ページ10~ヌナの夢
遠藤君の大統領適性は現在の登場キャラ中三番目ぐらいなのですよー
でも、誰を大統領にするかでは彼以上の適任はいないのですよー
乾パン入りの缶詰が大量に入ったダンボールから思い思いに乾パンを取り食べる。非日常感で少し楽しく少しひもじい朝ご飯。
みんな話すことはなく無言。
早々に食べ終わったらしい桜風が体育館から出て行った。
「ごちそうさま」
伊勢木が手を合わせて礼儀正しく挨拶した。そして俺たちが空にした缶詰を拾って集めていつの間にかあった油性ペンで[がらくたごみ箱]と書かれたダンボールに入れた。[がらくたごみ箱]の隣には[紙箱]、[不要ごみ箱]、[燃やせるごみ箱]の三つのごみ箱があった。
「あのごみ箱、誰が作ったんだ?」
俺は相棒に小さな声で聞いた。
「冬野だよ。俺が起きた時にはせっせと作ってた。それより相棒、桜風が帰ってきたら大統領として威厳を出すために仕切れ」
相棒がそう言って俺を励ましてくれたが俺には別の考えがあった。
その別の考えを説明しようとしたところで桜風が帰ってきてしまった。相棒に背中を叩かれて黙っているわけにはいかない。
「なあ、今から北村 激を会議の進行役に任命したい。あと、名前決めの会議前にあと何分か休憩を取りたい人はいるか?」
「分かった大統領。謹んで受けさせてもらう」
俺の発言に大きく反応したのは北村 激だけだった。相棒は少し驚いたような眼を俺に向けたがすぐ先ほどまでの信頼のまなざしに戻った。
「さてと、休憩とか取りたい人は誰もいないみたいだし、名前を決める会議を始めよう」
「あ、その前に」
桜風が北村 激の言葉を遮った。
「コピー用紙があるんだけどよかったら使って」
そう言って桜風がコピー用紙と油性ペンを俺たちに配った。桜風は気が利くいい子だ。
「そして、グループ名に[友]の字を入れたいんだけどいいかな?」
そう言って桜風は[友]と書かれたコピー用紙を高々と掲げた。
そしてそのコピー用紙を名前の思い出せない男が奪い取り破りさった。
「ちょっと、酷いよツッシー」
怒りを感じさせる語調で冬野が[友]と書かれた紙を破った男に怒鳴った。
そうだ、写岩だ。
「なんでこんなことしたの? ツッシー」
「私は気にしてないからその辺で」
「桜風は黙ってて」
優しい桜風の提案を冬野が冷たい語調で制しながら写岩に迫った。
「俺はこの集まりが気に入らないし、ここにいる奴らが嫌いだ。友とか言われたら腹が立つ」
「へー、腹が立ったら紙を破いていいんですか? 紙をひったくって破いていいんですか?」
冬野が写岩に怒ることで俺たちの空気が悪くなった。
この場をどう抑えるか、抑えない方がいいのか俺の頭で考える。北村 激が言ったように俺の持つ立法権を上手く使えば解決できるかもしれない。
ただ、どう活用すればいいのかまるで分からない。
「そんなに小言を言いたいのかよ! あんたは俺の保護者かよ」
写岩も怒鳴り返す。
この閉息した空気に嫌気が差し鬱屈になってきた。
「ねえ、ちょっとやめようよ」
桜風が止めようとするが事態はよけい悪化する。
ここでなにかの音がした。遠くまで響く弦楽器の音だ。一拍一拍のリズムの繰り返しだ。
「嫌だ、嫌い、気持ち悪い、そこにいるだけで 腹が立つ。理由があれば楽だからと 正しさに酔って そんな理由で 誰も叩かれたく などはない」
狩加がこんな時だというのに歌い出した。
「怒り、恨み、気に入らない、生意気だからと、お前に痛みを与えても お前は隠れて 同じ事を 繰り返すのなら 意味はないだろう」
何故? という疑念は狩加の音楽の力に圧倒され忘れてしまった。それはどうやら俺だけではないらしい。
「納得できない罰を 正当化させないために 態度でケチを付けて両損 誰も望まない未来へ進む」
ここで、前に悟った言葉を思い出した。
「誰かのつらさ知るだけで 癒えるほど心は単純じゃないし 孤独じゃないと心配してると そんな事は百も承知で」
人はそう簡単に変わることは出来ない。
