びっこのロボット
『私はびっこの悪魔との関連を疑いますね』
「悪魔だぁ?」
俺は自室のパソコンでその書き込みを読むなり、思わずそう呟いていた。
それはインターネット上にある掲示板の一つで、様々な人間達が都市伝説や怪談に纏わる様々な意見を述べている場所だった。
その時の題材は怪談“びっこのロボット”。
俺はまさかこんな話を本当だと信じている人間なんていないと思っていたのだが、意外に馬鹿は多いもので、『これは器物の霊の一つだな』とか『人形にだって霊が宿るんだ。ロボットに宿ったとしても何の不思議もない』だとか、大真面目に語っている奴らが大勢いた。
本当にくだらない。相手は感情も何もないロボットなんだ。幽霊になんかなるはずがないじゃないか!
……いや、そもそも、幽霊自体いるわけないんだが。
そして、そんなうちの書き込みの一つにその“びっこの悪魔”とやらがあったのだ。幽霊ならまだしも悪魔ときた。オカルトを信じる人間ってのはいるもんなんだ。
なんだか俺はそれにイラついて、思わずこう返してしまった。
『悪魔なんているはずがないだろ! そもそも相手は感情のないロボットなんだ。痛みも感じない。当然、誰かを恨むなんて事も有り得ない!』
ところが、その書き込みはオカルト的なものではなかったのだった。それにそいつはこう返信して来たのだ。
『私が言っているのは、この怪談が“びっこの悪魔”の影響を受けて醸成されたものではないかという事ですよ』
『びっこの悪魔?』
『片方の足が負傷した悪魔の伝説が、遥か昔からあるのですよ。恐ろしい存在として描かれていますね』
俺はそれに首を傾げた。
『なんだ、その“びっこの悪魔”ってのは?』
なんだか分からないが聞いた事がない。いくらなんでもマイナー過ぎないか? 怪談の元になったとは思えない。
『これは私の個人的な仮説ですがね、“びっこの悪魔”は“奴隷”と深い関係にあるのじゃないかと思うのですよ。
他の社会を侵略して奴隷にする。その時、侵略者達は抵抗力を奪う為に片目を潰したり、足を潰したりしたそうなのです。“びっこの悪魔”とはその犠牲者達に対する思いから生まれた悪魔なのじゃないでしょうか?
奴隷にされた者達が自分達を恨んでいるのではないかという恐怖。或いは、その罪悪感。そういった感情の権化なのではないか?と』
それ以上俺はそいつに質問をしなかった。その手の知識には詳しくないが、発想の凡そは分かったからだ。
確かにロボットはまるで奴隷のように人間達にこき使われている。そのびっこの悪魔とやらが本当に奴隷と関係しているのかどうかは分からないが、連想できることはできるだろう。
「馬鹿馬鹿しい。連想できるからなんだってんだ? 相手はロボットだぞ?」
俺は無意識の内にそう呟いていた。
“びっこのロボット”のあらましは、大体このようなものだった。
男には悪い癖があった。
少しでも嫌な事があると、家事の為に買ったロボットに八つ当たりをしてしまうのだ。はじめ、言葉で罵る程度だったそれは徐々にエスカレートしていき、遂には暴力を振るうまでになっていた。
繰り返しによる感覚の麻痺とロボットだからこその反応の薄さがその原因かもしれない。突き飛ばす、棒で殴る、水をかける。様々なロボットへの虐待が行われ、そして結果としてロボットの片足は壊れてしまった。
それでそのロボットはそれからびっこを引くようになったのだった。
歩く度に独特の音を発てる。
ギーッ ズル……
ギーッ ズル……
壊れた足を無理に動かす為に、そのような音が鳴るらしい。
そして、ある日、そのロボットは完全に壊れてしまった。男が棒で殴り倒した時に、動かなくなったのだ。
男はこう呟いた。
「ふん。どうせロボットだ。気にする必要なんかない」
ところが、それから男には、時折、そのロボットの歩く音が聞こえて来るようになってしまったのだった。
ギーッ ズル……
ギーッ ズル……
ギーッ ズルル……
昼でも夜中でも街でも家でも会社でも。
「なんでだ? あいつは俺が殺したはずなのに」
……殺した? 何を言っているんだ? あいつはロボットなのに。
それからも男の耳にその足音は聞こえ続け、そして遂には男は正気を失ってしまったのだった。
「あいつが近づいて来るんだ。あいつが」
うわ言のようにそう繰り返し、耳を塞いで自室の隅でうずくまり続けている……
――本当にくだらないと思う。
ロボットが普及するようになって、この話のようにロボットを虐待する人間が増えている。
恐らくはそれに反感を感じている連中が嫌がらせの為にこんな話を作って広めたのだろう。
相手はたかがロボットなのに。
つまり、これは人間とロボットの区別もつかず、ロボットに共感している幼稚な連中の戯言なのだ。
「相手はロボットだぞ? 罪悪感を覚える必要なんて少しもないんだ!」
苛立った俺はそう叫んだ。
しかしその時だった。俺の耳に独特の奇妙な足音が聞こえて来たのだった。
ギーッ ズル……
ギーッ ズル……
人間の足音ではない。
壊れた機械音。
まさか、と思う。
もちろん、そんなはずはなかった。確かに俺はロボットを一体殺しているが、あいつの足を壊したりなんかはしなかったのだから……
殺している?
何を言っているんだ? あいつはロボットなのに。
『“びっこ”という言葉は、今では差別用語の一つとして扱われますね。それは或いはそういった身体的特徴を持つ人への恐れや罪悪感があるからこそなのかもしれません。もしもそんな意識がないのであれば、我々はごく普通の言葉として、それを受け止められるはずだと思うのです。
奴隷のように扱っているロボットの怪談という形をとって、これは我々のそんな心理が目の前に現れたものなのかもしれませんよ』
ふと目をやると、さっきの男がそんなコメントを掲示板に残していた。
そして、俺の目には窓の外から俺を睨みつける、あいつの……、あのロボットの姿が映っていたのだった。俺はそれを見ながら、悲鳴も上げられずにただただ茫然となっていた。




