ページ11~エレベーターで
みんなのしたいことが分かった。それをすべて叶える。そのために安住の地を作る。
『怖い』
どこかから強烈なテレパシーが聞こえた。
心臓が脈打つ速度が速くなる。
テレパシーは当人の声に近い。若干の違いはあるが、声とテレパシーは対応しているし聞き分けられるが、ここにいる俺を含む十人のヌナとは一致しなかった。
『あなたはだれですか?』
桜風が即刻テレパシーを返す。
「十一人目のヌナか。面白いことになってきたな相棒」
相棒の言葉でこのテレパシーの主がまだ見ぬヌナだと理解した。
「会議は中断しよう。この謎のテレパシーの主との接触をヌナの最優先に変えよう」
『誰? 誰? 誰だっけ? お前は誰だ?』
俺の台詞で締めようとしたら謎の人物からの不気味なテレパシーに持っていかれた。
『怖がらないで私は加藤 奈々。キャンディーあるよ。何味が好き?』
加藤がゆっくりと落ち着かせるような声音のテレパシーで謎の人物に語りかける。テレパシーに声音という表現が合っているのかは疑問だが。
『ふっははははぁ、ふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁ』
全てをなげうったような悲しいようなおかしいような声がテレパシー越しに伝わった。このテレパシーは聞いていて痛かった。
「すごい苦しんでるみたいだぞ相棒。急ごう」
相棒が俺の目を見ていった。
「なあ、何で今になってテレパシーが届いたんだ?」
勉が俺たちの熱を冷ますように言った。
「移動してるんじゃないか?」
北村 激が確信を深めるように言った。
「いや 心が シャウト したんだと 思うぜ」
狩加がよく分からないことを言った。
「ああ、たしかにメンタル面の変化によるテレパシー域の拡大もありえるか」
勉が手を打って嬉しそうに言った。
「手前ら、早く捜そうぜ」
いらいらした口調で写岩が急かす。
「でも、手がかりも何もないよ」
桜風が高い通る声で言った。その声が意味なく俺の中で繰り返される。
「いや、ある。さっきのテレパシーから何となくの方角は割り出した」
伊勢木がそう言って遠くを指差した。
「なるほど。三角測量できればおおよその距離も割り出せるんだけどな。あっ」
勉は不満から疑念、疑念から脱力に声音を変えた。
「こっちだ。角度の差からそんなに遠くはない。移動もしてないようだ。誰が向かう?」
勉もおおよそ伊勢木と同じ方向を指差した。そして俺の方に向き直る勉。これは俺に問いかけているんだ。
「相棒と俺、伊勢木と勉で出る。他に行きたい人はいるか?」
みんな、この人選に不満はないみたいだ。
◇◆◇◆
俺たちは外へ出て、二人が指差した方角へ向かって飛んだ。俺は相棒の手を握りながら飛んでいる。
『なんなんだよ、なんなんだよ』と謎の相手からのテレパシーはいまだ継続中だ。
「なあ、これはどういうことだ? 結局、秀一は飛べるのか? 飛べないのか?」
勉が俺と相棒を見ながら言った。
「勉、ちょっと良いか」
伊勢木はそう言って勉に触れた。
「これは、まさかアカシが触れ合っている相手の能力は自在に使えるのか?」
勉がそう驚いた。
「勉、パータッチって知ってるか?」
また伊勢木がわけの分からないことを言った。
「たしか、藤子F不二雄先生の漫画の、えーとパーマンに出てくる、なんだっけな?」
勉にはある程度は分かるようだ。
「ああ、あれか。タッチすると飛ぶ速度が倍になるパーマンマントの能力か」
勉は完全に納得したようだ。
「そう、それ」
伊勢木は楽しそうで勉もそれにつられて楽しそうにしていて、ちょっとうらやましくなりかけた。でも、相棒がいる、今の俺には。
「あー、えっと。あの辺だ」
勉はそう言って交差点を指差した。
立派な歩道橋もある大きな交差点だ。
「人は見あたらないが、どこにいるんだろうな? なあ、相棒」
相棒の言葉通り人の気配はない。
伊勢木が歩道橋の外周を飛ぶ。俺と相棒はエレベーターの上に立つ。
『どうしてこんなことに』
下からテレパシーがした。
相棒と顔を見合わせる。
「なあ、伊勢木、勉。このエレベーターの中にいるみたいだ」
俺はそう、二人に呼びかけた。
「壊してもいいか?」
相棒が二人と俺に了承をとる。
「ああ、良いと思う。だが、壊すなら下からだ」
勉はそう言ってこのエレベーターの下側に降りた。伊勢木もそれに追従した。
「俺が壊す。それで良いな?」
伊勢木がそう言うと揺れた。下から揺れが足に伝わり最終的に全身が揺れた。
『なにがおきているんだろう』
やたらのんきなテレパシーだ。揺れは少しずつ収まっていった。
「なあ、相棒。この揺れで落ちないのはアカシのおかげだろうな」
相棒に言われてこの不安定さに全く動じていないことに気がついた。
『もう、どうしようもないことだ。ここで死ぬんだ。孤独に』
