Lv14
次の日も朝からオレは走る。
「はっ、、、はっ、、、せめて違う景色が見れたらな」
訓練場の内周をグルグル回っているので飽きる。中ではアルが兵士と向き合い剣の打ち合いをしていた。
(アルのやつが押してる感じだな。ナナも褒めてたし。あの女は世辞で人を褒めるタイプじゃ絶対ないだろう。きっとアルは剣の才能があるんだな)
「余所見なんて随分余裕があるみたいじゃないか?」
げ…赤鬼だ、いつのまに。思わず立ち止まってしまったが何も言われない。
何か持ってるな、桶?
「まぁ日々きつい訓練をしてますから」
「昨日一昨日来たやつが何を言う」
ですね。
けど、不思議と息が切れてない。
だいぶ体力がついてきたか?まさか。
「同じ景色ばかりもつまらんだろう」
ぽいっと木の桶を二つ放り投げて来た。
「訓練場から出て真っ直ぐ行くと川が流れている。河原の石をとってきてここに積むんだ」
「どのくらい?」
ナナがニヤリと笑う。
(あ、笑うんだこの人)
初めて見た笑顔(不適な笑み)だがつい見とれてしまった。性格や行動を除けばナナは容姿はかなりの美人さんだ。無理もないだろう。
「太陽が真上に来るまでだ」
「ですよね〜」
「とっとと行け!」
ドカッ
「はい〜」
ぴゅーと逃げるようにオレは桶を二つ持って訓練場を出て行った。
ジン、、ジン、、、
(硬い……蹴った足の方が痺れてる)
その後姿をナナは真剣な顔で見ていた。
––––––––––
「川、川、と、、、あれだな」
街の中に小川が流れていた。綺麗な川だ。透明度も高い。ボール大の手頃な石がたくさんある。
川を覗き込んだ時に自分の顔が映った。
本当に14歳頃の俺だ。若返ってる。肌が特に綺麗になってるから若さってスゲー。黒髪黒眼の日本人、だけど頭には…
(竜の角、、、だな)
黒曜石のようにキラリと光る黒髪より更に黒の深い二本の角が生えている。どうしてこうなったのか…
「とりあえず桶に詰めるか、、、ん?」
川向こうの茂みからガサガサと音がする。
誰かいる。
「誰かいるのか?」
声をかけてみると、黒いローブを頭からかぶった8歳くらいの小さな女の子が出てきた。ナナとは違う毛色の、紅い髪。
「だーれ?」
「、、、お前こそ誰だ?」
「あたし?あたしベリ。あなたはだーれ?寒いの??」
「・・・」
ヤバい
体の震えが止まらない。
なんだ、これ?
なんだ、この女の子?
「お、、、お前は…」
「こーんな所に居ましたの!?」
茂みの奥からもう一人、背の高いお姉喋りの男が出てきた。同じような黒いローブを纏っている。
「あらやだ、心配しましたのよ!全く、目を離したらチョロチョロと…」
「うるさい。もう子共じゃないの」
「いーえ、どこからどう見てもお子様です。あら?何かしらこの子」
居たの?くらい興味がないようにその男は俺に向けて言ったのだが目が合った瞬間、
「っ!?」
(こいつも!ヤバい感じしかしない。危険だ。危険過ぎる。やべ、声が出な、、、)
「。。。まぁいーでしょ。さ、今日のところはもう帰りますわよ。お父上も御心配されてますので」
「イヤ、もう少し……」
「いーえ!お父上にもすぐ連れて帰るよう言われてますので。今日の外出だって私がどれ程苦労してお許しいただいたことか、、、」
ブツブツ言いながらお姉男は少女を小脇に抱えられて茂みの奥に消えていった。
・・・
「ぶはっ!はぁっ、はぁっ、、、」
姿が見えなくなり少ししてからやっと思うように息ができた。
「はぁっ、はぁっ、なんなんだあいつら、、、」
身体中の毛穴がゾワつき汗が一気に吹き出る。
「蛇に睨まれた蛙…どころじゃねーよ。ベリとか言ったな、あいつ……」
川に近づき顔を洗いながそうと覗き込む。
(・・・なんだ、これ……)
水に映ったオレの顔は、今までの人生で初めて見る程の歓喜の笑みを浮かべていた。
(オレの、顔…だよな?)
