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ページ15~笑顔から

 「ああ、えっと出来たのか焼き芋」

 いつのまにか勉がやってきた。


 「食ってるとほっぺた落ちるね」

 郷野がまわりくどく褒める。たしかに、それくらい旨いな。



 「勉、ちょっと待ってろ」

 伊勢木がそう言ってトングでアルミホイルの固まりを取り出し新聞紙で包む。


 「あっ、そう、うん、ありがとな伊勢木」

 そう言って勉は伊勢木から新聞紙に包まれたアルミホイルを受け取る。


 勉は珍しそうにそれを回しながら見てから「で、どうやって食べるんだ?」と聞いてきた。


 伊勢木が右膝を上げて棒状の物を折るジェスチャーをする。


 「ああ、そういうことか」

 勉がそう言って焼き芋を右膝に当てて折ろうとすると、その直前にきれいに割れて良い匂いが漂ってきた。


 そしてひとかじり。


 「おー…… うん、ああ、暖かい。なにこの味」

 勉は今まで見たことないような満面の笑みを浮かべた。


 「勉、旨いだろ」

 伊勢木が勝ち誇ったように言った。



 「ああ、旨い」

 そう言って無心に貪りつく勉に少し見ほれてしまった。


 『なんでこんな臭いの?』

 桜風のテレパシーだ。


 『桜風、焼き芋焼いているんだけど食うか?』

 伊勢木がテレパシーで返す。


 『えっ、焼き芋! 行く行く』

 桜風も来るらしいと聞いてなにかが胸の中で跳ねた。


 こういう感覚は初めてだ。これがもしかして初恋というものかもしれない。初恋なんて物は小学生や未就学児の内に済ませてしまう物らしいが、これは俺が出会いの少ない人生を送っていたことの証左なのかもしれない。


 でも、悪い心地じゃない。


 『やっきいも、やっきいも、やっきいも』

 テレパシーから桜風が楽しそうなのが伝わってきた。俺の気持ちも連動して楽しくなる。


 そっか、今晩は一緒に星を観るのか。桜風も来るかな。桜風は人の話を聞いているときが一番可愛いよな。だって、その時の桜風はすっごく嬉しそうだもんな。純真な子供みたいで。俺も桜風に話を聞いてほしいな。どんな話が良いかな。星を観るんだから星座の話なんて良さそうだな。星座について後で調べてみよう。


 「やっきいも、やっきいも」

 大きな風が吹く、砂煙が舞い、炎が煽られる、桜風が着地したのだ。


 「桜風、これ」

 そう言って伊勢木が焼き芋を桜風に渡す。そして右膝を上げて割るジェスチャーを見せる。


 「ああ、そう言って食べるのね。ありがと正君」

 桜風に感謝される伊勢木がうらやましかった。それはそれとして桜風が名前で呼ぶのは好き。可愛い。


 スカートで右足を上げるとアレが見えるのではないかと一瞬期待したがそんな事は残念ながら起きなかった。なにせ、桜風はハーフパンツをはいている。



 「正君、足を曲げる必要あった?」

 そう言いながらほっぺたを膨らませる桜風が可愛い。伊勢木うらやましい。


 そして、焼き芋をほおばったとたん桜風の顔がとろけた。


 夢中で黙ってゆっくりゆっくり芋を口に入れて咀嚼する桜風から視線が外せない。


 永遠に観ていたい。


 「なあなあ」

 郷野が服を引っ張りながら小さな声で耳打ちしてきた。


 「遠藤ってあの子を好きなの?」



 郷野にバレた? そりゃバレるかこんなに露骨だもん。相棒にもバレてるかな? バレてるだろうな。バレてなかったらそれはそれで嫌だな。でも、バレてたらそれはそれで恥ずかしいな。他のヌナはどうかな? 考えても仕方ないけど少し気まずいな。こんな時、秀二だったらどうするかな? 狩加だったらどうするかな? なんで秀二はともかくここで狩加を思い浮かべたんだろう? あっ、桜風にもバレてるかな? キモいって思われてないかな? 桜風は好きな人いるのかな? あわよくばその人が俺だと良いな。秀二だったら間違いなく告白してるな。あいつサバサバしてるもん。狩加はどうかな。狩加なら情熱的な歌で求愛しそう。しそう。


