ページ18~桜風 舞
今回は長台詞多めなのですよー
読み飛ばしてもらってもかまわないのですよー
「それ貸して」
桜風はそう言うと桜風の体を拭いたタオルを持っていった。
そして屈んで床を拭く。体のラインがくっきり見える。モモから尻にかけてのラインに目が奪われる。
「動物園とかどうなってるかな? 見てみたいな。秀一君はどう?」
桜風はこっちに一瞥もくれない。
「ねえ、どうなの?」
桜風の言葉で現実に戻る。
「動物園か。いいかも」
「秀一君……」
桜風が俺の名を呼ぶ。
「舞、どうした?」
「別に、呼んだだけ」
そう言って桜風は笑った。こっちの顔は見なかった。
「秀一君ってさ、私のどういうところが気に入ったの? 言いたくないけど私ってダメダメだよ。頭悪いし」
「舞!」
俺は怒鳴った。
「自虐禁止」
俺が作ったルールだ。これを破られるのはイヤだ。
「私さぁ、頭悪いけどさ、これだけは分かるよ。弱いとか自分の嫌いな場所とかを補うために友達とか彼女とか家族とか相棒とかがいるんだって。私たちが集まったのもヌナなんて名前のグループを作ったのもそういうのを補い合う為だって。友達の友の字をグループ名にしようとしたのもそういう役割を持ってほしかったから、写岩君には破られたけどそれを秀一君に拾ってもらって嬉しかった。そういえばさ、秀一君って大統領になった時さ助けてくれって言ってたよねいっぱいいっぱいなんじゃないかってちょっと心配したんだよ」
桜風はここで深呼吸を挟んだ。俺の方を見ようとはしない。写岩を下の名前で呼ばないのが気になったがそもそも下の名前を思い出せない。それも、当然だ。まだ名乗ってないのだから。
「だからね、私が言いたいのはね。ああ、なんだったけな。頭悪いからいっつも忘れちゃう。そう、自虐禁止とか、秀一君は言うけども私は秀一君に知ってほしいの、私の嫌いな桜風 舞という人間を。それで、秀一君が否定してもいいし肯定してもいいから。ただ、聞いてほしいの」
黙るしかなかった。否定も肯定もできなかった。ただ、桜風は行程と受け取ったらしい。
「私ね、昔からずーっと1を聞いて2と3を間違えるような子だったの。ちょっとの情報で知った気になって間違っている知識を訳知り顔で話すような人間。そう言うのが嫌でちょっと自信がないところとか知らないことがあると周りにすぐ聞く癖を付けたのそうしたら、今度は周りのテンポを止めちゃって。それも嫌なんだけど直せなくってさ。あと、我慢ができないんだよね。後は人の顔を見て話すのが苦手で、デリカシーがなくて、空気読むの下手で、いろんな事が急に面倒くさくなるときがあって、でも、でも、そういう自分を許してもらえるように媚びの売り方ばっかり巧くなって、そういう小賢しい自分もやっぱり嫌いで、媚びを売りやすい相手ばかりに媚びを売って、売りにくい相手から嫌われて、そんな自分をちゃんと見てくれたカレンちゃんは目の前で消えて、本当に目の前で消えたんだよ。暑いからってコンビニでアイス買って店の外で食べていたときだよ。一緒だったんだよ。目の前で消えたんだよ。ドラマがどうとかアニメがどうとかどうでもいい話をちょっと前までしてたんだよ。唖然としてたらそこに正君が来て生き残りを捜そうって言ってくれたんだよ」
桜風の言葉は俺の胸に刺さった。泣いているし嗚咽も漏れている。すっごい嫌そうで悲しそうなのに止まらない。聞きたくないと言ったら嘘だ。だが、聞きたいと言っても嘘だ。辛いし逃げたいし、でも桜風だけに背負わせたくない。別に逃げて良い。受け止められなくてもきっと桜風は俺を許すだろう。今までとなにも変わりはしないだろう。でも、桜風は俺に受け止めて欲しいって言った。桜風は受け止められるだけ受け止めるからって。だから、背負えなくなるまで背負おう。限界まで受け止めよう。桜風の嘆きを。
「勉君は一番媚びを売りやすいタイプで本当に助かった。でも、だから、こういう面を見せられない。ああいうのは見せたら離れちゃうから。正君は距離を保つのが巧い、私に深入りしないで深入りさせない。ありがたいけど孤独の乾きを埋めてくれる人じゃなかった。秀一君はすっごい恐がりで寂しがりやでそういうところは私によく似ている。だから互いに気になったんだ。気を惹いたんだ。でも、爆発力がある。突拍子もないことをやらかす力がある。周りを巻き込む力がある。エスオーエスを出すのが巧い。私にそっくりな悩みを抱えているくせにそういうのを持ってて羨ましい。ほんとに羨ましい。妬ましい」
他の男の名前を挙げられているときは胸の中でなま温かいなにかがうごめいた。俺の名前を挙げられたときは胸の中にぽかぽかとした陽気が訪れた。俺の話を聞いているときは胸の中で虹がかかった。桜風の言葉に刺が混じってきたときには胸の中に暗雲が立ちこめた。
