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ページ21~最低の彼氏

 穴をじーっと見つめる。そうするとなぜか落ち着いた。


 「秀一君、なに見てるの?」

 桜風が俺を覗き込んだ。


 「この穴、なんか見てて面白いなって」

 そう思ったとおりに口に出した。


 「へぇー、そうなんだ。面白いこと言うね秀一君って」

 桜風は分かってくれないみたいだ。でも、分かってないのに分かってるふりをされるよりはいい。


 「そうだ舞」

 俺は桜風にとって伝わらない話をするのも嫌なので話題を変えようと思った。とりあえず立ち上がった。


 「なあに、秀一君」

 桜風はこっちを見ていてくれる。とぼけたような顔が可愛い。


 「ここさ、俺があの時いたところなんだ」

 そう、ここにいたんだ。あの時、人が消えた時。


 「えっ、そうなの? 秀一君、なにしにココに? 家近くなの?」

 桜風がいろいろ聞いてきた。


 「家はちょっと遠いかな。映画を見た帰りだったんだよ。ここ映画館あるから」

 そうだ。そうだった。映画を見たんだった、アメコミの。見れてよかった。昨日見なければ永遠に見れなかっただろうから。


 あっ、そうか。


 「映画、秀一君なに見たの?」


 桜風の声がノイズに感じる。彼氏なのに申し訳ない。だけど少しの間一人にさせてくれ。だって考えがまとまらない。


 一人ならまとまるのかって言えばノーだけど、それでも一人で整理したい。


 「どうしたの…… 秀一君、どこか具合おかしいの?」

 桜風の声音から俺を心配しているのが伝わってくる。だけど、これは一人で解決したい。でも、桜風ならいいか。


 「今さ、実感としてようやく分かったんだよ」

 かなり大きな声だったろう。だけど落ち着いてなんてられるか。これは落ち着いたら解決することじゃない。だから、思いのままに語ろう。


 「秀一君、どうしたの……」

 桜風は完全に呆然としている。


 「いいから聞いてくれ」

 俺は桜風の目をじっと見つめた。桜風は少しの間目を逸らしたが、見つめ返してくれた。


 「分かった、秀一君。聞くよ」

 桜風と目が合う。俺も気は抜けない。抜く気はもともとなかったけど。


 「今、気が付いたんだ。好きな漫画も毎週ずーっと何年もやってたアニメも、映画ももう見られない。気が付くのかなり遅かったけど、でも、もうないんだ。生まれた時から当たり前に消費していたものが、なんとなくあったものが、人が一人死んだくらいじゃこんな風にならない。当たり前のものは誰かがいなくても続くから当たり前なんだ。漫画は原作者が死んだら続きが読めなくなるとか、そういうのじゃなくて人がいなくなることの意味を俺は今までわかってなかった。なにもないんだ。なにも。生まれた時からずっとあってたぶん死んでからも続くと思ってたものはたくさんある。行ってみたかったところも、やってみたかったこともたくさんある。だけど、いつでもできるって後回しにしてた。だけど、そんなことはないんだ。終わりはいつかやってくるんだ。だいたい一日はたったの24時間しかないんだ。一ヵ月は720時間。ということは一年はええっと8840時間か。だけど自由に使えるのはとっても少ない時間だ。食べたいものも行きたいところもたくさんあったんだ。小っちゃいころに見た雑誌とか新聞の広告に載ってたものとか稼げるようになったら買ってみたいとか思ってたんだ。なんとなく働いてなんとなく生きる将来を夢見てたんだよ。だけど、現実はそうはいかなかった。だからさ、今を必死に生きなきゃダメなんだ。ヘトヘトになるまで生きなきゃダメだったんだ。そうじゃなきゃなんとなくな夢なんて本来叶わないんだよ。周りの大人が、これまで生きてきた誰かがなんとなくな夢で過ごせる未来を作ってくれたんだ。でもさ、その人たちはなんとなく俺たちに生きてもらうために必死に頑張ったんじゃないんだ。必死にやっている人ができることを増やすために頑張ったんだ。そうやって命のバトンが繋がれてきたんだ。俺はさ、良い継承者じゃなかったと思うんだ。だけど、なんとなく未来に繋ぐ気持ちはあった。俺が生まれる前どころじゃない俺がこれまで関わってきた人が生まれる前からあったんだから、なんとなく繋がなきゃなって思ってたんだ。たとえ俺が子どもを産まなかったって税金はちゃんと納めて危ないことをしていたらできる範囲で諫めて、そんな風に命のバトンを繋いでいきたかったんだ」