 「図星なんだね」

 郷野はほほえみをたたえながら言った。笑顔を見るとこっちまで笑顔が感染する。辛いときの悲しい顔も同じように感染するのかな。


 「なに話してるんだ? 相棒 郷野」

 相棒が首を突っ込んできた。


 「君の相棒があの子にお熱だっていう話だね」

 郷野が桜風を指差しながら相棒にそうささやく。


 「あっ、ああ、そういえばそうだった」

 なにかを思い出したように大きなリアクションをとる。


 「なに、なに、三人ともなんの話?」

 桜風が興味津々に聞いてきた。その笑顔と開いた口から垣間見える少し黄色く染まった歯はとても魅力的だ。


 「あっ、桜風。夜になったら星を見るらしいんだけど桜風も見る?」

 上手にごまかせたかな。


 「えっ、星? ロマンチックで良いかも。うん、秀一君、見る見る」

 そう言ってこっち側に近づいてきた。


 えっ、こんなに近いの? 心臓さんがすごい本気出してるんだけど。


 「励君も礼渡君も来るの?」

 桜風が二人に聞く。桜風の名前呼びはドキッとくる。


 「ここで準備しとくからな。夕飯は鍋で良いよな。アレルギーとかないよな?」


 「だいじょーぶだよ」「ないな」「幸いなことに」「ないね」「ああ、ない」

 桜風、俺、相棒、郷野、勉、ここにいる誰も食物アレルギーがないみたいだ。


 「旨そうな 匂い だな」

 狩加が降りてきた。


 「焼き芋か オレのも あるか?」


 「悪いな。今から焼けるの待っててくれ」

 伊勢木がそう言って狩加に頭を下げる。


 「じゃあ、半分食べてよ根太君。こんなに食べきれるか不安だしさ」

 そう言って折った内の片方を桜風が差し出した。


 「サンキューな」

 狩加の笑顔もまぶしかった。


 「ふはっ、ははは」

 狩加は気持ちが良いほど豪快にかじりついて嬉しそうに笑った。


 俺も手元の焼き芋を食べるのを再開した。


 みーんな笑顔だ。


◆◇◆◇◆◇◆


 「ところでみんなはさっきまで何してたの? 私は辺りをぐるぐる飛んできた」

 みんなが焼き芋を一通り食べ終わった辺りで桜風がそんな事を言ってきた。桜風が飛ぶ姿を想像してにやけてしまう。


 「オレは 学校 掃除してた」

 えっ、狩加。すごい偉い。なんでこんなに偉いの。


 「根太君。ありがとうね。本当にありがとうね」

 そう言いながら拍手する桜風がとってもとっても綺麗だった。


 「俺たちは食べられそうな物を近くのスーパーから運んできた」

 俺は相棒と郷野を指で示しながら桜風にそう説明する。


 「えっ、みんな仕事してたの? サボっててごめんね」

 舌を出して謝る。そんなちょっとした桜風の動作が俺の胸を抉る。


 「たき火を作って焼き芋焼いた」

 伊勢木が誇らしげに言った。


 誇っていいよ。当然だよ。だってこんなに旨いもん。


 「知ってるよ。正君」

 桜風は本当に楽しそうに笑う子だ。


 「ああ、僕か、僕は図書室で図鑑を読み漁っていたんだ」

 勉は本を読むジェスチャーをする。


 「勉強かぁ、勉君は偉いな」

 寂しそうに笑う桜風を自分の物にしたい。そんな欲望がふって湧いた。


 「ねえ、桜風。どうやったらそんなに良い笑顔で笑えるの?」

 そんな言葉が口から出た。


 「えっ秀一君、そんなに良い笑顔かな? それに秀一君もさっきからずっとすっごい良い笑顔してるよね」

 えっ、俺が笑ってる? 頬にさわって確かめるとたしかに口角が上がっていた。


 「秀一君ってば、なに感情に芽生えたアンドロイドみたいなことしてるの」

 俺の手に桜風の手が重なって、暖かい。この温もりをずっと感じていたい。ちょっと手をずらしたら頬に桜風の手が当たっちゃう。匂いはどうだ。煙臭い。






 ここで告白したらどうなるかな?


 どっくんばっくんどっくんばっくんどくんばくんどくばくどっばっ

 どっくんばっくんどっくんばっくんどくんばくんどくばくどっばっ


 していいのか、いや考えるな。



 「桜風、桜風 舞、す」

 ここで詰まった。振り返り相棒の方を見たい。ここから逃げ出したい。


 でも、桜風から目を逸らさない。


 桜風は動揺している。攻めろ。


 「好きで、好きだ。恋い、初、俺はもう、もうどうにかなりそうだ。なんでもないときに桜風の方を見てしまう。ちょっとしたことで桜風のことを考えてしまう。桜風のことを考えると時間も何もかも忘れそうになる。で、その、だから」


 ここでまた言葉に詰まる。


 「だから俺とつきあって欲しいんだ桜風、かな」

 桜風はそう言っていたずらっぽく笑った。


 「じゃあ、逆に聞くよ、秀一君。私の恋人になってくれる?」


 桜風の言葉は俺の頭に直接響く。


 おぼろげになる頭の思考の渦の中、口をついて出た言葉は凡庸でこの異常な状況に似つかわしくなかった。


 「えっ、良いよ」

この、遠藤修一め、ヘタレおって

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― 新着の感想 ―
[良い点] かわいいいいいいいいいいい アオハルを感じましたですよーーーー!!! [一言] >なんでもないときに桜風の方を見てしまう。ちょっとしたことで桜風のことを考えてしまう。桜風のことを考えると…
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