ページ05~集結
このさくはちょびっとだけレモン味のキャンディーに苦手意識があるのですよー
『花火を上げたのはお前か?』
伊勢木がテレパシーで呼びかける。誰とも知らぬ
『えっ、幻聴とかやだ。もしかして今、なんか変な成分でラリっちゃってるのかな? でも、それにしては意識がはっきりしすぎてるし』
おそらく花火の主からのテレパシーだ。
風を切る音がした。音が鳴った方向には二人いた。暗くて二人とも白い靄を出していることしか分からない。
「あんたたち オレらと同じ 花火を見て来た というわけか?」
その一人がそう俺たちに声をかけてきた。男の声だった。
「ああ、俺は伊勢木 正。伊勢神宮の伊勢に木曜日で伊勢木。正しいと書いて正だ。こっちは遠藤 秀一だ。そっちは?」
伊勢木が俺の分まで紹介してくれた。お節介だ。余計なお世話だ。
「ああ、私は加藤 奈々。で、この変なのが狩加 根太。アメなめる?」
そう言う加藤 奈々の右手の上にはメロンとレモン味のアメが乗っていた。
「誰が変なのだ カトッチ」
そう言って狩加と紹介された男が加藤の手の上のアメを二つ取った。俺が唖然としてる間に包み紙を開けて両方とも狩加の口に入った。カトッチとは加藤のことだろう。
「この状況で君が取るかな? 普通取るかな? しかも両方取るかな? ノータイムでなめに行くかな?」
矢継ぎ早に俺の思っていたことを全部言ってくれる加藤の存在に胸がすいた。
「カトッチ オレに 普通を 期待すんじゃねー」
軽い感じで答える狩加に少し嫌な感じがした。
「アメをなめながらにしてこんなに流暢に話せる人間が存在するなんて」
加藤が狩加を避けるようにしながら言った。
「狩加、加藤。二人とも仲良いな、いつからのつき合いなんだ? 俺と遠藤は出会ってから三時間ぐらいしか経ってないんだが」
伊勢木は狩加、加藤、伊勢木、俺の順番に親指で差しながら二人に聞いた。
「二分ぐらい前かな。その時にもアメ渡したよね?」
たった二分であそこまで親密に話せる人がいるんだ。
「オレの欲 限りナシ。そんなことより 空を見上げな」どや顔で誇る狩加に少し腹が立った。その直後、花火が上がった。
「わお、綺麗」
恍惚とした顔でそういう加藤を美しく感じた。
花火から黒いなにかが降りてきた。黒い靄を出している人だろう。
「誰、あんたら? まさか生存者がいたの? もー、やだ。なにが起きてんの? あんたらが黒幕? にしては若いし、というか目的が読めない。結局何がしたいの? 一番納得できるのは人がいない世界で自然再興プロジェクトってか? で、なんかの手違いでここにいる奴らは残っちゃったとか? ああ、黒幕さん出て来てくれよ」
花火から降りてきた黒い靄を出している人は息継ぎなしでそう言った。声質からして男だろう。その背後に何かいた。闇の中に黒いボディは見えにくい。というか白いボディでも見えにくい。なのに、さっき長々と独り言を言った男の背後にいる存在は鮮明に見えた。黒い角が生えている、全身に黒い鱗が生えている、口に当たる部分はない、人に酷似したシルエット、衣服の類は着てない、目が三つ有る、生殖器はない有ったとしても人体とは違う場所。はっきりと判る。こいつは人類じゃない。なにか別の神様とか悪魔とかその類の物だ。こいつが望めば望むままになることが分かる。【でも、俺如きで気分を害せない】のも判る。どうすればいいんだ?
【こいつを呼んだのは俺たちか?】この状況を説明できる存在を俺は求めていた。そういう存在ならこの黒い謎の存在を俺は求めていたことになる。
待て。待つんだ、俺。
今のは俺の思考だったか? いや、違う。待つんだ。俺たちがこいつを呼んだかなんて俺は誰にも言われなきゃ気にしない。じゃあ、誰が言った?
【こいつに頭の中をいじられてるとか?】
そう、黒い謎の存在に俺たちの頭をいじられたとか。
【思考をまたこいつに誘導された】
【いつから思考を改竄されていたのか?】
【どれが本当の俺の考えなんだ?】
分からなくなってしまった。
「あんたが黒幕なの? なんのためにこんな事をして、なんでこんなところに来たの?」
花火から降りてきた男が黒い謎の存在に聞いた。あまりに自然に聞くものだから黒い謎の存在への恐怖が少し和らいだ。
【この黒い謎の存在は俺たちとは格が違う存在に違いない】
そう考えると身震いした。自分の心臓の鼓動がハッキリと聞こえる。さっき薄らいだ恐怖がさっき以上に高まる。腕の毛が逆立った。
【だが、とてつもない存在だ。なにか願いを叶えてくれるかもしれない】そんな確信があった。この考えは植え付けられたものかもしれない。でも、黒い存在が植え付けた物ならば、むしろ願わない方が危険だ。
どういう願いをすれば良い?
