ページ12~羨望
明けましておめでとうございます
2020年もどうかよろしくお願いします
「大丈夫? 郷野? アメなめる?」
加藤が優しく声をかけながらオレンジ味のアメを差し出した。そのアメを狩加が奪い 口に入れる。
「ちょっと、狩加。また、なめないでよ」
「この 状況で オレを 警戒 しない 加藤 悪い」
「狩加ねえ」
そう言って加藤は狩加をにらみつける。
「あははは、良いものだね。人間って。そうだ、今は何月何日何時何分なの?」
郷野が笑いながら寝ころんだ。
「えーと、ああ令和元年の八月二十六日だ。十時三十五分だな」
勉が答える。
「十八時間ね。もうちょい長い気がしたんだけどね。いや、短いような、一瞬のような永遠のような十八時間だったんだよね。あはははは、あそこで脱水死しなくて本当に良かったね。だって、こんなに愉快な人たちに会えるんだもんね。人生って面白いね」
郷野は見てるこっちが痛くなるほど大きく笑う。
「だってさ、あんな臭くて狭くて苦しくて気持ち悪いところで死ぬなんて最悪だね。でも、ここは床が広い。世界ってこんなに広かったんだね今、胃が空っぽですっごい腹ぺこ何だけど、むちゃくちゃ嬉しいね。そして、むちゃくちゃ眠いね。なあ、寝かせてくれヌナの皆様方」
郷野は大の字のまま目をつぶった。
「郷野さんってどんな方なんですか?」
冬野が俺たちを見て言った。
「あぁ、えーっとな郷野はエレベーターの中にずっと閉じこめられていたんだ。あの時からな」
「えっ、マジで……」
今までに見たことがないほど嫌そうな顔で狩加が反応する。
「とりあえず、放っておいてやろう」
俺が放置を提言した。
「なあ、手前ら。さっきから会議だなんだと退屈なことばかり。いつから面白くなるかと待っていれば何も起こらない。なあ、帰っていいか?」
写岩がそう言うとどこかへ行った。
「ちょっと、ツッシー勝手すぎるよ」
そう言って冬野が追いかけようとした。
「『まあ、待て冬野ちゃん」』「自由時間にする」
北村 激には悪いが台詞を被せた。
「えっ、なんで」
不満そうに冬野が漏らす。
「被せて悪かったな北村 激。ここで縛り付けても空気が悪くなるだけだ。それはこの集団で致命的だ」
そう言って冬野を説得しにかかる。
「まあ 確かに 人のいない 小学校で やりたい ことが いくつか あるが何にも できていないな」
狩加が楽しそうに言った。
「私、飛んでくるね」
桜風がそう言うと出てった。何にも縛られない自由さに少しあこがれる。
「それで良いの? 桜ちゃん」
冬野が桜風を引き留めようとする。
「さっきから座りっぱで痛いのちょっと気晴らしにその辺飛んでこようかなって」
「でも、みんなで話し合おうって言って集まったのに」
「でも、私っていない方が話が進む人間だから。くだらないことを聞いて時間とるの迷惑だったでしょ」
桜風が後ろ向きなことを言う。
「違うぜ サクカゼが 聞きにくい 事を 聞いてくれたんだぜ サクカゼが いなかったら オレは 会議を まともに 聞いてなかったんだぜ」
狩加がそう言ってギターを鳴らす。
「確かに、そういえば桜風がいなかったら適当に聞き流してたかも」
加藤はゆっくり話した。
「セーギさんもどこに行こうとしているんですか?」
ゆっくりと立ち去ろうとしている伊勢木に冬野が強い剣幕で怒鳴った。伊勢木のあだ名はセーギらしい。
「なんか物色しに」
困惑気味に伊勢木が言った。
「なんかって何よ。そんな事で抜け出そうだなんて」
冬野はとてもいらついているようだ。
「ふはははっ、伊勢木はこういう奴だよ。空気や必死さをマイペースに壊していく」
勉が笑いながら言った。
「フユフユ ありがとう 会議を 続けようと してくれて」
狩加がいきなり冬野に感謝した。
「なに?」
冬野は不機嫌そうに言った。
「今から 良い アイディア 出す ための 休憩タイムに しないか? 多数決を とろう」
狩加がそう言いながら俺たちを見渡した。
「ああ、確かに休憩にした方が良いかもね。他の人は? 反対意見ある?」
怒気をはらんだ声で冬野が不機嫌に言った。
少しの沈黙の後、狩加が口を開いた。
「フユフユは 偉い すごい 尊敬」
「なに? おべっか? やめてくれる。気持ち悪い」
冬野は嫌そうに言った。
「だって 他の 人の ために 自分の 意見を 曲げる とっても 大変な ことだよ」
狩加が冬野を褒めに回った。
「えっ、そうかなあ。それじゃあ、休憩しよっ。みんなどこに行く?」
冬野の機嫌が直った!?