そのテレパシーで俺も他の人たちも避けていた課題を思い出した。死という課題を。
いつか人は死ぬ。一秒後か百年先かは知らないが俺もみんなも死ぬ。消えた人は死んだのかは分からないが、眼の邪神の前で死んだと確信した。
「"死"か」
相棒が険しい顔で言った。
「なあ、相棒が先に死んだら看取ってやるから、俺が先に死んだら看取ってくれること約束してくれ」
急に一人で死ぬことを想像して怖くなってそんな言葉が口をついて出た。
最後に死にたくはない。でもそれは、最後に一人で死ぬ役割を誰かに押しつけるというだけだ。
俺さえ良ければいいのか。違う。
相棒と俺さえ良ければいいのか。違う。
俺の心が無事ならそれでいいのか。そうだ。
俺が満足すれば良い。そのために他の人を大事にしなければならない。中途半端に優しいから苦しいんだな。
いろいろな考えが俺の中を渦巻く。
「看取るか。分かった。約束だぞ」
相棒はそう言って小指を差し出した。
俺は相棒の小指に小指を重ねる。
「「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのます。ゆびきった」」
俺と相棒で揃えて言った。
『明かりだ。明かりが見える。幻聴に続き、ついに幻覚まで見えてきたのか』
テレパシーから疲労が伝わってきた。
『黒い、骸骨。天使じゃなくて死神か。それにしても大分ゴツいな』
伊勢木のアカシの話だ。
「幻覚じゃない。本物だ。俺は伊勢木 正。伊勢エビのイセにキでイセギ、正の字でタダシだ。自己紹介する幻覚がいると思うか?」
伊勢木の声が静かな街に響く。人がいない街はこんなにも静かなんだな。
『「幻覚じゃないなら、水を飲ませてくれ。ここしばらくなにも口にしてない』」
男の声だ。
「分かったからおぶられてくれ。仲間と合流する」
『「分かった』」
『「なあ、その姿は何なんだ? お前は人なのか? この破壊はお前がやったのか』」
「俺たちにもよく分からないが、アカシと呼んでいる。たぶん、人だ。破壊は俺がやった」
そんな声と一緒に人を背負った伊勢木が出てきた。その人は男で下半身裸のようだ。
「おお、伊勢木…… なんだこの匂い?」
勉が言うように何か異臭がした。
「ずっとエレベーターに閉じ込められていたらしい。漏らすさそりゃ」
伊勢木が軽い口調で茶化すように言った。
「なあ、あそこのイーオフで替えの服を拝借しないか? あと、ホテルかなんかのシャワーも」
相棒がいい提案をしてくれた。
「シャワーか、シャワーならたしか…… さっきスーパー銭湯があったな」
勉がシャワーの場所を教えてくれる。
「じゃあ、服の確保は俺と相棒に任せてくれ。伊勢木と勉はその人をスーパー銭湯に連れて行ってくれ」
俺はそう指示を出した。
伊勢木と勉は飛んで来た道へ戻っていった。
俺たちはイーオフという田舎の駅前御用達しのショッピングセンターで洋服コーナーを物色した。
「なんか、人気のないのに電気つけっぱなしのショッピングセンターって面白いな」
そんな言葉が口をついて出た。
「そうだな、相棒」
相棒はそう言って放置されたカートに足をかけてスケボーのようにして店内を走り出した。
そこで床に散らばった服や鞄が目に入った。これは人が消えた痕跡なんだと思うとはしゃぐ気持ちもしぼんでいった。
「相棒、真面目に服を探してあの人に届けよう」
俺はそう言いながらフリーサイズのズボンとパンツ、さらに無地のTシャツのMとLを手に取り、さらに靴下も拝借した。
「なあ、相棒。サンダルでいいと思うか?」
相棒がサンダルを持ってきた。確かにサイズの合わない靴よりはサイズのでかいサンダルの方が良いだろう。
「ああ、それで」
そのサンダルは足全体を覆うタイプで靴下とも相性がいい。
俺たちはイーオフを出て勉の言っていたスーパー銭湯を飛びながら探した。
「ああ、終わったのか。こっちも今、終わったところだ」
伊勢木が先にこっちを見つけたらしくわざわざこっちまで飛んできてそう言ってくれた。
「ああ」
俺はそう相槌を打って相棒と地面に降り立つ。彼はひどく憔悴していた。
彼に服を渡すと彼はよぼよぼと服を着てくれた。
そして彼が着替え終わると伊勢木が彼に手を差し出した。
そして、浅葉小学校へ飛んだ。
「やっぱり、夢だよな」
彼は辛そうに漏らした。
「夢ならどうしたい?」
相棒が彼にそんな問いかけをした。
「おいしいものをいっぱい食べたい」
そうこう話しているうちに浅羽小が見えてきた。
「あれが、浅羽小だ」
伊勢木が彼に説明する。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
全員が体育館に揃った。
「えふっふぇひぅ」
彼は多少せき込んだ後、深呼吸し息を整えて口を開いた。
「郷野 礼渡だ。ありがとう。ははっ、疲れた。はははっ」
彼は笑いながら泣き出した。
十一人目のヌナの登場なのですよー