 「違うよ、秀一君」

 桜風が暴走する俺をなぜか止めた。俺と目が合ったままだ。桜風は人と目を合わせるのが苦手だと言っていた。つまり合わせなきゃいけないとは思っていて、だけどにがてだとおもっているということだ。その苦手なことを俺のためにしてくれている。桜風ありがとう。


 「秀一君は良い継承者だよ。だってそんなにいっぱい考えているもん。私はそんなに考えてないからさ、少なくとも私なんかよりは秀一君の方が良い継承者だよ」

 体が熱い。言いたいことをぶちまけてのどが痛い。そして、桜風は受け止めて俺の思いをすこしだけただしてくれた。本当にありがたい。なのになんで桜風に嫌な気持ちを感じているんだ?


 これは怒りじゃない。悲しみでもない。嫉妬でも、恨みでもない、俺が知っている日本語にはない感情だ。俺は考えながら話していた。結論も何もかも決めずに言いたいことをぶちまけていた。映画の続きが見れない。他の物の続きも見れない。当たり前だと思っていたものがほとんど消えた。その悲しみを越えに出していた。でも、桜風が間に入ってきた。そうしたら頭の中が桜風のことを考え始めた。だめだ、やっぱり一人で整理しないと。


 分かった。桜風が邪魔なんだ。頭の中に出てきて追い出したいんだ。だけど、それができないもどかしさが桜風に抱いている感情の正体だ。


 「でも、秀一君の言ってることは間違ってないよ。過去の人がいて今がある。それに今に影響を与えている人たちはほとんどが必死に生きていたと思う。でも、今の私たちのためじゃないと思う。自分自身と大事な人の為だけに一所懸命で頑張ってその結果としての今だと思う。その過去の人が今生まれてきて秀一君が言うような必死に生きることができるとは限らないんじゃないかな」


 桜風に抱いていた嫌な感情がどうでもよくなる。桜風も俺の考えていたことを受け取って考えながら話してくれている。ありがとう、桜風。


 「そっか」

 一緒に考えてくれるんだな。


 「秀一君はいっぱいやりたいことがあるんでしょ。その全部、ちょっと大変になったかもだけど今からやろうよ。一つ一つ必死に、一緒に、付き合うよ。過去の人なんて考えてもしょうがないよ。まずは私のことと自分のことを考えてよ。それから他の人のことも」

 桜風に両肩を掴まれた。


 「ありがとう」

 それしか言えなかった。

 

 俺は泣いた。俺は叫んだ。俺は慟哭した。俺はしゃがみこんだ。俺は感情のまま言葉にならない声をぶちまけた。それをどこかで聞いたことがある気がした。


 あれは自分を殴って相棒に止められたとき、そしてついさっき白いのがいなくなる直前に聞こえた叫び。


 理解しようとしてくれる人がいるっていいな。


 じゃあ、白いのは……?