どんな魔法だこれは?
「とりあえず この学校の 音楽室 かな」
さらっと答える狩加の背中が大きく見えた。
「じゃあ、飛んでくるね」
桜風がそう言って去って行った。
「じゃあ、僕も」
さらに勉も去って行った。
「じゃあ、買い出しに行くか。相棒」
そう言う相棒に連れられ外へ出ようとしたその時、下から声がした。
「頼むから一人にしないでくれよ。もう、一人は嫌だね」
寝転がっていた郷野だ。
「大統領さん、連れて行ってくれよ」
「どうする? 相棒」
「分かった。行こう。二人とも」
そう言って郷野に手を差し伸べる。
郷野は俺の手を取り立ち上がった。
◇◆◇
俺たち三人は学校を出て近くのスーパー目指して歩いている。
「そういえば、まだ二人の自己紹介を聞いてなかったね。なんてお名前なの?」
「俺は遠藤 秀一」
「遠藤、遠藤ね」
「俺は元木 励」
「元木、元木ね。二人をなんて呼べばいいの?」
俺と相棒の名前を反芻した後、そんな事を聞かれた。
「俺は呼び捨てでかまわないよ」
そう答えると相棒もうなずいた。
「二人はいつからの付き合いなの?」
郷野がそんな事を聞いてきた。
「昨晩からだな」
そう答えると郷野が笑った。
「ねえ、二人の話を聞かせてよ。兄弟はいるの? ちなみにオレは一人っ子だね」
郷野はそんな話を振ってきた。
「俺には弟が一人だな。秀二って言う。秀一の次が秀二って安直だよな」
俺はそう答える。
「相棒は兄なのか。ちなみに俺には倫って姉がいる」
相棒は弟だったらしい。
「そういえば、さっきの狩加すごかったよな」
そんな風に俺は話題を変えた。
「えっ、ああ。潔癖で融通がきかなそうな冬野を巧く相手にしてたよな」
相棒を急に話題を変えたことで驚かせたが、それでも相棒は返してくれた。
「誰も不幸にせず、誰も負けさせずって中々できないよな」
俺はそう、狩加を褒めた。
「なあ、オレみたいにまだヌナと合流していない人っているんじゃないの? そういえばみんなどうやって集まったの?」
郷野はいくつか聞いてきた。
「北村が上げた花火を見てほとんどの人は集まったんだな。後、花火の下に集まった人のうち数人が眼の邪神とか言うのから生存者は十二人って聞いたと言っているが、実際どうなんだ、相棒?」
「眼の邪神とはなんなの? というか、今のヌナって何人なの?」
相棒と郷野から眼の邪神について聞かれたのでこう答えた。
「花火の下に集まったら黒い三つ眼がある化け物がいたんだよ。なんかどこからともなく表れて闇の中なのにはっきり輪郭が分かってこの世の物じゃないみたいだった」
「えっと、遠藤。三つ眼の眼はどこにあったの?」
郷野にそう聞かれたので自分のおでこを縦に撫でて示す。
「縦に眼があるタイプの三つ目か」
相棒が興味深そうに言った。
「あと角がたくさん生えていて眼以外は真っ黒だった。でも黒でも少し陰影があって全身に鱗が生えているように見えた」
そんな風に眼の邪神を形容する。
「それで、それで」
「そいつに願いを言ったら叶う気がしてみんないろんな願いをした。まず加藤が名前を聞いたら眼の邪神だって分かった。北村 激が目的を聞いたら頭の中を覗きたいんだと分かった。伊勢木がどうしてほしいか聞いたらただ見ていたいって分かって。俺が生存者の数を聞いたら歯切れ悪く十二人って分かった」
思い出しながら言っていてどうしても思い出せないことがあった。
「眼の邪神はどんな声だったの?」
郷野の質問に詰まる。
「えっと、説明するのが難しいんだけど声は使ってなかった」
「じゃあ、テレパシーじゃないの?」
「いや、そうじゃなかった。そうじゃないんだけど、説明するのが難しい。他のその場にいた人に聞いてくれ」
俺は郷野の疑問に甘く答えることができなかった。
「それで、それで」
また、郷野に急かされた。
