ラプンツェルと婚約破棄
生まれた時から塔の中。
その世界には私と彼女しかいなかった。
彼女は魔女だった。魔女だけれど私にとても優しかった。
「お前の父親と母親は馬鹿な人間だ」
ふんと意地悪そうに彼女が笑う。
「知ってるわ。あなたの庭に入ったんでしょう」
私が話の続きを言ってしまうと彼女は拗ねたような顔をする。
「……本当に馬鹿な人間だ。お前を手放すなんて」
そう言う彼女から惜しみなく愛を与えられてきた。私のことを父よりも母よりも愛してくれた。
だから、この生活が特別どうということもない。こんなものだと思っていた。悲観することも楽観することもなく、特別な刺激のない毎日だった。
そんなある日男の人が現れた。間違えて私が塔の中に入れてしまった。
彼は王子様らしい。王子様の男の人はおろか彼女以外の人と接することが初めてで楽しかった。全てが物珍しかった。胸が高鳴った。楽しいと思った。何もかもが新鮮で目新しく、幸福だった。
それから彼とは何度か会った。私が塔の中へと入れた。
ある日、彼は息を荒くして私の体を弄って来た。それがどうということではないが、そんなことがあった。
「あの人を塔に上げるのは、あなたを上げるより疲れるわ」
そして再び彼女が来た時、ふとそんな話をしてしまった。うっかり口が滑った。
彼女は怒って私の髪の毛を切り、塔から追い出した。
どうしようかと考えながら森を彷徨っていると目の潰れた男と会った。彼と話しているうちに気付いた。
この人は、私が塔に入れた男だと。目を潰されたのは彼女がやったんだろう。かわいそうに、私のせいで。そう思ったがそれだけだった。彼と一緒にいても以前のような感情はない。楽しくない。ときめいたりしない。
何でだろう。
彼女が負わせた目の怪我だけが気になる。何でだろう。首の後ろが寒い。彼女に髪を切られたから。頭が軽いのも彼女に髪を切られたから。
塔の中に帰りたいと思うのは、外の世界に彼女がいないとわかったから。
塔の下へと戻って泣いていると彼女と会えた。
また二人で塔へと戻った。
これでいい。これがいい。
最初からこうだったから。最後までこうでなくては。
もう王子様はいらない。結婚なんてしなくていい。私を愛してくれる人がここにいるから。