 顔に柔らかい何かが当たる。桜風のおっぱいだ。少し落ち着いた。


 「お腹空いたね。ちょっとなにかもらってこようか」

 桜風の言葉で俺は現実に帰っていく。


 「そうしよう、舞」

 そう言って桜風の手を握って立ちあがった。


◇◆


 駅中の建物に入り込んだ。自動ドアは割って入る。アカシの力を使えばガラスを割るぐらい簡単だった。屋内はほの暗く冷たくて汗だくの体には気持ちがいい。コンビニがあったのでなんとなく入る。


 「秀一君はどんなものが食べたい?」

 桜風がそんなことを聞いてきた。


 「あっ、アイス」

 桜風はそう言ってアイス売り場をじっと見た。


 「ねえ、秀一君。私にとってアイスは苦い思い出なの。だから秀一君が上書きして」

 そういえば消えた時にアイスを買ってたとか言ってたな。


 「わかった、舞」

 俺はそう言ってアイスを手に取る。ついでにレジから木のスプーンをもらってく。ふたを取ってスプーンをアイスに突き刺す。


 「はい、あーん」

 そう言って桜風にアイスを差し出す。少し溶けていたがまだ固形だ。


 桜風は俺の持ったスプーンに乗ったアイスを食べた。


 桜風は笑った。その笑顔はちょっと寂しげででも美しかった。


 桜風は視線を下の方に向けて口を開けた。俺はその開いた口にアイスを入れる。


 桜風は俺を見ていなかった。でも、桜風には必要な時間なんだろう。目を合わせられなくなったら視界に入ると前に言ったけど今はやめておこう。さっき俺が感情をぶつけた時と一緒だ。たぶん、俺の存在がノイズになる。


 桜風の顔が赤くなる。恥ずかしさからくるものじゃない。感情が全身で暴れまわっているときのものだ。


 俺はアイスを差し出すことしかしなかった。


 桜風は無言でアイスを頬張り続ける。


 桜風の瞬く頻度が多くなった。目玉がゆがんだように見えた。涙が作られているんだろう。


 いっぱい泣いていいんだ桜風。そんな思いを込めながら桜風にアイスを運んだ。


 桜風の涙が垂れた。量は多くない。ちょっとずつ流れていく。桜風は目じりを撫でた。そのまま指を唇まで運んだのは塩味が欲しくなったというだけじゃないだろう。


 スプーンがカップの底をかすった。隅っこにたまっているのを取ってもあと二回ぐらいだろう。


 桜風にアイスを運ぶ。桜風にアイスを運ぶ。


 カップが空になる。俺はカップを落とし桜風抱き寄せた。


 「本当に、秀一君は強引だな。そして……」

 桜風は抱き返してくれた。それはまるでねじ曲がった抗議のようにも感じた。


 「さようなら、ママ、パパ、カレンちゃん。これまで出会ったみんな、さようなら」

 桜風が優しく美しい声でつぶやいた。


 桜風の言葉の意味はまだ分からなかった。たぶん、本気で考えればわかるんだろうけど考えたくなかった。


 「そして、ありがとう。秀一君、付き合ってくれて、支えてくれて、最高の彼氏だよ」

 抱き合ったまま桜風の顔が隣にあるから見えないまま。当たっている頬が涙の冷たさと素肌のぬくもりを感じるだけの位置のまま。桜風に認められた。


 「秀一君は完璧な彼氏じゃないかもしれないけれど私も完璧じゃないからさ、秀一君とは相性ばっちりだよ。だから胸を張ってね。私も張るから」

 舞にそんな事を言われると嬉しい。


 「分かった、舞」

 俺はできうる限りの笑顔で答えた。でもこの顔は舞に見せたくない。抱き合ったままでよかった。

もう、秀一君ったら恥ずかしがり屋なんだから


ちなみに、24時間×30日=720時間 720時間×12ヶ月=8840時間 という計算式だったのですよー

24時間×365日とかだと答えが変わるので注意なのですよー

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『
― 新着の感想 ―
[良い点] >「さようなら、ママ、パパ、カレンちゃん。これまで出会ったみんな、さようなら」 なんかうるっときた もし自分が同じ立場だったらって考えると [一言] 舞ちゃんにとっては最高の彼氏であって…
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