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ページ14~燃えた跡には

 俺と相棒は笑いあう。相棒の姿は見えないがおかしくってしかたがないのだ。


 「なあ、大親友の元木 励」


 「なんだ?」


 「遠藤の笑い声が聞こえるという事はだね」

 郷野の声は驚きを押し殺しているようだった。



 「なんだね」


 「こっちの会話も筒抜けだったということではないのかね」




 どうしたらいい? どうすればいい? えっ、たしかに聞かれたくない会話をしたいから離れたんだったね。その会話が全部筒抜けだったなら?


 とりあえず、二人にかろうじて元気になった姿を見せよう。


 俺は二人の前に姿を見せる。二人は唖然としている。


 「せいかーい」

 そう言って元気ぶって声を出す。二人とも顔が赤くなっている。


 「えっと、その大丈夫なのか?」

 相棒がそう聞いてくれた。さっきまで感じていた心配される罪悪感は微塵もなかった。


 「なあ、あの、」

 言いにくそうにもじもじする郷野。


 「ちょっと酷いことを言ってしまって悪かったね。ごめんなさい」

 郷野はそう言って頭を下げた。別にそんな事をしなくていいのに。



 「許してほしいね。そしてよければ僕と大親友になってほしいんだよね」

 郷野の言葉は何となく伝わった。別に許す以前に怨んでも憎んでもいないんだよな。それを素直に伝えよう。


 「別に俺は郷野を憎んでも怨んでもいない。むしろ感謝してる。さっきの言葉をきいてちょっとだけ胸が楽になったから、本当にありがとう」

 そう言って俺は頭を下げた。


 「えっ、いやっ、こちらこそありがとう。えっ、うん、うん、ごめんね遠藤」


 なぜか郷野にまた謝罪された。


  「えっ、なんで謝るの?」

 俺の率直な気持ちだった。


 「僕は遠藤のことを過小評価、いや、見下していたんだよね。それに気がついて耐えられなくて、謝ったんだよね。こんな僕を許してほしいね」

 そう言う郷野の表情は本当に申し訳なさそうでぎゃくにこっちが申し訳なくなった。


 「こんなことを言うのは卑怯だよね。うん、僕は卑怯者だね」

 一人納得していく郷野がちょっと嫌だった。


 だから、「卑屈な物言いとか、自虐とか俺の前で禁止。大統領命令」って言ってみた。


 「卑屈、卑屈か。そうだね僕は卑屈な卑怯者だね」


 だから「自虐禁止」なんだって。


 「自虐禁止ってどうしてだ、相棒?」


 「これは自戒でもあるんだよ。自分のことを何でもないとか思い始めたらさっきみたいに唐突で突飛な行動をしたくなる。そういう卑屈な言動を見たら自分も連動しそうで嫌で、だから大統領としての特権を使った」

 自分で言ってて意味が分からないがこれが一番収まりが良い気がする。


 「そっか、なあ、カート運ぼう」

 相棒の言葉を聞いてさっきまでしていたことを思い出した。


 変な臭いがした。この臭いは嗅ぎ覚えがある。何だったかな。でも、嫌な感じがする。二人は気がついていないみたいでわざわざ話すほどのことでもないと胸の中に言葉を押し込んだ。


 郷野と相棒に促されるままカートを運ぶ。進むうちに浅羽小の辺りから煙が出ているのに気がついた。


 「あの煙はなんだろうね?」

 郷野がすっごい食い気味に言った。そしてスピードを上げて先に行った。


 「えっ、ちょっと待って郷野」

 そう言いながら相棒も追いかける俺も何となく追いかける。


 嫌な臭いの正体が火から出る煙だと気がついて怖くなった。火は容易く人の命を奪いそうだから。前に見たときはそんな事思わなかったのに今だと弱気に感じる。なぜか頭の中で桜風が炎の中にいるところを想像してしまった。あの時容易く火を消した桜風なら大丈夫だ。そう自分に言い聞かせても不安は止めどない。カートを握る手が汗で滑りそうになった。


 嫌な鼓動の高まり方だ。


 でも、この不安は忘れようとしたらいけない。早くなにが起こったか確認しろ、遠藤 秀一。俺の心の中で怒声が鳴った。俺はカートをおいてアカシを出して走る速度を上げる。


 「おい、相棒。どうしたんだ」

 相棒には悪いがその声には答えない。



 もっと速く走れ。郷野が見えた。郷野も追い抜かす、学校のフェンスだ。跳び越える。煙は校庭の中心から出ている。駆け込む。


 「あ、遠藤。焼き芋焼いているんだが食べるか?」

 伊勢木の声だ。間が抜けている。


 伊勢木がたき火をしていた。脇にはドラム缶と消火器が置いてある。


 大したことがないと確信して大きく息を吸い込んだ。


 煙が口に入って苦しくってむせた。


 「遠藤、悪いな。そうだ、電気消えただろ。今晩さ、絶対星がきれいだと思うんだ。一緒に見ないか?」

 伊勢木の言葉で夜の空に思いを馳せた。たしかに少し見たいな。


 「ちなみになんだ、その、僕も見に行くよ」

 えっと、誰の声だっけ。ああ、勉の声だ。


 「ああ、ちょっと見たい」

 俺がそう肯定すると伊勢木は嬉しそうに笑った。ああ、こんな俺でも誰か(ヌナ)を幸せにできるんだな。


 そうか、頑張らなくても良いんだな。俺にできる範囲で誰かの幸せを考える。それだけで良いんだな。俺にできることをやればいい。できないことはやらなくても良い。だから、気長にやればいい。そうか、誰かをうらやむ前に自分にできることをやりきろう。自分にできることだけで良いから。うん、うん。