桜風が俺への嫉妬を露わにするとき俺の心は冷たい雨に刺された。
違う。そう唇を動かそうとした。でも、できなかった。舌打ちしかできなかった。だって、桜風の悩みは本物でだから苦しんでいて、俺が羨ましいのも本当なんだろう。俺の隣には桜風がいて相棒がいて郷野がいる。桜風の隣には俺しかいない。それは事実だ。
「そうだよね、面倒くさい女だよね。生まれたときからこうだったわけじゃなかっただろうに。カレンちゃんなら受け止めたくれたろうな」
ここまで来て桜風が俺を見てくれないのがとっても嫌になった。だから、俺は「俺を見ろ」と言って俺は桜風の目の前に移動した。
「えっ……」
桜風の泣き顔から怒りが消え困惑に変わる。
「いいから見ろ。顔を見て話すのが苦手なら桜風が話すときこっちから視界に入ってやる。媚びを売りたくないのなら俺が桜風に媚びを売る側になる」
俺に思いつく解決法はこれぐらいだ。教えてくれた悩みのうち二つだけだし、他にもいろいろな悩みがあるだろうが、これが俺の精一杯だ。
桜風は思いっきり顔をしかめる。涙を貯めているようにも見える。
すすり泣くような言葉になっていない声を桜風は絞り出す。
「あっはっはははは」
桜風は泣きながら笑った。俺はどう反応していいのか分からなかった。だけど釣られて笑ってしまった。
「そっか、そうだよね。私が悪いんじゃないもんね。私と違うみんなが悪いもんね。私に合わせないみんなが悪いもんね。そっか、私の苦しみはそういう物か」
泣き笑いしながらそんな言葉を漏らす桜風が理解できず遠いところにいるように感じた。そして今まで見たどんな桜風よりも美しく同時に恐ろしかった。
「でも、秀一君が私に媚びを売るのは無し。下手くそにやられても苛つくし巧くても苛つく」
桜風はかわいく頬を膨らませて言った。さっきの怖さと美しさは完全に消えていた。
ここで俺も分かった。桜風が他人に媚びを売る技術を誇れるようになれば悩みは消えるって。その為のアイディアもあるにはある。
「舞、媚びの売り方を教えてくれ」
そういって頭を下げた。
「お願い?」
間の抜けた返事だ。
「ああ、俺はその技術が欲しい。なくて困ってる」
言いながらちょっと強引に感じた。もうちょっと巧い言い方があったようにも。でも、桜風が変わりたいなら、桜風が媚びを売るのが巧いことを誇りにしたいなら、桜風が俺の役に立ちたいのなら、認めてくれるはずだ。
「そっか。じゃあまずは体の動き方から」
そういって桜風は立ち上がる。
「まずは良い姿勢で普段からいること。あと腰より下に手を置かないこと」
桜風はそう言って腕を横にぷらぷらさせる。
「はい、なんでって思ったら即刻聞く」
桜風は人差し指を俺に向けてきた。
「なんでですか?」
気のない声で言った。
「人は自分の話をしているととてつもなく気持ちよくなる生き物なの。正確にはそれで相手の表情が良くなるのがね。リアクションはオーバーぐらいでちょうどいいからそれを心がけて」
「は、はぁ、なるほど」
完全に気のない返事しか出てこない。
「テンションは媚びを売りたい相手に合わせる。そんな気分じゃなくてもそんな気分になる!」
桜風の顔に怒りが戻った。でも、怖くはあってもどこか親しみやすくかわいさはあってもさっき感じた美しさはなかった。
「はい、舞先生」
俺は早口で笑顔で答える。
「手を腰より下に置かないのは手を脱力しないため。ちょっとした会話でも身振り手振りを入れる。落ち着かないように手を動かす」
言われてみて桜風の手が無駄に動いていることに気が付く。
「相手のことは名指しで呼ぶ。他の人とは違う呼び方で相手にとっての特別を奪う」
言われてみれば桜風や相棒、狩加が俺の中で特別になってる。
「はい、納得したり感心したらそれをすぐ表に出す」
桜風はそう言って手を叩いた。
「あっ、うん、そういう風に使うんだ」
思ったとおり口に出す。
「気持ちが入ってない。入ったとしても伝わってない」
桜風の言葉から怒気が伝わってくる。
「普段から喜怒哀楽強めに出す。そうすると嘘がつけない人だと周りが思ってくれる。正直者だと思われるのは得だよ」
このやりとりで桜風からさっきまで感じていた悲しみが消えているのを感じた。それならいいんだ。
「舞、良かった。舞の泣き顔はこっちに刺さるから。そういう顔でいてくれて」
「秀一君……」
桜風の顔に不穏な何かが映る。けど、一瞬で満開の笑顔に戻った。
「その顔だよ! 安心と脱力が完全に顔と声で表現できてた!! 最高だよ!!」
桜風がすっごい喜ぶ。俺もすっごい喜んでしまう。
似たものカップルで良いと思うのですよー