ページ08~大統領
殴り合って結びつく友情、良いのですよー
倒れ込んだ元木の方に目をやる。元木はアカシを消していた。俺もアカシをいつの間にか消していた。
倒れている元木は笑顔で疲れていた。
「遠藤、元木、何やってるんだ?」
伊勢木の声だ。どこから聞こえるんだろう。どうでもいい。眠い。
「うわっ、えっ、どういうこと?」
伊勢木が驚いたようだ。
「大丈夫か? 遠藤、遠藤秀一」
伊勢木の声が近づいてくる。来てもいいし来なくてもいい。伊勢木と出会ってからまだそんなに経ってないけどとっても濃密な時間を過ごせた。相棒もできた。もう満足だ。
「返事できるか?」
ほっぺたが痛い。叩かれた?
「あー、うん」
なんとなく返事する。
「立てるか?」
優しく俺に問いかける伊勢木。ありがとう。
足とか腕に軽く力を入れようとしたが、無理だった。
「難しい」
「そうか、じゃあ俺が運んでやるから安心してろ遠藤」
伊勢木はそう言って離れていった。
「元木、お前はどうだ?」
「俺も難しい」
「まあ安心しろ。俺がアカシを出せば二人ぐらい余裕で運べる」
伊勢木が俺たちを安心させるように言った。
そして俺たちは二人仲良く伊勢木の肩に乗せられて運ばれた。
なにがおかしいのか俺の口から笑みがこぼれた。
同時に元木も笑った。
「おい、遠藤、元木、どうしたんだ」
伊勢木がそんな事を聞くがなんでなのか俺にだっておそらく元木にだって分からないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺たちは伊勢木の肩に乗り体育館まで運ばれた。
「だから、明日は僕たちに何が出来て何が出来ないかテストするべきだ」
「いや、重要なのは食料と寝具の確保だ」
「いえ、他に人がいないか捜すべきです」
中では勉と北村 激と冬野が明日の予定について話し合っていた。
「もう、寝ない?」
加藤が俺の望みとマッチした提案をした。
「こんなに言っても話がまとまらないよな。それは仕方ない。だって勉や冬野と優先する価値観が違うもんな。というわけでリーダーを決めて寝ようじゃないか。いや、ここは二年間の休暇に倣って大統領と呼ぼうか」
北村 激がそう言って俺の方を刺すように見つめてきた。
「つまり、明日どうするかをその大統領に丸投げしようというのか? 多数決で決めるのか? 任期はいつまでだ?」
勉が北村 激に質問を畳みかけた。
「二年間の休暇って何?」
桜風からのんきな質問が出た。
「勉、いい質問だ。その辺については一緒に詰めていくとしよう」
北村 激が俺の方に視線を向けたまま言った。
「桜風、二年間の休暇っていうのは十五人の未成年が無人島サバイバルする小説だ」
勉が桜風の疑問に答える。だが、その説明に当てはまる作品をもう一つ知っていた。
「なんか、十五少年漂流記みたいだな」
そう俺が言うと北村 激だけではなく勉もこっちを見てきた。
「同じだ」
勉は端的に言った。
「遠藤、元木。おろすぞ」
そう言って伊勢木が俺と元木をゆっくりと布団に置いてくれた。
「同じって何が?」
桜風、ナイス質問。
「ああ、桜風。二年間の休暇は海外から来た作品なんだがタイトルを日本語に訳す時に十五少年漂流記と訳した本もあるんだ」
やはり勉の豆知識は勉強になる。なるほど、二年間の休暇と十五少年漂流記は同じ作品なのね。
「絶対記憶能力があれば作者の名前ぐらいパッといえるんじゃないのか?」
北村 激がそんなことを言った。
「ああ、このアカシを使えるようになる以前のことは人並み程度にしか覚えていない。だが、アカシを使えるようになってからはどんな些細なことでも思い出せる」
「じゃあ、さっき狩加がなめたアメの味を全部言ってみろ」
「リンゴ、サイダー、コーラ、レモン、メロン、ピーチ、梅、塩ミルク、グレープだ。そんな組み合わせでなめて舌はどうだった。純粋に気になるぞ。狩加」
北村 激が勉の絶対記憶能力をテストした。ちなみに合っているかは分からない。そして改めてアメを九つってそんなに口に入るものなの? いや、入れてたけども。そしてどんな味だったの?
