や「槍の神」、「薬の神」に「鍛冶の神」なんてのもある。まさによりどりみどりだ。
個人的には戦闘に関する技能や補正の強そうな神様に仕えたいが、私は昔から"人とは違うことをする主義"を拗らせてもいるので、信奉者の数が多いようなメジャーどころにはどうにも入りたくない。むしろ、少し不人気なところで細々とやりたい。
当然、効率を考えれば圧倒的に前者が有利なのだろうけど、これはゲーム。わざわざ気の進まない選択をすることもない。
それに、今この場で必ずしも「信奉する神々」を決めなくてもよいらしく、『今は決めない』という項目も親切に用意されている。
「うーん、なら『今は決めない』でいいや」
現実世界での明日は休日だが、悩む時間ももったいない。
どうせならプレイスタイルが定まってから、じっくりと考えよう。
《プレイヤー名「ニキータ」の登録を完了しました。これより始まりの街・ラウラニイへの転送を開始します。それでは引き続きフロンティア・オンラインの世界をお楽しみください──》
どうやらキャラクターメイキングはこれで終了のようだ。
最後の項目にチェックを入れるとアナウンスが流れ、私の全身は光に包まれた。