帰らずの砂漠
ヴィヴィアンは、遠い東の空を眺めていた。
あの日、あの森で東の空へ飛んでいった姉……
次の日、東へと旅立った愛しい人……
「お姉さま……あの時のあの言葉……出来る事なら取り消したい……そして、ちゃんと謝りたい。テリュースは出会えたのかしら?もう幾日も経っているが2人とも無事かしら?」
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一行が『帰らずの砂漠』に入り、2日程経っていた。
「この先に、町がありますよ。このアッサウディーヤ国のアズハル王子と友人なので城で休ませて貰いましょう」とテリュースがいった。
「それでは、お父様お母様に居場所がばれてしまうわ」
「大丈夫、先に行って事情を話す。そして、友人のよしみで黙って見過ごしてもらう……そうだな……駆け落ちしたって事にするか?」
「えええ!!!だめよ!!!」
「ははは!冗談だよ!!事情なんか話さないでも泊めてくれるさ!!」
一行は城門まで、徒歩で半時間の辺りまでやってきた。
「みんな、ここで待っていてくれ。おれは、アズハルに会って来る」
そう言い残して、テリュースは一足先に出かけた。
テリュースは城門の門番に「よう!」と声を掛け、ズカズカと城に入っていった。
そして、勝手知ったる家とばかりに中庭の鳥小屋へ向かった。
鳥小屋と言っても、インコや文鳥を飼っている訳ではない。
そこに飼われているのは、猛禽の類。
鷹狩用の鷹が、飼われていた。
テリュースは、常日頃アズハルがそこに居る事を良く知っていた。
「よう!久しいな!」
テリュースは、声を掛けた。
アズハルは、振り返った。
「おう!久しいな。噂は色々と聞き及んでいるぞ」
アズハルは近くに居る衛兵に目配せをすると「ひっ捕らえよ!」命じた。
テリュースは、両脇から衛兵に捕らえられた。
「なっ何をする!」
「貴様、よくも白々しく余の前に現れたな!」
「何のことか、分らん!」
「アビゲイル殿の書状によると、貴様は、シャルロット姫をかどわかした罪人」
「なに!……」
「愛しのシャルロット姫をかどわかすとは!」
「おっお前……シャルロットのこと……」
「アビゲイル殿は貴様を見つけ、引き渡せばシャルロット姫との結婚を許すと仰った」
「ふふふふふふ……はははははははは!!!!!」
「何が可笑しい!!!!」
「で、シャルロットの居場所は分るのか??」
「ふん!それは、貴様にゲロさせるまで……連れて行け!!」
「待て!……分った……シャルロットの元へ連れて行こう」
「やはり、貴様が犯人だったか?」
「違う!それは違うぞ!お前は親友の俺の言葉を信じられないのか?」
「もはや、貴様など余の友では無いわ!」
「聞いてくれ!わが国のドラゴン騒ぎは聞いているか?」
「知って居るがそれがどうした」
「そのドラゴンは、シャルロットなんだ」
「何を世迷言を……馬鹿馬鹿しい」
「本当だ!その呪いを掛けたのがアビゲイルなんだ!信じてくれ!」
「なに!それは真か!」
「今から、案内する。本人の口から聞くといい」
アズハルは、振り返った。
「行くぞ!その者を連れて参れ!縄を解く事はまかり成らん!さぁ案内致せ!」
「分った」
「もし、口から出任せならば、国に帰るのはクビだけと思え」
テリュースは、後ろ手に縛られたままシャルロットの待つ場所にアズハルを案内する事に成った。
「ほら、あそこだ」
ナツメヤシの木陰にテントが張られていた。
「おーい」テリュースが呼ぶと、ユンユンが顔を出した。
テリュースが縛られ、何人かの男に連れられている様子を見るとテントの中となにやら言葉を交わした。
3人が出てきた。
「シャルロット姫!今すぐお助けいたします!」とアズハルが言った。
「アズハル王子!なぜテリュースが縛られてるの?」
「ご安心ください、今すぐお父上の所にお連れ致します」
アズハルが手を上げると騎馬の兵隊が、テントをくるりと取り囲んだ。
「それは、困ります。今すぐ、テリュースの縄を解いて」
「姫、この男は、恐れ多くも姫を化け物と申した。姫!真実をお聞きしたい!この男の申すことは真であろうか?」
「それは……本当です……私……ドラゴンなんです」
「ほら見ろ、本当の事であろう」
「お前は、黙って居れ!姫!では、証拠を見せて頂きたい!この男がペテン師でない証拠を!」
「それは……」
『そう……あの時は満月でなくても変身出来たんだから……今、変身出来る筈……』
「私は、この男と引換に貴女との結婚をアビゲイル殿に許された」
『え……』
「アビゲイル殿は、凶悪犯に付き生死は問わないと言われた」
『……』
「貴女は、この男に言葉巧みに騙され、かどわかされたのでは無いのですか?」
「それは、ちがいます!!」
シャルロットは意を決して、着ている衣服を全て脱ぎ、一糸纏わぬ姿になった。
「!」
そこにいる、全員がその美しい姿に息を呑んだ。
『ユンユンに貰った素敵な服を、破いてしまう訳にはいかない』
「ひ・ひ・姫!!!!わわわ!!!!分かった!もう良い服を着よ!」
アズハルは狼狽した。
シャルロットは胸の前に手を重ね、何かに祈るような仕草をした。
姫の背からコウモリのような羽が生え、『かっ』と見開いた目は赤く爛々と光った。
「その男の縄を解き、開放するのだ!」
シャルロットの口から放たれた声は、シャルロットのそれとは違う野太い声だった。
全身が金色に輝くと見る見る大きな身体となり、美しいドラゴンとなった。
その姿は神々しく、どこか女性的であった。
「あ・あ・あ……これは……」
アズハルは、言葉もなかった。
そして、土下座した。
「すまぬ!ゆるせ!実は、母が病気なのじゃ!国中の医者に見せたが、快方には向かわなかった。そんな折、アビゲイル殿を思い出したのだ。もしかしたら、アビゲイル殿なら治す方法を知っているやも知れないと……余は、アビゲイル殿に書状を書いた……その返事が来た、昨日の事だった。『そこにテリュースが現れる。テリュースはシャルロットを拐った罪人、引き渡せば私の持つ薬草を分けよう』と、その薬草は、わが国にも生えているのだが……その草が生えるのは、ルフの巣のある断崖絶壁なのだ」
ルフとは、象をも喰らうと言われる怪鳥の事であった。
テリュースが口を開いた。
「アズハルらしくない、取りに行こうぜ、その薬!」
「なに!行ってくれるのか?」
「なあに、背中に羽が生えたお姫様が採って来てくれるさ!」




