ページ03~空への渇望
ブックマーク四件と評価ありがとうございますなのですよー
「遠藤 秀一君か。良い名前だね」
桜風が親指立てて笑顔で褒めてくれた。
「なあ、何が起こったか知らないか? 体にまとわりついてる白黒の正体とか、物を引き寄せたり飛んだり心が読むことが出来るようになった理由とか、人がどうやって消えたかとか」
畑野、じゃなかった。勉が俺に顔を近づけながら言った。
「お前たちも何も知らないのか?」
俺は心から驚いた。
「秀一君、ちょっと偉そう」
桜風はそう言って頬を膨らませた。少し可愛い。
「ああ、何も知らない。だから、知ってる奴を捜して飛び回ってるんだ」
伊勢木がそう言って俺に手を差し伸べた。
さっき雲に届かなかった手が伊勢木の右手に届いた。俺は寝そべる体勢を止めて立ち上がった。
「なあ、さっきから気になってたんだがお前ら飛べるのか?」
「飛べないのか? 秀一」
俺の問いに勉が驚いたようなリアクションをとった。
「ああ、どうやって飛ぶのか教えてくれ」
俺はそう言って伊勢木を支えに立ち上がった。
「思いっきり地面を蹴って、そのまま立ち泳ぎみたいにすればいいんじゃない?」
桜風の言うことを信じ地面を蹴った。
『えっ、今 飛ぶの』
そんなテレパシーが聞こえた。そうさ今 飛ばせてもらう。
すごい高さまで飛べた。家が見下ろせる。
上から町を見下すって新鮮で楽しい。あれっ、車が止まっている。そういえばさっきの電車も停車していた。なぜ? 人がいなくなっても慣性で動くはずだ。事故が多発していなきゃおかしいのに、そんな気配は見えない。
『あー、人が消えるとき止まったからな』勉のテレパシーの意味が分からない。
上昇する速度が少しずつゆるやかになっていく。少しずつゼロになり、そしてマイナスに。ブランコの動く向きが変わったのを何倍にもスケールアップしたような快感。少しずつ静かになって、完全な静寂が一瞬あったと思うか思わないかの内に空気の流れが反転する初体験な感覚。すばらしい。
落ちる。大の字で地面を見下ろし風を一身に受ける。地球をハグしてる。気持ちいい。
あっ、立ち泳ぎの要領で飛べるんだっけ。
この落下感は初体験で名残惜しい。だが、空を自由に飛びたいので、立ち泳ぎの要領でバランスをとってみる。
まず頭を上へ、足を下へ持っていく。そして足を前後に動かしながら手で空気を混ぜる。
『秀一君、その調子だよ』
桜風のテレパシーが届いたようだ。
でも、落下速度が全く落ちない。落ちているのに落ちないとはこれ如何に? むしろ落下速度は加速度的に上がっている。落ちているのに上がっているとはこれ如何に?
『そりゃ加速度的に上がるだろ。重力加速度って授業でやらなかったか?』
勉のテレパシーはお勉強の臭いがして嫌な感じだ。
『このままじゃ、落ちるぞ。手伝おうか?』
伊勢木のテレパシーは胸に染みた。でも、いらない。自分一人で解決したい。
『勉君、お勉強臭いってさ。秀一君、強がらないでいいから』
桜風のテレパシーは優しい。でも、俺の力で解決したい。
飛ぶのは諦める。着地の時、地面に向かって思いっきりパンチをかますことを思いついた。最高に楽しそうじゃないか。
自由落下している物は擬似的に無重力状態になるらしい。無重力状態の体験なんてそうそう出来るものじゃない。楽しかった。今度またやろう。この力が消えない内に。この魔法が解けない内に。この夢が醒めない内に。この奇跡が終わらない内に。
地面が見えた。
このままじゃ、ぶつかる。どうする?