「名前なんて言うか教えて。あっ、そこのあなたも教えて。私は加藤 奈々」
加藤の願いはとても高度なものだった。人とは元来教えたがりな物だ。あの人外にその法則が通用するかは五分と言ったところだが物欲系の願いは無条件でアウトな可能性や特定の情報を伝えたら殺してくる可能性、さらに虚偽の情報で惑わしてくる可能性を考えると名前を教えてほしいというのは良い質問だ。なにせ虚偽とか真実とか関係ない、なんて呼ぶか、なんて呼ばれたいか。それ以外の意志が介在しない願いだからだ。
【眼の邪神とでも呼ぶか】
また、思考に介入された!?
「眼の邪神さん おっかあやおっとお アリスやカンに 会わせてくれない?」
狩加の願いはハイリスクハイリターンだ。眼の邪神がこの状況を引き起こした張本人なら消えた人に会わせてくれるとは考えにくい。
【死者に会おうだなんて世界の一つでも滅ぼさないと無理な話だ。眼の邪神が俺たちなんかの為にそこまでしてくれるはずがない】と思った。
この考えはおそらく眼の邪神に植え付けられたものだろう。少なくとも眼の邪神は消えた人間と俺たちを再会させる気はなさそうだ。狩加は願いの権利を一つ無駄にしたことになる。
「加藤ちゃん。北村 激と覚えてくれ。あぁー、そして眼の邪神さんでいいか? なんの為にこんなことをしてくれた?」
花火とともに降りてきた男は北村 激という男らしい。
【眼の邪神は俺たちの頭の中を覗きたい。それだけのことだ】
「あっ、そうだ眼の邪神と北村 激。アメなめる?」
畏れ知らずの加藤の手の平の上にはイチゴとリンゴ味のアメが乗っていた。
「いっただき サンキューなカトッチ オレは狩加だ よろしくなゲキゲキ」
加藤以上に畏れ知らずの男。狩加がアメをまたしてもかっさらった。
「この状況でアメを奪えるかな?」
「奪えただろ。奪われた側がとやかく言うんじゃない」
そんな狩加と加藤のやり取りのさなか、笑い声が聞こえた。北村 激が腹を押さえて爆笑していたのだ。
「いやあ、面白い。正直、不安だったんだよ。生存者がどんな奴か。でも、狩加くんみたいなのがいるなら心強い」
いつの間にか北村 激は狩加の手を取っていた。
「ああ、うん」
狩加は動揺を隠せてない。
ここで伊勢木が口を開いた。「なあ、眼の邪神様は俺たちにどうして欲しいんだ? なにを求めてるんだ? ああ、俺は伊勢木 正だ」なかなか良い質問だ。参考になる。
【眼の邪神はいつでも俺たちを見ている。それ自体が目的なんだ】そう、分かった。
俺以外の全員の願いが終わり、みんなの視線が俺に集中した。
「何人いるんですか? 今のこの世界に人間は何人いるんですか?」
俺が一番知りたい情報はこれだ。
【眼の邪神が関知しているのは十一人、いや十二人いる】そう確信してしまった。
「ここにいる五人を除けばあと七人ね」
加藤が楽しそうに言った。だが、俺たちはあと二人いることを知っている。どこ『おい、手前らは敵か? 悪者か?』
さらに別な人のテレパシーが聞こえた。
『こっちに来てあんたらの目で確かめな』
北村 激のテレパシーだ。
『アメもあるよ』
『そうしたら また オレが なめてやるよ』
また加藤と狩加の漫才が始まった。
「北村 激、また花火を上げてこっちの場所を伝えないか?」
伊勢木が北村 激にそう提案した。
「あんた、その必要はないだろ」
北村 激がそう言いながら指差した先には二つの人影があった。
「今の子、あの子かな?」
加藤が明後日の方を見ながら言った。
「つまり あと 四人か」
狩加がそう言った。
「あなたたちが花火を打ち上げた人たちですか?」
「なあ、何が起こったのか知っているか?」
「なあ、冷静になって考えたんだが手前等は花火泥棒で悪者だよな」
三人も新たに、この場にやってきた。ここにいるのが八人で、学校にいるのが二人、行方不明が二人だ。眼の邪神がいるときに確信した十二人が間違っていなければの話だが。
来た方角は北村 激が指差した先から二人、加藤の視線の先から一人だ。
「なあ、みんなに提案がある。良い拠点があるんだ。君たちも来てほしい。浅羽小学校だ。俺たちを除いて二人いるんだ。情報共有はそこでしないか?」
伊勢木が俺たちを見回しながら言った。
「異議がないなら着いてきてくれ」
伊勢木はそう言うと夜の街を懐中電灯で照らしながら浅羽小学校の方へ飛んでいった。俺たちもついて行った。
【読んでくれてありがとうございますなのですよー】
あれっ、いまこのさくは何を考えて……