 「なーに、悦に浸ってるの? 俺の大親友の遠藤」

 とっても楽しそうな郷野の声だ。ああ、そうか、人って一緒にいるだけで楽しくさせられるんだな。


 「郷野か。なに持ってるんだ?」

 郷野が持っている二台のカートを見て伊勢木が聞いた。


 「食料品とかスーパーから仕入れてきたんだよね。あっれ、遠藤のカートはどうしたの?」

 郷野の言葉は俺の頭を混乱させるのに十分だった。


 何でカートを置いてきたんだっけ?


 「どこに置いてきたの?」

 郷野はそう言って俺に近づく。えっと、なんでだっけ。気まずくて視線を逸らした。逸らした視線の先には火が燃えていた。木から汁が出てる。ちょっとねちゃねちゃしてそうな汁だ。汁が泡を吹き煙に変わっていく。ぱちぱちと音が鳴る。


 ああ、そうだ。煙を見ていてもたってもいられなくなって置いてきたんだ。どうやって説明しよう? 別に説明の必要はないか。

 「ないしょ」


 「なんで隠すの?」

 そう言って郷野は笑った。そう、笑い合える世界が必要なんだ。その世界に涙はいるのかな?


 あっても良いしなくても良い。怒りも悲しみも嫉妬も恐怖も戸惑いも表に出さなきゃ息が詰まる。喜怒哀楽全部表に出していこう。


 「おい、相棒。俺に仕事を押しつけるな」

 相棒はそう言ってカートを四つこっちまで運んできてくれた。


 「相棒、不満を言ってくれてありがとう。焼き芋焼いているってさ」


 「焼き芋かぁ、後どれくらいかかる?」

 正直な気持ちを言ってくれて嬉しかった。その感謝の意と焼き芋のことを伝えると相棒の意識は焼き芋に移ったみたいだ。


 「五分くらいかな」

 伊勢木がトングをカチカチ鳴らしながら言った。


 「五分か、これを屋内に運んで戻ってきてちょうど良いかな」

 相棒がそう言いながらカートを二つ押して行った。俺も郷野も相棒に着いていく。


 ◆◇◆


 「なあ、相棒、郷野。夜に星を見ようって伊勢木から誘われたんだけどどうする?」

 カートを運びながら二人に聞いた。


 「星か、相棒は見るのか?」


 「まあ、そのつもりだけど」


 「暗いところはこりごりなんだけどね」

 郷野はエレベーターに閉じこめられていたときのことを思い出したのか肩をふるわせた。


 「たき火を焚きながらできないか聞いてみるよ」

 俺はそう郷野に言った。このとき、俺は幸せだった。たぶん、何かに酔っていたんだろう。それは相棒になのか、ヌナになのか、それとも自分になのか。


 「それなら良いかもしれないね」

 でも、少なくともこの時の相棒も、郷野も幸せそうだった。


 「で、どこに運ぶつもりなの?」

 相棒に郷野が聞いた。俺も薄々気になっていたことだ。


 「体育館の隅っこ」

 相棒の言うとおり俺たちは体育館に向かっていた。そして体育館の入り口にカートを置きカートの中身を運んで体育館の隅っこに置いていった。


 俺はばらけたカートが気になったのでカートを重ねて駐輪場に移動させた。


 「疲れたね、大親友の二人。元木、遠藤」

 郷野はそう言ってスポーツドリンクのペットボトルを俺と相棒に投げてくれた。


 「ありがと、郷野」

 「サンキューな、郷野」

 郷野も同じペットボトルを持っていた。俺は本能の命じるままにがぶ飲みした。


 ごくんごくんごくんごくん。火照った体にスポーツドリンクは最高だ。気持ちよすぎる。


 「ぷはー」


 「生き返るわ」


 「最高だね」


 俺、相棒、郷野の順に感想を言い合った後、相棒がなんとなく「この後、焼き芋か」と言った。


 するととたんに腹が減ってきた。


◆◇◆


 「遅かったな、三人とも。ほれ、焼き芋だ」

 そう言って新聞紙で包んである焼き芋を三本、伊勢木は差し出してくれた。


 「熱いから、気をつけろよ」

 そう言って最後に残った一つを伊勢木は割った。


 そして割れた芋をかじるので、俺も真似する。


 「うっま」

 そんな声が思わず漏れるぐらいに旨かった。


 そのまま焼き芋に貪りついた。口の中の水分が経ることなんかも構わないで。


 最高においしい黄色だった。


 今の俺は黄色を食べている。芋じゃない黄色だ。


 皮は苦いが黄色は旨い。皮は邪魔だが黄色が金なり。


 よくよく伊勢木を見ると伊勢木は皮を剥がしながら食べていた。俺も真似する。


 「うっま」



 世界から人が消えなかったらおそらくこんな旨いものに巡り会うことはなかっただろう。相棒にも郷野にも伊勢木にも他のヌナにも。だから、世界から人が消えたのは悪いことばかりじゃない。


 どんなに悪いことに見えても、多少の益はもたらされる。そんな夢を信じてみたくなった。

焼き芋、黄色、美味しいのですよー

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