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裏切り者の讃美歌

「うう……体が重い……」


 彼が妊娠して数か月。

 タツノオトシゴの稚魚たちは少しずつ成長し、もうすぐ生まれそうです。


 自分の母親もこんな気持ちだったのかなと、何故か少し母性を感じ始めている彼は久々に群れに戻ってきました。


「みんなー、俺もやっと交尾できたよー、ほら見てくれー」


 しかし何だか仲間たちの反応は冷たいです。

 こちらを避けるように会話をしてくれません。


「全く、一体何なんだ?」


 少しして群れの道を大きく開け、ひと際大きいタツノオトシゴが現れました。

 彼は周りから特別扱いを受けている群れのボスです。

 その尊大な態度を彼は快く思っていませんが態度には出さずにいます。


「ふん、お前のような落ちこぼれが交尾できるとは、よほど変わったメスもいたようだな」


「……なんだ、悪いのか?」


「これは失礼、決して馬鹿にしたわけでは無いんだよ。ご懐妊おめでとう」


 ボスは口から泡を吹き、彼を祝福します。

 物理的に拍手を出来ないので、これがタツノオトシゴ流の拍手なのでしょうか。

 群れの仲間たちもボスに倣ってこぞって泡を吹きはじめました。


「あ、ありがとう」


「君を探していたんだよ。幸せの門出だ、今日は派手にパーティといこうじゃないか」

  

 正直まんざらでもないので、ボスにのせられるまま会場へ足を運びます。


 しばらくすると日光が届かず、魚の死骸が多く沈む不気味な場所へと案内されました。


「……何だいここは?」


「君は何も知らないね、こういう場所こそ多くのベントスを生み出すのだよ」


「良い餌場を紹介してくれるなんてありがとう」


「ああ……そうだな……そして」


 ボスは突然振り向き、彼に強靭な尾を叩きつけました。


「お前も今ここでベントスになるんだよ!」


「がっ……はっ……」


 思わず彼はうずくまります。


「連れてこい」


 しばらくすると彼女が群れのオスたちに連れてこられました。

 彼女のいっていた許嫁とはどうやらボスの事だったようです。

 彼女は涙を浮かべ、こちらを見つめています。


「やれ」


 ボスの仲間は尾で執拗に彼を痛めつけはじめました。


「止めて! 彼は関係ないわ、ひどい事するのは止めて!」


「ん~? どうしてくれようかなぁ?」


 ボスは彼のお腹をメリメリと踏みつけ始めました。

 このままでは彼の守っている子供は無事ではすみません。


「やめて! 私の子供よ!」


「……語るに落ちたな。ボスに逆らい、あげく彼女を奪ったものを群れにいさせるわけにはいかない。死ね」


 

 ――パァン!



「ぎゃああああああ!!!」



 ついに踏みつけたお腹は破け、成長していない稚魚が吹き出しました。

 泳げるまでに成長していない子供たちは、呼吸できずに次々と死んでいきます。


「いやああああ!」


 彼女は泣き叫び、彼に近づこうとしますがボスの仲間がそれを許しません。

 がっちりと身体を掴まれ、その行く末を見守らせます。


「ははははは! お前自身もじきに出血多量で死ぬだろう。……さらばだ、変わり者」


 ボスは満足したのか、彼女を無理やり引っ張り仲間と共に群れに帰っていきました。




「……」



 ――ドクン、ドクン。


 

 ……ドクン……ドクン……。



 彼は水面近くまで力なく身体が浮かび上がり、心臓の音が少しずつ弱まっていきます。


 (ああ、俺は死ぬのか。人でも、タツノオトシゴでも、こんなにあっけなく死ぬなんて)


 

 ……悔しい。


 悔しい悔しい悔しい悔しい……!!!


 俺は……絶対に……あいつを許せない。



 今度生まれ変わることがあるとすれば、この世界を支配するほど強大な存在になってやる。


 あんな奴に負けないくらい存在に俺は……。



 俺は………!!!



 視界が暗くなっていき、彼の意識はそこで途絶えました。

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