水面に映る自分の顔に触れる。
確かに笑っている。
顔の筋肉が笑顔で凍りついたように。
(なん、で……)
『死』を予感したのに。
そんなことを考えることすら余裕もなかったのに。
オレはしばらくそこから動くことができなかった。
––––––––––
「今日は下見で少し遠くから眺めるだけと言ったじゃないですか」
黒いローブのお姉系男が喋る。
「…ホント、あなたも父上も五月蝿い」
「お父上は貴方様が可愛くて仕方ないのですよ。約束の時間はとっくに過ぎてますの。ほら証拠に、、、」
お姉男が少女に見えるようにローブを開いた。
「…スッキリしてる」
「焼かれたのですよお父上に!!まったく、せっかく綺麗にお手入れしてた自慢の翼なのに、、、」
お姉男が見せた翼は、黒いコウモリ傘のような骨に薄紫の膜が張っていたが、半分燃えたようになくなっていた。
「…なんかゴメンね」
「いいえ、貴方様のお世話こそが私の使命であり生き甲斐。そのお言葉だけで十分ですのよ。それにこの程度なら1日で治りますわよ。さ、帰りましょ。ベリアル様」
「ん」
コクリと一つ返事をして、二人は空へと飛び立っていった。
––––––––––
しばらくして、桶いっぱいに石を詰めたオレは訓練場に戻ってきた。
「遅い!まだ一回目じゃないか、とっとと行ってこい!」
(鬼め……でも、あいつらのことを言っても信じてもらえないだろうし、なにもないし言うことじゃないか)
「はいはい」
「はいは一回でいい、クソガキ!!」
「はーいー」
1回目の石を地面にあけたオレは、蹴りを食らう前にとっとと訓練場をかけていった。
(チハヤも頑張ってるみたいだね。僕も頑張らなきゃ!)
遠目に見ていたアルも持っていた訓練用の剣に力を入れて打ち始めた。
–––––昼になり食堂–––––
「ふー!あー疲れた、おっさんメシちょうだいメシー!」
「座って待っとけクソ坊主!!」
調理場から返事がきた。
よく聞いてるみたいだな。
「はは、チハヤ今日も走ってたね。訓練場の外に出てたの?」
「ああ、川まで行って石拾いだとさ。結局十往復したから石が山積みだ」
「へー、だいぶ走らされたし重かったでしょ?手とか腕、大丈夫??」
「あー、そう言われてみると…」
手をグーパー握ったり腕をグルグル回してみる。
「大丈夫、、、みたい?」
「や、僕に聞かれてもw すごいね、日を追う毎に力がついてくなんて。羨ましいなぁ」
「そだな。自分でも驚くのは確かだ」
昨日と同じくらいの距離は走ってるのにまだ余力がある。しかも、今日は石を詰めた桶を持って走ってたのに、だ。
「そうだアルさ、川で黒いローブをきた女の子とオカマみたいな喋り方の背の高い男を見たんだけど何か知ってるか?」
「いや、僕ら兵士は街のことは何も、、、」
ガチャン!
目の前に料理が音を立てて乱暴に置かれた。
「、、、おい坊主。そいつは、その背の高いオカマ野郎は、青い肌で額に一本の角が生えてて、コウモリみてーな大きな翼を生やして無かったか?」
おっさんがいつになくマジな顔でオレに問いかけてきた。
(ふざけたこと言える雰囲気、じゃないな。それに、今わかったがこのおっさん、、、)
何故か口元がニヤけそうになる。
この胸の高鳴りは、ナナと対峙したときと同じだ。
「…いや、ローブを頭からかぶっていたから翼の方はわからないが、チラッと覗いた肌は普通の肌色だったし、額に角もなかった。オレには普通のヒトに見えたけど、、、」
「……ならいい。くだらんこと聞いて悪かった。食べな」
スタスタとおっさんは調理場に戻っていった。
「……ジークフリートさん、何かあったのかな?あんな怖い顔初めて見た」
「うーん、、、人には色んな人生があるってことだろ。さ、それよか食べようぜ。マズい飯が冷めたら尚更マズくなっちまう」
「う、うん……」
––––––––––
昼から訓練場に行くとナナに積み重ねた石の前に連れていかれた。
ガリガリガリガリ……
「よし、ここに立て」
ナナは石山から10m程離れた場所に線を引きオレを立たせる。
「この線より後ろに下がるな。下がったら晩飯は抜きだ。ジークのおっさんにも言ってある」
「もしかしてこれ、、、マジ?」
「大マジだ。あたしは嘘が大嫌いでね」
ナナがニコリと笑う。
やっぱ美人は笑顔が一番。
いや、目が笑ってねぇから。
ポンポンと石を手で投げ回したあと、鬼が言った。
「いくよっ!」
ビュッ–––––
「いいっ!?」
顔面に飛んできた石を屈んで避ける。
てゆーか、速ぇよ!!