「いつのまにかいなくなっていたんだけど、なんでかな消えたときのことを全く覚えていないんだ。ただ、十二人しかいないと分かってその後、どうなったんだったか。他の人にも後で聞いてみよう。うん、そうしよう」
俺の記憶では表れてから願いを言うところまでは鮮明なのにいついなくなったかを思い出せない。
「歯切れ悪く十二人というのはどういうことなの?」
郷野が俺が濁したところを感じ取ってくれた。
「最初は十一人って分かったんだけどすぐに訂正されたんだよ。十二人って。今、ヌナには郷野を含めて十一人の人間がいる。俺と相棒と郷野と狩加と桜風と伊勢木と勉と北村 激と冬野と加藤と写岩だな」
とりあえず、感じたままに答えた。
「あと、一人はたぶん寂しがってると思うね。だから探すべきだね」
郷野はそう言って落ち着かないようなそぶりで辺りを見回した。
「手がかりがない一人より今いる十一人を優先するというのがヌナの決定だ。でも、ヌナの決定に郷野が従う必要はないぞ」
相棒が俺の言いたいことをまとめてくれた。
郷野が飛んだ。車の上に乗った。
「世界が広いね」
郷野がぽつりと言った。
「郷野?」
俺がいぶかしげに聞くと郷野は満面の笑顔で言った。
「あの中は狭いし暗いし暑いし寒いしで最悪だったしね。この道も普通に歩いたら建物やガードレールに無意識化で気を使うよね。でも、高いところは足場以外に気を使わなくて良いから開放的で良いね」
郷野はそう言って俺たちを見下ろした。
「あっ、スーパーが見えたね」
郷野が指差した先にスーパーがあった。
相棒が走ってスーパーへ向かったので俺たちはついて行った。
俺たちが遅れてスーパーに入った。
「遅いぞ、相棒、郷野」
相棒はそう言ってカートを引きずっていた。
「なにを揃えたものか」
郷野がそう言いながらスーパーを見回した。
スーパー内部は寒いほどに冷房が利いていて肉や魚の腐った臭いが充満していた。
「あんまり長居したくないな」
俺はそう言いながら落ちている衣服から眼を背けた。
「とりあえず水と缶詰を持てる分だけかね。電気がいつまで保つか分からないのに冷凍食品はやめておいた方が無難だね」
郷野がそう言っているうちに相棒が一人につき二つ、一番大きなカートを渡した。
「それに各自がいると思う物を詰め込んで学校まで押して戻る。それで良いな、相棒、郷野」
相棒がそう言ってカートを引きずりながら奥の方へ走って行った。
俺はとりあえず近くにあった10kgの米の袋をカートに乗せた。
「肉のコーナーはスルー安定かな?」
俺がそう言いながら郷野を見ると郷野は総菜パンをコーラで押し込んでいた。
「郷野、よくこんな酷い臭いのところで食べられるな」
俺が呆れながら言うと郷野はようやく食べるのをやめて鼻をひくひくさせた。
「うわ、くっせ」
郷野は驚いたように言った。
「えっ、今さら?」
「臭いなんて言われなきゃ気がつかないもんだね」
郷野が当たり前のように変なことを言う。
「えっ、気づくでしょ」
「でも、現に今、俺は気がつかなかったしね」
郷野が分かるような分からないようなことを言った。
「だが、腹も膨れたしいろいろ入れるとするかね」
郷野がそう言ってお肉コーナーからベーコンやハム、ソーセージを入れた。
「調味料が必要かもね」
いろいろ言っている郷野に遅れながらついて行く。
缶詰やペットボトルの水など日持ちしそうな物や塩などの基本的な調味料、缶詰などを入手した。ゆっくりスーパー内を回っていると鍋などが売られているのを見て少し驚いた。
スーパーから出ようとしたちょうどその時いきなり暗くなった。
「電気が止まったね。思っていたより遅かったね」
郷野の言うように蛍光灯の光が全て消えたのだ。
「ランタンか懐中電灯もほしいな」
相棒の言葉にうなずいた。
今回の狩加はファインプレー、そして郷野は変人ですが実はすごい人かも……