ページ19~二人で笑い合った
ヘタレなりに頑張れ秀一君!
「じゃあ、実践してみようか」
桜風はそう言って顔の前で指を振った。
「まずは外に出よう。正君達なにしてるかな?」
桜風の声からは微塵もさっきの悲しみも嘆きも伝わってこなかった。
「ほら、行こうよ。秀一君」
そう言って俺の腕を引っ張る桜風は太陽を浴びて綺麗だった。今の桜風といると世界の光沢が違う。画質の良いカメラ越しに世界を見ているようだ。
「秀一君、もっと思ったことを口に出して。空気を読む側じゃなくて作る側になる心意気でさ」
桜風の微笑みが俺の心に安らぎを産む。だが、さっきの叫びで空気読めないのがコンプレックスだと言っていたのに、もう克服済みだったみたいだ。
「空気を作る側ってどいうこと?」
取りあえず思ったことを聞く。そういうレクチャーを受けているんだ。
「空気を読むって要するに波風立たないように周りに合わせることなんだけど、その空気は誰が作ったか考えたことある?」
桜風は誇らしげに言った。
「ない」と正直に答える。
「その場にいる全員。同じ空気を吸っている人間全員が同じ空気を作っているの」
「は、はぁ」
「そう言う返事一つ一つが空気を形作っていくの。で、陰気な空気も必要な時はある。それは今かもしれない。でも、私は嫌だ。人生ハッピーだけで創れないのは分かってるよ。でもさ、幸せってさどんなところにもあると思うの。怒りにも悲しみにも喜びにもすべてに幸せが宿ってる。だから、あれ、何の話をしていたんだっけ?」
桜風の声に宿る戸惑いから微妙な空気が流れる。
「と、このように何気ない一言から相手を茫然とさせられるの」
桜風はすまし顔に戻った。人差し指を顔の横に持ってきている。
「あははっ」
笑うしかなかった。どうしていいのか分からない。さっきから自分の感情をうまく理解できない。
「そうそう、わけが分からなくなったら笑い飛ばせばいいの。するとわけが分かんないまま楽しくなるから」
桜風と一緒に笑い合う。そっか、笑えばいいのか。
「桜風の笑顔がうつっちゃった」
笑いながら思ったことを口にする。意外と気持ちいい。胸の中で抑えられていた何かが好き勝手暴れているみたいだ。人が消えて線路の上を走った時みたいに。
「それで、どんな気分?」
微笑み返す桜風に笑顔で「最高だ」って返す。
「そっか、良かった」
そう言って桜風は力いっぱい抱きしめてくれた。俺も精一杯抱きしめ返した。
この二人だけの関係だけど、他の誰かとも繋いでみたいって思った。まずは相棒からかな。
「今、私じゃない人見てたでしょ」
桜風から伝わる力が強くなった。
誤魔化したものか迷った。でも、それは嫌だ。たとえ桜風の前でも俺の心を偽りたくはない。
「ありがとうな舞、でも、俺の中にいるのは桜風だけじゃない。他のヌナのみんなも大事なんだ。一番は舞だけど」
口にしながら、らしくないキザなセリフが出たなって思った。
「らしくない事を言っちゃったかな」
そう言って頭をかいた。
「らしい秀一君って何よ? 知らないけどさ、まだ出会って一日ぐらいしか経ってないんだよ。でも、誰かを一番に出来ないのは秀一君らしいかな」
桜風の抱擁は少し弱くなったがまだ抱きしめていたいみたいだ。
「でも、秀一君に私だけを見てほしいって思っている桜風 舞も、割り切れない秀一君が大好きだっていう桜風もいるんだよ。それだけは知ってほしい。どっちの桜風 舞を選んでもどっちかの桜風 舞が妬むから、妬まれたい方を秀一君が選んで」
そう言う桜風は絶対美しかっただろう。桜風の顔はすぐ隣にあるけれど除くことはできない。抱きしめながら桜風の顔を見たい。そう思うと離した手がまた桜風の体を捉えた。
「選べないよ」
そう言って俺は桜風を力の限り抱きしめた。桜風も力が返ってくる。笑顔の連鎖と一緒だ。愛してるの連鎖だ。
桜風も俺もほぼ同時に力が緩まった。
離れてから二人笑いあった。