「不条理な頬の痛みは 生半可じゃ癒せない 悪に墜ちれば 不条理じゃなくなるが そんな勇気はない 永眠できたなら 痛みは消えるが そんな勇気もない ならば耐えるしかない」
本や音楽、映像で心の何かが変わったという人はずっと変わりたくて変わりたくて仕方なかったんだと。
「それでも叱りたきゃ 納得させてみな 俺が罪人だと」
もし、この仮説が正しいのなら冬野もわざわざ怒りたくなかったのだろう。
「狩加帝国の みんな 聞いてくれて ありがとうな」
狩加がギターの弦に思いっきり右手を振り下ろしながら言った言葉になにかおかしさを感じ取った。
加藤は強い語調で「私たちはいつから狩加の帝国の一員になったの?」と言いながら狩加の両頬を引っ張った。
「痛い 痛い 痛い 痛い ギブ でも 今の 時間は グループ名 決め だよな」
そして、今の状況に引き戻された。そうだ、今はグループ名を決めてたんだ。
そして、床に落ちている破かれた紙に目をやった。面白いことを思いついた。
「なあ、大統領の独断で決めていいか?」
俺はそう言ってみんなを見渡しながら紙を手に取った。紙は偶然なのか必然なのか友の字がナとヌで分かれるように別れていたのだ。
ヌを上にしてナを下にしてみんなに見せながら口を開く俺。
「ヌナにしたい。俺たちはヌナだ。ヌナの意味や定義なんかは俺たちの生き様で決まる。まっさらな造語、ヌナだ」
一瞬の沈黙の後、北村 激の「文句なし」という言葉と可もなく不可もなくといった表情のみんな。
「ヌナか、面食らったけどいいと思うぜ相棒」
相棒がそう言って親指を立ててくれた。
「じゃあ、法律と憲法を決めようじゃないか」
俺は高らかに堂々と言った。
「あー、じゃあこれを最低限決めるべきだって物があるんだけど」
勉が手を上げてそう言った。
「暴力と泥棒と人権侵害の定義と罰則。裁判の起こし方。裁判のルール」
勉がいろいろ言ってくれたのを桜風が用意してくれたプリントに書く。
「あと、見つけた物の所有者は誰か。労働者にはどういう恩恵を与えるか、もしくは怠け者にはどういう罰則を与えるか」
さらに北村 激が言ってくれた物も書く。
「じゃあ、まずは泥棒からいこう」
俺の言葉に異義はなさそうだった。
「人の物を盗むような人は死刑でよくないですか?」
いまだ不機嫌そうな加藤が空気を重くしながら言った。
「駄目だ加藤ちゃん。刑罰の存在意義には容疑者を護るためというものもある」
北村 激が加藤の不機嫌さを加速させる。
「容疑者を護る必要なんてあるんですか?」
「おいおい加藤ちゃん。日本の法において容疑者は推定無罪だぜ」
加藤をわざと不機嫌にさせているのかってぐらい北村 激は嫌な感じで言った。
「推定無罪ってなに?」
桜風の純真な振る舞いに心が癒される。
「桜風ちゃん、推定無罪って言うのは例え逮捕された人でも裁判で有罪が確定するまで犯罪者としては扱っていけないというルールだぜ。まあ、日本のルールをこの先に持ち越すべきかは別の問題だけどな」
「教えてくれてありがと激くん」
桜風がうれしそうに微笑んだ。
「そうだな北村。あと、泥棒は死刑なんてルールを作ってしまうと殺すために泥棒をねつ造するなんてこともあるかもしれない。一日か二日檻の中か強制労働辺りが妥当じゃないか?」
勉が具体的な罰則を考えてくれた。
「ふーん、そうなんだ」
冬野がまた空気を重くする。
「泥棒の定義はどうする? 親告罪にするか? 共有の物はどうする? 誰から盗んだら罪にする? というか物の所有権はどうする?」
伊勢木が細かいところを詰めていく。
「親告罪って?」
桜風が元気に聞いた。
「被害者がいないと成立しない犯罪のことだ。この場合は盗まれた側が訴えないと犯人に罰を与えてはならないとなる」
勉の解説だ。
「なるほど」
桜風はそう言って握り拳の小指を下にしてを左手の手のひらにおいた。
「一人一教室プライベート空間をもうけてそこに運び込んだ物は基本的に個人の物。ただ、それとは別に食料や水などは共有スペースを作ってそこから無断で持ち出すのも泥棒というのはどうかな? 相棒」
相棒が俺にそう言って微笑んだ。
