隻腕のシャコ
何故、俺は北を目指そうと思うのか。
それにはちゃんと理由がある。
(確か生物は寒くなるほど大型化すると聞いたことがあるからな)
【ベルクマンの法則】ですね。
海の生物にも適用されるかどうかは分かりませんが。
「ん? 誰かいるぞ?」
岩陰に生物がいるのを発見し、クライはゆっくりと近づきました。
「……なんだ小僧、貴様も我を笑いに来たのか」
そこにはシャコがいました。
右腕がちぎれ、隻腕の状態で横たわっています。
「その傷どうしたんだ?」
「少しドジを踏んだだけだ、こんなの脱皮すれば再生できる」
でも再生するには栄養が足りないようです。
このままでは餌も取れないので死んでしまうでしょう。
「ちょっと待っててくれ」
クライは小動物を吸い取り、シャコの目の前へと持ってきた。
「……何のつもりだ」
「その身体じゃ餌が取れないだろ、これで足しにしてくれ」
「……お前変わった奴だな、てっきり弱ったところを食うのかと思ったぞ」
「そんなことしないよ」
「ふふ、本当に変わった奴だ」
シャコはそう言いつつ何だか嬉しそうでした。
「!? 小僧、伏せろ!」
クライはシャコと共に岩陰に隠れました。
「……イルカ!」
「ついにここまで北上し始めたか……我の仲間も奴らに襲われたのだ」
イルカは複数で辺りをうろうろしています。
どうやら餌を探しているようで、サンゴ礁の岩陰を口で突いています。
「見つかるのも時間の問題か……」
「……我が囮になろう。残る命も少ない身、最後は恩人の為に散らせてくれ」
「シャコ!?」
シャコはそう言うと勢いよく岩陰から飛び出しました。
「ぬぅん!」
シャコは思い切りパンチを繰り出しました。
彼のパンチの速度は一説には約80㎞と言われています。
いくら体長差があれど、そんなパンチを喰らえばイルカはひとたまりもありません。
狙われたイルカの頭部は吹き飛ばされ、一時的に怯みます。
ですが、逆に彼らの怒りを買ったようです。
一体のイルカがシャコに突進し、もう一方の腕をイルカに噛み千切られてしまいました。
「やはり……我の力では……勝てぬか」
「シャコ!」
「小僧!?」
クライはイルカが不快に感じる音波を発し、怯ませます。
「逃げろといったはずだ!」
「……ほっとけるわけないだろ」
「小僧……」
イルカは怒り狂い、こちらに襲ってきます。
「キュイ!」
イルカの能力を得たクライには彼らの声が良く聞こえました。
殺す。
殺す、殺す。
コロスコロスコロス……。
完全に怒りで我を失い、群れの統率すら取れていないようで。
結果、クライもシャコもイルカたちに突かれ、ボロボロにされてしまいました。
狂乱するイルカを視界に、砂場に二人は倒れます。
「……悔しい。何も見えぬ、何も聞こえぬ。……我はもう恩人を守る力も無い……すまない……」
「シャコ……いいんだ……」
クライはボロボロの身体を引きずり、シャコの身体を尻尾で触ると、
「君の命……無駄にはしない」
そう言って、二人の命はここで事切れてしまいました。