「寝かせて くれよ ちなみに 味は 未知の領域 旨いと 不味いと 良く分からないが 交錯していたぜ」
狩加の味レビューで例えるものがないことだけは伝わった。狩加は布団に包まり寝る姿勢に入っていた。かくいう俺も元木ももう寝ちゃいそうだ。
「ああ、悪いな。寝る前に大統領だけ決めよう。とりあえずお試しということで任期は今回だけ一日。立候補もしくは推薦で出た候補者を多数決の否決で一人ずつ落としていく。このシステムでいいか?」
「システムに異存はないが、一緒に詰めていくといった割に全部ひとりで決めるんだな」
勉は北村 激に不満げに言った。
「他にも意見のあるやつはいないか?」
勉はそう言って俺たちを見渡した。
「大統領って何する人なの?」
桜風がいい質問をしてくれたこれが分からないとどうにも動けない。
「大統領はルールの最終的な決定権があるって事で良いか? 不信任はどうする?」
「そうだね、勉の言う通りここでいう大統領はどういう方針でやっていくか、どういうルールを作るか決めるのが主な役割だね。五人以上が大統領を認めないと宣言したら選挙のやり直しでどうかな?」
「不信任は過半数だな」
「ああ」
勉と北村 激が細かいルールを制定していく。大統領がリーダーということだけは理解できた。
「じゃあ、伊勢木 正を大統領に推薦させてもらう。他に推薦や立候補はあるか? もしくは伊勢木、辞退するか?」
北村 激は意外にも立候補しなかった。そして、先ほど俺の方を見つめていた理由が分かった。北村 激は俺じゃなく伊勢木を見ていたんだ。
「北村が俺でいいなら受けさせてもらうが」
伊勢木は好意的に受け取った。
「北村が立候補しないなら僕は立候補しない。そして推薦はパスだ」
勉は立候補しないみたいだ。
「一日だけならさっさと決めて寝ないか」
不機嫌そうに写岩が言った。
「写岩には済まないが遠藤 修一を推薦させてもらおう」
俺を相棒が、元木 励が推薦してくれた。俺には無関係だと思っていたのに。
「そうか、遠藤か。遠藤は問題ないか?」
北村 激が興味なさそうに言った。
「問題ない。望むところだ」
俺は自分を励ましながら言った。
「そうか、ならいい。アピールタイムはいるか? 遠藤、元木、伊勢木」
北村 激は俺たちを順番に見た。
「いらない。さっさと決めよう」
俺はそう言った。
「いや、取らせてもらおう。推薦者がなんで推薦したかを言い合うだけ言い合おう」
元木がそう言って真っすぐに北村 激を見据えた。
「分かった。伊勢木はこれまで他の人の意見を取りまとめてきた。こちらの様子を冷静に見る能力も高くカリスマも感じる。正直、この十人の中で一番適性があると思う」
北村 激のプロデュースを俺は何も否定できなかった。そう、伊勢木は俺なんかよりずっと適性がある。俺なんかが対立候補になったって恥を晒すだけだ。なのになぜ元木は俺を選んだんだ?
「俺なんかって顔すんなよ相棒」
元木は俺にそう微笑んだ。
そして元木は北村 激と伊勢木を交互に見て数秒の沈黙の後、口を開いた。
「この俺、元木 励は」ここで一拍、元木は手を叩いた。「そこの相棒、遠藤 修一を推薦します」
「理由は二つ。さっき俺と遠藤 修一は殴り合いの喧嘩をした」みんなが息をのんだ。
「きっかけは俺が遠藤 修一に喧嘩を売った事、でも仲直りできた。俺が発端の喧嘩なのに俺を許したんだ。俺を相棒と呼んでくれた。そんな寛大な心を持った男を大統領にせずしてなんとする。もう一つの理由は俺の相棒だからだ」
元木はそう言って立ち上がり寝っ転がった俺に手を差し伸べた。俺は元木の、相棒の手を取り上体を起こした。すると、相棒が俺の肩に手を載せた。
「そんな訳で遠藤 修一に清き一票をお願いします」
相棒は頭を下げた。ぱちぱちと短い拍手が起こった。
「勘違いしているようだから言っとくぞ。反対票を入れるタイプの選挙だからな。いや、二人だから信任票が多い方のが分かりやすいか」
北村 激がそんなことを言った。
「伊勢木、遠藤、言いたいことはないか?」
俺と伊勢木に北村 激が問いかける。
「別に無い。元木の言ったとおりだ」
俺は堂々と答えた。
「もし、俺が大統領になったとしても大統領って呼ばないでほしい。こんな状況だからこそ親から受け継いだ伊勢木、伊勢木 正でいたいんだ」
伊勢木はもう大統領になった後のことを見据えている。正直腹が立った。でも、今の俺には相棒がいる。そう考えたら怒りも少しは和らいだ。
「はい、質問です」
桜風が元気に手を上げた。
「本当に殴り合ったの?」
当然の質問をしてくれた。
「ああ、殴り合った」
俺は認めた。
「まあ、今回の大統領選は仮だからな。選挙するぞ。まず、伊勢木正を信任する奴は手を上げろ」
北村 激が手を上げてそう言うと勉と伊勢木、そして冬野の手が上がった。
「じゃあ、遠藤を信任する奴、手 上げろ」
北村 激がそう言って手を下した。俺は手を上げた。相棒も、加藤も、狩加も、桜風も手を上げた。
「五対四で遠藤 修一。あんたがここの初代大統領だ」
北村 激はそう言って拍手した。みんな拍手した。
「おめでとう。相棒」
相棒の言葉が涙腺に来た。いつの間にか泣いていた。
「ちょっと、ツッシーさん。無効票でよかったんですか?」
「眠い」
冬野と写岩の声が遠くで聞こえる。
意識が遠のく。眠い。疲れた。
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女子はステージの上で、男子は床の上に布団を敷いてるのですよー