スレイヤー
クライが水面からの光を感じ、目を覚ますとそこは岩場の陰でした。
すぐに辺りを見回しますが、シャコの姿は見当たりません。
既にプランクトンが彼の死骸を処理してしまったのでしょうか。
(……シャコ)
彼は置き土産として、クライに前腕をプレゼントしてくれました。
甲殻類特有のみっちりと筋肉の詰まったそれはクライに新しい力を与えてくれます。
試しに近くの貝類をパンチしてみると、それは粉々になり、柔らかい中身が露わになりました。
(この力……決して無駄にはしない)
クライは貝を食べて、イルカと共に戦う盟友にあらためて感謝しました。
「よし、腹ごしらえもしたしそろそろ行くか……うっ!」
その貝は毒でした。
クライは死にました。
(………)
クライが目を覚ますと、そこは砂場でした。
身体を見つめると、鱗が貝殻のように硬質化していました。
「……しまらねえなあ」
貝は確かに食べられる種のはずだったのですが、クライは不思議に思います。
彼がタツノオトシゴになる前にも食べたこともある牡蠣。
味は絶品でしたが、クライは何故か毒死してしまったことに疑問を感じます。
「教えてくれ、神」
全く、私は攻略WIKIじゃないんですよ?
……今回は特別ですからね。
【生物濃縮】。
特に貝類は食べる餌に影響を受けやすく、彼の食べた牡蠣は毒素を多量に摂取してしまっていたようです。
人間ならばお腹を壊す程度ですが、クライのような小型生物だと死に至るレベルでした。
「……毒素か……そうだ、良いことを思いついたぞ」
どうせ何回でも死ねるんだ。
クライは次々と貝類を食べ、死んでいきます。
彼が世代を超えるごとに、毒素に対する許容量は高くなり、甲殻は強固になっていきます。
そして遂にクライはフグを食べても死ななくなりました。
体内に大量の毒素を抱えた生物兵器が今ここに完成したのです。
(これで奴らを倒せる)
決して死ぬときに苦しくないわけでは無いのに、そんな行動をぱっと取れたのは、彼の意志の強さなのかもしれません。
クライはひたすら海を北上、そしてついにイルカの本拠地があると言われている場所へ辿り着きました。
(本拠地だけあってたくさんイルカがいるな……でも)
クライは世代交代を気の遠くなるほど繰り返したので、軍団が出来ていました。
海が真っ黒になるほどのクライの集団。
これだけの数がいれば、どんな強敵にも勝てるでしょう。
「イルカ! 覚悟しろ!」
クライが合図すると、一斉にイルカの群れに分身が向かいます。
「シャコパンチ!」
約80㎏の衝撃がイルカの頭部を襲います。
イルカはたまらずくらっとめまいを起こします。
そして、そのめまいは打撃によるものだけではありません。
「キュイー!」
全身に走る激痛と共にイルカは血を吐きました。
クライはパンチすると同時に毒を叩き込む術を得ていました。
さすがのイルカ達も突然の強襲に驚き、戸惑っています。
「うおっ!?」
勇敢な一匹のイルカに噛みつかれますが、クライの身体を完全に砕くことが出来る者はいませんでした。
既にクライの身体はどんな貝類よりも強固になっていたからです。
そして少しでも傷が入り、体液がイルカに付着すると、
「キュイ!?」
猛毒に侵され、もだえ苦しみます。
(勝てる……勝てるぞ……!)
さすがに犠牲ゼロとは行きませんが、数の暴力でクライはイルカを次々と葬り去っていきます。
「あははは」
復讐による愉悦でしょうか。
クライは自然と笑っていました。
「キュイー!」
ひと際大きな一匹のイルカが仲間に合図を出しています。
恐らく群れのボスでしょう。
彼は大声で撤退を指示すると、次々とイルカは逃げていきます。
「逃がすか!」
クライは高速でボスに突撃し、前腕でボスイルカの腹部を貫き、毒を打ち込みました。
ボスイルカは血を吐き、身体を痙攣させます。
「覚えているか、俺はクライ。あの時お前たちに全滅させられたタツノオトシゴの一人だ」
「……」
イルカはか細い声で、
「化け物め」
確かにそう言いました。
「……化け物だと?」
世の中は弱肉強食。
俺はイルカより弱かったからタツノオトシゴは全滅させられ、今は俺よりイルカが弱かったから巣を全滅させられた。
自然の摂理だ。
俺は間違っていないはず。
辺りにイルカの死骸が複数浮かび上がっています。
中には子供の個体もいました。
……なのに、何故だ?
この心の嫌な感じは……一体何なんだ?
「キュイー!」
生き残っていた一体のイルカが叫び声を上げました。
クライによるものではない悲痛な声。
「……なんだあいつは」
イルカよりはるかに大きい、白黒の生物。
それはシャチです。
鋭い歯でイルカの身体を食いちぎるそれはまさに海の悪魔でした。
「!?」
クライは格上に対する恐怖を久々に感じました。
シャチは一匹でしたが、それでも全滅させられるかもしれないという圧倒的なプレッシャーを与えてきます。
「あ……ああ……」
シャチはこちらに近づくと、
――ガブッ。
ボスイルカに食らいつき、そのままどこかに運んで行ってしまいました。
「はぁ……はぁ……」
……あんな生物がまだこの海にいるのか。
知能もある、力もある、防御もある、毒もある。
今の俺にはこれだけ揃っているのに。
全く勝てるビジョンが思いつかなかった。
「……もっと強くならなきゃ」
クライは残った仲間とイルカの死骸を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
――瞬間。
俺は後ろから気配を感じ、気が付いた頃には遅く、それに捕縛された。