「おー、すごいな元木。それは分かりやすい」
勉が相棒をほめたたえる。
「いいね」
桜風が両手の親指の腹を見せてくれた。その両手は相棒に向いていたが俺は満足出来た。
「ここまでやってみて思ったんだけど」
俺は手を上げてそう言った。これまでのやりとりをみて思うことがあったんだ。
「法律はトラブルが起こってから決めないか?」
俺は低く通るような声を意識して発言した。
「確かに、その方が良いかもしれないな」
北村 激が嬉しそうに言った。
「で、俺たちの方針を決めたいと思う。俺は大統領としてみんながフラットに過ごせる場所でありたいと思う。そのためにみんながどうしたいか一人一人教えてほしい。まずは相棒から教えてくれ」
俺が大統領としてどうするかどうするべきかなにも分からない。でもせめて、みんながどうして欲しいかぐらいは知りたかった。
「俺以外に聞かせたくないなら言ってくれ。配慮する」
「いや、問題ない。相棒、俺は相棒が相棒らしくいられて相棒が相棒自身に誇れるような行動をとってくれるならそれ以上は望まない。俺も俺が俺に誇れる自分であるよう努力する」
相棒の答えは俺と相棒のことしか考えていないがまっすぐなものだった。
「次は桜風。お前がどうしたいか言ってくれ」
そういえば伊勢木や桜風はいつも人の名前と一緒に台詞を言っているな。
「えーと、私はね。ヌナのみんなが仲良く喧嘩せずギスギスせずにしていればそれだけでいいかな」
桜風はあごを少し撫でた後に言った。ヌナのみんなが仲良くか、やっぱり桜風はいい子だ。
「次は、伊勢木」
「俺はいつだって正しく生きたい。
――――でも正しいっていうのは状況によって変わっていく。昨日の今ぐらいみたいに社会が安定していれば総簡単には変わらないだろうがこんな状況でなにが正しいのかなんて俺には分からない。
――――だからいつでも文殊様の知恵を借りれるようにしときたい。そのためにはヌナの誰も欠けたり、必要以上に悲しまれたりしたら困る。だいたいそんな感じだ」
「狩加 根太」
「オレは ウマイ飯と 雨や風をしのげる場所 ちょっとの音楽 それさえあれば 文句なし」
狩加が元気に言ってくれた。
「加藤 奈々」
「うーんと、特に望みはないしあるとしてもこれまでに誰かが言ってるかな。ただ、しいて不満を言えば狩加がちょっと目障りなことぐらいかな」
加藤は特に不満はないみたいだ。狩加のことを話題に出しながらも楽しそうだし。
「じゃあ、勉。畑野 勉」
「僕がフラットにかぁ。じゃあ、みんなに負担をかけない程度に本が読みたい。たくさん読んで、たくさん覗いて、頭の中を豊かにしたい」
勉が言う覗いての意味が分からなかったが本が読みたいという事だけは分かった。
「北村 激」
「楽しく生きるべきだと思う。この世に生まれてしまった以上はどんな状況でも楽しく生きたいから」
楽しく生きる。漠然とした目標だけどとっても大事なことだ。
「冬野 理恵」
「わたしは」
一度区切った。
「わたしは、」
また、一度区切った。
「特にないです」
不機嫌そうに冬野が言った。
冬野は今、言う気がない。もしくは思いつかないのだろう。なにか波紋を呼ぶとしたらそのスタート地点は冬野だろう。そんな予感が芽生えた。
「最後に写岩 英一」
「うっせーな。やりたいこと、やってほしいことだったよな。おい、そこのテメエ、さっきの歌良かったぜ。また聞かせてくれよな」
写岩はまた狩加の演奏が聞きたいそうだ。シンプルで良いと思った。
みんな願いがあったりなかったりしたけれど今言ってくれた願いくらいは叶えさせ続けて上げたいと思った。ヌナの大統領として、遠藤 秀一として。
ヌナの由来を十話にしてようやくあかせたのですよー
そして、作中で狩加が歌ってた詩は”説教”というタイトルで先行投稿させてもらいましたのですよー
"詩"ジャンルで日刊&週刊で一位をとったりなんかしたのでポイントを入れたりブクマしてくださった方々、誠にありがとうございますなのですよー
https://ncode.syosetu.com/n8356fv/