思いっきりぶん殴れ。
全身から右手に力を送る。右手とアスファルトが接触する。全身が揺れる。胸が躍る。心臓も肺も活発になる。体が揺れる。血が騒ぐ。これが刺激。
「俺は生きてるぞ」
生の咆哮。
地面にヒビが入っていく。地面が割れた。
俺の体が浮いた。殴った反動だ。
地面に接吻した。
ああ、みんなが飛びながらこっちに来る。みんな、靄をまとっている。
「飛べないのか。個人差があるみたいだな。気にするな秀一、僕にはパンチ一発でこんなことは出来ない」
勉がよく分からないフォローをしてくれた。
「秀一君って寝っ転がるの好きなの? 思えば出会ったときもそんな感じだったよね」
桜風がなんかそんなことを言ってた。
「ついさっきのことを思えば使って振り返らないでよ。というか、さっきは仰向け今はうつ伏せ。全然違うから」
そう言いながら俺は立ち上がった。
「そろそろ夕暮れだ。人探しはやめにして飯と寝床を確保しないか?」
伊勢木がそんなことを言った。
「いいね。で、どうする? 連絡先交換して帰る?」
桜風が朗らかに言った。
「いや、各種アプリの大本がいつサーバーダウンするか分からない。そういうのに頼らない通信手段を入手するまで別行動は避けたい」
勉の意見は一理あると思った。
「えっと、勉君。サーバーダウンってなに?」
桜風は勉の顔をのぞき込むようにしながら言った。
「ネットに繋がる物は世界のどこかのサーバーで処理しているんだけど、サーバーは定期的に人が手入れしないとダメになっちゃうの。そしてサーバーがダメになることをサーバーダウンって言うんだ」
勉がサーバーダウンについてまとめてくれた。
「なあ」手を叩く音がした、伊勢木の方から。「日が沈んだら出来ることは大きく制限される。ぐぐったらあと三十分で日没だ」伊勢木はスマホを見せてきた。画面には今の時刻が十七時二十一分で日没は十八時七分とあまり猶予はない。
「ここから三十分以内に行けて四人が泊まれて四人分の食事が用意できる家に心当たりはないか? ちなみに、俺の家は遠い」と伊勢木が言った。俺の家もここから三十分でつくのは難しい。
みんな顔を見合わせてなにも言い出さない。
「そうか、じゃあ俺たちの罪悪感が最小限で済む提案があるんだ。みんな聞いてくれ」
伊勢木はここで言葉を切った。
「ここから一番近い小学校を俺たちのこれからの根城にしないか」
言い方は疑問系なのに明るい確信に満ちた言葉だった。
「小学校か、ひょんなことで他の人が戻ってきてもいくらか言い訳は利くし、大抵の物は揃っているし、公共物だし、緊急避難場所だし、すぐそこにあるだろうし、文句のつけようがないな」
勉がそう言ったことで否定する部分がなくなった。
「調べたらここから一番近い小学校はここみたいだ」
伊勢木がまたスマホを見せてきた。浅羽小学校と表示されている。
「ついてきてくれ」
伊勢木はそう言ってゆっくりと浮きながら動き始めた。
俺たちは伊勢木を追いかけた。伊勢木たちは飛びながら、というよりも浮きながら滑るように宙を移動していた。対して俺は走って追いかけた。宙を滑る人たちの隣で走っている奴、端から見たら愉快絵面だろう。置いてかれやしないが、民家の屋根をじーっと見つめている桜風に少し罪悪感を感じた。
停まっている車を見てさっきの疑問を思い出した。
「なあ勉は、なんで車が停まっているのか知ってるか?」
「ああ、人が消えたのと同タイミングで動きが止まったからだ」
勉は意味が分からないことを言った。
「本当に例の瞬間、人が消えたのと同時に車が止まったのは事実だ。なぜかが分かれば、真っ先に秀一に教えるから待ってて」
伊勢木が俺を安心させるように言ってくれた。
やっぱり、分かんないことばっかりだ。
◆◇◆◇
嫌な臭いを嗅いだ。
「ねえ、あの煙って……」
桜風が空を指差した。
「ひょっとしたら火事じゃないか」
勉のそんな声を聞きながら、民家の向こう側で煙があがっているのを見た。たぶん、奥の道路だろう。
そう言えば昨日(令和元年十一月六日)から感想を書くのに下へスクロールするだけでよくなったらしいのですよー
手軽になった記念に何か書いてってくれるとうれしいのですよー