変身
その日の午後。
イルハン兵士長の前に伝令兵が、やってきた。
「報告いたします。村人の証言を基に森を捜索した結果、沢山の死体と共に姫を発見し、身柄を保護いたしました」
「おお!でかした」
「しかし……」
「なんだ、言ってみろ」
「大変申し上げにくいのですが…あの……」
「それでは、伝令にならんではないか!はっきりと報告せよ!」
「は……はい……姫は、そのー……全裸でして……」
「な……なに!」
イルハンは口をパクパクし、驚きを隠せなかった。
「この事は他言無用、現場に居た兵士たちにも、そう伝えよ」
「は!」
伝令兵は、去っていった。
『さて、国王になんと報告して良い物やら……』
イルハンは、重い足取りで国王の間へ向かった。
「なに、シャルロットが見つかったとな!」
「はい」
「でかしたイルハン!褒美を取らす!」
「有難き幸せで御座います……が……」
「うん?なんだ?褒美は要らんのか?」
「いえ、そう云う事ではなく、姫の事ですが……あのう……全裸で発見されたそうです」
「な・な・な……なんと申した!」
「はだかで見つかったそうです……」
「なにーーーーー!!見つけた兵士を呼べ!!!!!!全員打ち首じゃ!!!!!」
「国王陛下!兵士には何の落ち度も有りません!平にご容赦を!!」
「ぐぬぬ……わ・分かっておるワイ……」
国王は不満そうだった。
そこへ王妃が現れた。
「話は、聞きました。まさかと思うが、身分卑しき者達に純潔を奪われたのではあるまいな!」
イルハンは目を白黒させた。
『もし仮にその様な事が在ったら、衛兵を立てておきながら姫を城外へ攫われた責任はま逃れないな……』
「姫の御体は、現在、城付きの医士に調べて貰っております。万一の事が仮に在ったとしたら、このイルハンの首で部下達の不始末はお許しください」
「その言葉、よく覚えておれよ」
その言葉を残して、王妃は立ち去った。
「心配有りません、乱暴された形跡は無いです」と医師は言った。
その言葉に一同「ほっ」と胸をなで下ろした。
中でもイルハン兵士長の安堵の表情は、ひとしおであった。
『しかし、ならば何故裸だったのだろう?』
イルハンは、ふと浮かんだ疑問を振り払った。
『これで、一件落着。下手に騒ぐのはやぶ蛇だ』
こうして、暫くは何もない日が続いた。
ドラゴン騒ぎも誘拐騒ぎも忘れ掛けたある夜の事だった。
シャルロットは、また同じような夢をみた。
いや、それが夢なのかどうかハッキリしない。
『また飛んでる……きもちいい……月がキレイだわ』
しかし、しばらく飛んでいるとこの前の出来事を思い出した。
そして湖畔に降立った。
『この前は、ここでお祭りをしていて……私も混ぜて欲しくて……』
シャルロットは、その後起きた惨劇を思い出し身震いした。
『怖い……侍女たちが噂していた……ドラゴンが現れたって……』
シャルロットは、自分の手のひらを見つめてみた。
しかしそこには、ゴツゴツとした鱗に覆われた指と、鋭いカギ爪が有った。
『ああ……』
シャルロットは、湖に自分の姿を映して見た。
そこに映るのは、恐ろしくも美しいドラゴンの姿だった。
『これは夢よ!夢に違いないわ!……でもこの前は……気が付くと裸で……沢山の人が死んでいた……私が殺してしまったの……』
シャルロットは泣いた。
その涙は湖に落ち、落ちた涙は美しい宝石になった。
『そうだわ……この前は、帰れなくて大騒ぎに成ったから……今日はちゃんと帰ろう……そうすれば、私さえ黙っていれば……だれもこの事に気づかない』
シャルロットは飛び立った。
そして、城の近くに来ると
『どうしよう……こんな大きな身体じゃ部屋に入れない……』
仕方なく、城の塔の天辺に留まりしばらく月を眺めていた。
「コケコッコー」
鶏の声が聞こえ、夜が白々としてきた。
『どうしよう……このまま元に戻らなかったらきっと、撃ち殺されてしまう……城の皆と戦えばきっと死人が出る』
そうこうする間に日が昇ってきた。
シャルロットは、自分のドラゴンの手の中に、薄らと人間の手が見えることに気が付いた。
『あ!夜が明けると、もどる事が出来るんだわきっと!』
大慌てで太陽が昇りきる前に、自分の部屋のバルコニーに降立った。
すると見る見る人の身体に戻っていった。
シャルロットは、大喜びで裸のままバルコニーで踊りだした。
そこへ侍女が、入ってきた。
侍女は裸で踊るシャルロットを見て、目を白黒させた。
「まぁ、姫様!なんと言う……」
続く言葉を失った。
大急ぎでベッドのシーツを引き剥がし、シャルロットに被せた。
「姫様、とにかく湯浴みをしましょう」
そう言って、そのままの姿で浴室に向かった。
そして、湖畔近くの村の家。
「ねぇねぇ、おかぁちゃん!!!!見て見て!!!湖で拾ったの!!!!」
子供が、宝石を見つけ親に見せた。
「これは……大変高価な物だわ」
大人達は、慌てて湖に行った。
「確かにこの辺だったんだな」
「うん、そうだよお父ちゃん!」
湖の浅瀬にキラキラと光る物が見えた。
そんなに沢山では無いが、確かに宝石が落ちていた。
その家族はその宝石を市場に持って行き、商人に売り捌いた。
3年は遊んで暮らせる金になった。
そして、その日の内に大変な噂になり人々は湖に群がった。
がしかし、宝石はもう落ちていなかった。
人の妬みとは恐ろしいもの。
『宝石を拾った家の女は、魔女に違いない』と言う噂になり。
その噂は、ついに王妃の耳に届くまでになった。
ついには、『魔女を捕らえよ』と言う命が下りた。
捕まった母親の「子供が湖で拾った」と言う言葉は聞き入れられず。
「湖に自然に在る物ならば、なぜ今取れない」とされた。
そして、財産没収の上、子供達の面前で火炙りにされた。
シャルロットは、またもや自分のせいで人が死んだと嘆いた。
しかし、その事は誰にも言えなかった。
シャルロットは、自分があるきっかけでドラゴンに成ってしまう事に気付いた。
それはどうやら、満月の晩と言う事にも。
そして、多くの人がその事で死んだ事を悲しんだ。
「どうして、こんな事に成っちゃたんだろう」
幾ら悩んだところで、何の解決策も見つからなかった。
「とにかく、満月の晩には誰にも会わないようにしよう」
コンコン!
誰かが、ドアをノックした。
「お姉様いらっしゃいます?」
妹のヴィヴィアンの声だった。
「どうぞ、お入りなさい」
シャルロットは、ヴィヴィアンを部屋に迎えた。
「お姉様、近頃お元気ないみたいだから、ヴィヴィが元気付けてあげようと思ったの」
ヴィヴィアンは腹違いの妹だったが、幼い頃に母親を亡くしたシャルロットに取って、朗らかで優しいヴィヴィアンは心の寄りどころで有り、城内で本当に心の許せる数少ない存在であった。
シャルロットは、ヴィヴィアンの優しさについ涙がこぼれてしまった。
「あら、どうしたのお姉様、ヴィヴィがいけなかったの?」
「違う、違うの…ありがとう」
「ヴィヴィは、いつでもお姉様の味方よ。たった二人っきり姉妹だもの」
シャルロットは、ヴィヴィアンに悩みを打ち明ける決心をした。
「あのね……」