そこにイルカ
ボスを殺害して数日。
群れの長がいなくなり大騒ぎとなった巣を離れ、クライは海を彷徨っていました。
「はぁ……これからどうしよう……」
行く当てもなく、復讐を終えたクライは目的も失い、抜け殻のようになっていました。
思い出すのはやはり、取り残された彼女の事のみ。
(……やっぱり戻ろう。落ち着いて話をすればきっと分かってくれるかもしれない)
わずかな希望を胸に、クライは群れの方に戻っていきました。
「……あれ? 確かにこの辺りだったはずだけど」
群れがあるはずであろう場所にはタツノオトシゴ一匹いませんでした。
――代わりにいたのは、
「キュイ! キュイキュイ!」
イルカでした。
彼らは仲間たちとコミュニケーションを取りながら、珍しいサンゴ礁の海を遊んでいます。
「た、たすけてくれーー!」
イルカの楽しむ遊びとは、自分たちより弱い生物を虐める事でした。
タツノオトシゴの群れはイルカによって崩壊させられていたのです。
生き残っているわずかな個体も、ボールのように投げられ、痛めつけられています。
「………」
イルカはタツノオトシゴの命が尽きると、ボロクズのように放り投げます。
この一方的な殺戮は彼らが飽きるまで続くでしょう。
「いやああああ!」
悲痛な叫び声。
彼女が二匹のイルカに身体を引っ張られていました。
「や、やめろーーーー!」
クライの声もむなしく、彼女の身体はブチブチとちぎれ、あっけなく殺されてしまいました。
彼女の死体を見たクライは激昂し、イルカに立ち向かいます。
クライは思い切り、イルカの皮膚にくっつき吸い取ろうとします。
ですが流石にサイズ差がありすぎて、びくともしません。
イルカが軽くひるがえっただけでクライは吹き飛ばされてしまいました。
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……クライが目を開けると、また姿が変わっていました。
「……これは」
それは自分が今まで見た事無い姿でした。
タツノオトシゴの身体にイルカのヒレがついたような姿、そんな謎生物に生まれ変わっていました。
後ろを見ると、一匹のイルカの死骸から大量の同じ姿の生物がうごめいていました。
「確か……」
クライは死ぬ前、決死の覚悟で卵管をイルカの身体に突き刺していたのです。
決死の行動でしたが、どうやら意味はあったようです。
「やっぱり。……俺、死んでも復活できるんだ」
しかも、生前に接触した生物の能力も得るというおまけ付きで。
「エコーロケーション」
クライはイルカの能力を使って、頭部から音波を放出、他の個体にコミュニケーションを取ります。
それを聞いた数人は振り向き、返事を返します。
一見寸分たがわぬクライの分身達は既に各々に行動し始め、餌を食べ始めています。
「でも、俺は俺だ……俺は特殊な個体なのか……?」
そうです、クライは人間から転生した特殊な個体なのです。
「……ずっと気になっていたけど、喋ってるお前は誰だ」
あら、イルカの能力を得たせいか、私の声もはっきり聞こえるようになったようですね。
(うわ、水面の陰が人影になったぞ)
私はいわゆるこの世界における〝神〟に近い存在で、生物たちの輪廻を司っています。
貴方の死後、タツノオトシゴに転生させたのは私なんですよ?
「なんでよりによってタツノオトシゴなんだよ」
たまたま番組でやっているのを見ていたので。
「すげーしょうもない理由だった!?」
あはは。
「笑ってごまかすなー! ……と言われても、俺はもう生きる理由なんて……愛する彼女も、復讐する対象もいなくなってしまった」
……いるじゃないですか、復讐する対象が。
貴方の生きる理由を奪ったイルカたち。
あの暴虐な海の支配者を殺戮しなさい。
「中々物騒な事を言うな……正直俺は奴らに勝てる自信が無いぞ」
今のままでは無理でしょうね。
でも貴方は短時間で進化する能力があります。
この海には豊富に生物が生息しているでしょう、貴方は彼らから有用な能力を得ることが出来ます。
輪廻転生を繰り返せばあなたはより完璧な生物へと生まれ変わる。
私はそう信じています。
「あんたは一体何がしたいんだよ?」
私は貴方の強い意志に生物の限界を超えるようなシンギュラリティを感じたのです。
そう、総ての生物を頂点となる可能性が貴方にはあります。
期待していますよ、シーホース・クライ。
「何なんだよ全く……」
穏やかな水面から影はゆらりと消えた。
クライはとりあえずイルカを倒すため、より強い生物がいるであろう北を目指すことにしました。