「それにしても暑いね」
桜風がそう言いながら外へ出る。俺は置いて行かれまいと桜風に追いついて手を握る。
「手 繋がせて」
桜風は断らないだろう。でも断りを入れた。
外では白い屋根のテントが張られていた。煙とは違う何かの匂いもする。さっきより火の勢いは落ちている。
「ああっ、遠藤に桜風、ずいぶん長かったけど眠ってたの?」
勉がテントに紐を結んでいた。四本の足に白い屋根が付いている簡素なテントだ。
桜風の握る手の力が強まる。図星じゃないかと焦っているのが伝わってくる。
「内緒」
俺はそう言って誤魔化す。誤魔化しているのを誤魔化さなければいい。
「そっか」
勉は興味なさそうに言った。
「で、勉君はなにやってるの?」
桜風がそう言いながら勉との物理的な距離を縮める。
「ああ、えーっとな、今日の晩の準備だよ」
勉はそう言って紐をテントの逆の端に結ぶ。
「勉君、手伝えることあるかな?」
舞の笑顔に不意にどきっとくる。たとえ他人に向けられたものであっても。
「ああ、どうだろうなぁ、分かんないな」
なんか煮えきらない答えだ。
「じゃあ、こっちの好きなようにやらせてもらうよ。勉」
俺がそう言うと桜風が手を離した。少し寂しさを感じた。
「あっ、うん、それでいいと思う」
勉はこういうところが雑みたいだ。
「この冷凍庫は使っていいの?」
桜風が指差した先に冷蔵庫があった。発電機と繋がっている。ガソリンを使うものみたいで匂いの原因はこれみたいだ。
「ああ、水を飲んでおいてって伊勢木が言ってた」
勉はそう言いながら紐にランプを吊るしていく。
「ありがとね勉君」
そう言って桜風が冷蔵庫を開ける。なかには水の入ったペットボトルが大量に入っていた。
「はい、秀一君」
俺に笑ってペットボトルを投げてくれた桜風は眩しかった。
水が旨かった。体中に水分が巡る。喉の奥が動く。火照った体に良く効く。全身に吸収される。一気飲みだ。
「ぷっはぁ、美味しいね。もう一個。ああ、秀一君も飲む?」
「舞、頼む」
「ほい」そう投げ渡されたペットボトルを開けて桜風に礼を言う。「ありがと、舞」
「どういたしまして秀一君」
そう言って水を飲み干した。
「あの、えっと、その、あれだ、二人ともいつからそんなに仲良くなったんだ?」
勉がそんな事を聞いてきたのでこう返す。
「「内緒」」
二人の声が重なった。
「あはは」「ははは」と二人で笑い合った。何気ないことでとっても笑える。こんな幸せなことはない。
「楽しくいこうね勉君」
そう言って桜風は俺に手を伸ばした。
桜風の手を掴む。桜風のアカシが俺のアカシを呼び覚ませる。
桜風と俺が同時に飛ぶ。俺一人では飛べはしないけど他の誰かと手を繋げば飛べるみたいだ。
「じゃあ、がんばってね勉君」
そう言って俺たちは勉に手を振って別れた。
「ああ、うん」
勉からはよくわからない返事が返ってきた。
「秀一君、町が静かだね」
空へ飛びあがって桜風が言った。
「電気も止まったからね」
「まるで廃墟だ。お店なんかに入るにも自動ドアを壊さなきゃいけないね」
桜風が淡々と言った。
何とか話題を変えようと大地を見て新しい話題を探した。
「あっ、あの場所、桜風と初めて出会ったあそこ」
俺はそう言って停車した電車を指差した。
あそこで俺と桜風は出会ったんだ。
俺は人がいなくなった世界で何を血迷ったか線路を走った。そして電車を飛び越えて落ちて、空を眺めていた。そこに桜風が舞い降りたんだ。
桜風はあの時からきれいで可愛くて最高だ。
「そういえばそうだね秀一君」
桜風の言葉から悲しみが減った。
「降りてみよっか」
桜風の提案にすこし面倒くささを感じた。
「いや、いい」
そう言って断った。
「そっかぁ」
桜風の声に不満が混じっているが悲しさは感じない。
「あれ、なに?」
桜風がそう言うのと同時に見つけた。見つけてしまった。
はてさて二人は何を見つけてしまったのでしょう