ピッチャーかお前!?
「ちっ、避けるのかい」
舌打ちしよったこの女。。。
「当たり前だろ、殺す気か!?」
「死んだらそんときゃそんとき、だっ!」
ビュッ–––––
「うぉっ!」
ビュッ–––––
ビュッ–––––
矢継ぎ早に石が飛んでくる。
「そらそらっ!」
「ちょっ、まっ、ほっ!!」
数発投げてきたの避けたところで目が慣れてきたように感じる。
(集中しろ、、、目で追えない速さじゃない)
よっ、ほっ、と石をギリギリで避けていく。手足はまだいいが心臓部や頭、顔面も普通に狙って投げてくるこの女。
まぢやべー。てか、速いわ。
「、、、よーし」
「ふぅ……なんとか避け切った、、、ぜ?」
ザッザッザ…
ガシッ
ナナがオレの正面に立ち両肩を掴む。
それからググッと前に引き寄せられる。
「、、、マジ?」
「ああ、、、マジだ」ニコリ
だから、目が笑ってねぇから!
さっきの半分の距離じゃねえか!?
5m!?
ガリガリガリガリ…
あ、マジなんすね。
「さ、いくか」
ビュッ–––––
ガンッ!
「ぐぁっっ!!!」
タラリ……
避けきれずに額に当たった。
星が飛ぶ。
痛えし血も出てきた。
「目を瞑るな」
ビュッ–––––
ガンッ
腹に当たる。
「目を逸らすな」
ビュッ–––––
ガンッ
蹲ったところを肩に当たる。
「顔をあげろ」
ビュッ–––––
ガンッ
足に当たる。
地面に膝をつき蹲ってしまう。
石の当たったところがジンジンする。
それでもナナは投げるのをやめない。
何度も何度も石をぶつけられ、亀のように固まり石がやむのを待つ。
どのくらい経っただろう。
あたりは夕暮れに赤く染まっていた。
「、、、もう石がないか…」
ナナの声と離れていく足音が聞こえた。
最後に、
「石をまた積み直しておけ、そして岩を持ち上げたら終わっていい」
そんな声が聞こえた。
「チハヤ!」
アルの声と駆け寄ってくる足音がした。
亀のように蹲るオレの背中に手を当てる。
「、、、ひどい。こんなのただのイジメじゃ……」
「・・・」
「チハヤ?大丈夫!?チハヤ!!」
「、、、ぶはぁっ!やっと終わった!!」
「チハヤ!?」
「あー、マジ痛かった」
腕の真新しい傷をペロリと舐めながらアッサリと言った。
「やー、気合い入れて石運ぶんじゃなかったな。まさかあの女全部投げ切ると思わなかったし、、、ってアル!?なんで泣くの??」
「うっ、、、うっく、、だって、チハヤが、、、大怪我したんじゃ、ないかって、、、」
ヤバい、アルを泣かせた罪悪感パねぇ。
「だ、大丈夫だって!ほら見てみ?血が流れたところ、ほら!」
「、、、治ってる」
「そ!オレ竜の子だろ?回復力ハンパないんだよ。最近気付いたんだけどさ」
「ホントに、、、ホントに大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ。最初は動けないくらい痛みが激しかったんだけどな、途中から当たっても衝撃あるくらいになって痛くなくなったし、大丈夫よ」
立ち上がってポンポンと飛んで見せ安心させる。
「、、、よかった。でも、今日はもう」
「ああ、そうしたいのは山々なんだけどな。赤鬼さんキッチリ宿題残していきやがったからな」
「そんな!?……じゃあ、僕も手伝うよ」
「いいのか?」
「もちろん!」
ありがてー。いきなり違う世界にきて環境もガラリと変わったけど、こんな仲間が居るのは力強いもんだ。
「よし、サッサと片付けてマズい飯食いに行くか」
「うん!」
(ありがとな、アル)
オレたちは夕暮れの訓練場で、石を拾い始めた。




