冤罪
パカッパカッと馬が歩く音が、早朝の城下に響いた。
「なんだあれ」
こちらに向かってくる影を指差し一人の門番が言った。
馬に乗る人影2人、縄に縛られた人影1人。
馬上の人間はアズハルとシャルロット、縛られた人間はテリュースだった。
アズハルは門まで来ると「罪人テリュースを連れて参った、国王陛下にお目通り願いたい」と門番に告げた。
一行は、玉座に座るライグランド国王とアビゲイル王妃の前に通された。
「おおシャルロット、父は心配のあまり夜も眠れなんだぞよ!」
「ただいま戻りました。ご心配おかけ致しまして、申し訳御座いません」
シャルロットは無表情に短く言った。
「良いのだ良いのだ、無事で何よりだぞ」
親子の会話にアズハルが、割って入った。
「国王様、王妃様、約束どおりテリュースを捕まえてまいりました。私とシャルロット姫の結婚をお許しいただきたい」
「おおそうであったな。アズハル殿、この度はなんと申したらよいか!礼を言うぞ!結婚についてはもちろん依存は無い……」
「失礼ながら!!」
縛られたまま膝を付き俯いていたテリュースが口を開いた。
「国王陛下は嘘偽りを仰せか!!」
「何を貴様!罪人の分際で!!!」
「国王陛下は、ドラゴンを討伐したものに娘との結婚を許すと申された。あの言葉をお忘れか!!シャルロット姫はドラゴンで、私こそがドラゴンを捕まえた!!シャルロット姫との結婚をお許し願いたい!!!」
「ぐぬぬぬぬ……貴様のような奴を盗人猛々しいと言うのだ!!軟禁した公爵と婦人を連れて参れ!!3人とも即刻首を刎ねよ!!」
「待ってくださいお父様!!!」
そこへ現れたのは、ヴィヴィアン姫であった。
「テリュース様の言うことは、真に御座います。私は姉上がドラゴンに姿を変えるのをこの目で見ました!!!」
「な……なんだと……それは真か?」
「はい、真に御座います。そして、姉上をドラゴンに変える呪いを掛けたのは、他ならぬ母上に御座います!!!」
そう言いながら、ヴィヴィアンはアビゲイルを指差した。
「ヴィヴィアン!そのような無礼な物言いは、娘とは言え許しませんよ!」
アビゲイルは激怒し、物凄い形相でヴィヴィアンを睨んだ。
「いいえ、私がこの事を今の今まで口にしなかったのは、この事が知れれば私もまた呪われると思ったから。でも、テリュース様の居ない世に未練はありません。あなたをもう母とは思いません、この魔女め!!」
「ぐぬぬ言わせて置けば!!」
アビゲイルの形相に国王はアワアワと慌てふためき「これ、ヴィヴィアンもアビゲイルもいい加減にせぬか……」と言うのが精一杯であった。
「ちょっと待ってください。アビゲイル様……まさか、アッサウディーアにドラゴンを嫁に出すつもりだったのですか?」
アズハルはアビゲイルに問うた。
「わらわの窺い知らぬことじゃ」とアビゲイルはしらを切った。
「知らぬでは済まされません。輿入れした後にドラゴンにでもなられたら国際問題。場合によっては戦に成りかねませんがよろしいか」
その言葉を聴いて国王の顔は青ざめた。
アッサウディーアといえば、勇猛果敢で知られる大国。戦争にでもなれば敗戦必死なのであった。
「まぁまぁ何事かしら?孫が帰ってきたと聞いて、来たのだけど」
そこへエリシアが現れた。
「あら!シャルロット!その服は異国の服ね!綺麗だわ!どこで買ったの?私も一着買おうかしら?あらあら、どうしたの?テリュースが縛られているではないの?」
「お婆様、お願いがあるのです」シャルロットが口を開いた。
「何かしら?」
「お婆様の真実を映し出す水晶玉で、私を占ってほしいのです」
「……ショルロット本気なの?それは貴方が何者かここに居る全員に知られる事になるけど……」
「そうです。私の正体がドラゴンでなぜそうなったのか、私をドラゴンにしたのは何者か……すべてを明かして欲しいのです。でないと、テリュースと公爵夫妻が打首になるのです」
「まぁ酷い!まさかミッターマイヤー殿あなたがそんな酷いことを言ったのですか?分かりました……占いましょう。水晶をこれへ!」
しばらくすると侍女が水晶を持ってきた。
「母上、まさかこの者達の世迷言を真に受けるのですか?」アビゲイルが、少し慌てた様子で言った。
「あらアビゲイル、あなたも占い師の端くれならばわかるはず。占わずとも慌てると言う事は、すなわち……あなたは私の娘の偽物ということ……」
「ぐ……かくなるうえは!!」アビゲイルはワナワナと打ち震えた。
「まってください!もうあなたが何者であろうとどうでもいいわ!!」
シャルロットがアビゲイルの前に立ち、目を見据えてそう言った。
「だって私、もうとっくの昔に死んでいて、今ある体はドラゴンのものなんだもの……と言うことは、この国の姫ではないわ。だから、出て行くのは私。私はテリュースと暮らすことにする。公爵夫妻もテリュースも姫をさらったわけでは無いのだから、無罪放免なはず。そうですよねお父様……では無くて国王陛下」シャルロットは、国王の前にひざまずき、頭を下げた。
立ち上がり振返ると「アズハル!そういうことなんで、私は姫でもなんでもないの、せっかくの申し出だけどお断りするわ。さっ行きましょうテリュース」
シャルロットはナイフでテリュースの縄を切った。
「最後にお父様とここに居る皆さん、早く逃げてください!!」
言うや否やシャルロットとテリュースは、手を繋ぎ一目散に駆け出した。
「ヴィヴィアン姫、エリシア様こちらです。逃げましょう!」アズハルも駆け出した。
城の大広間に居た面々は一瞬呆気に取られた様子であったが、アビゲイルの様子を見て蒼白になった。
「うわー」何者かが叫び声を上げて逃げ出すと、一斉に蜘蛛の子を散らすように方々に逃げ出した。
「あ……アビゲイル……余はそなたを信じるぞ」国王の笑みは引きつっていた。
アビゲイルが一瞥すると国王は腰を抜かし、その場にしりもちをついた。
アビゲイルを見る国王の視線はどんどん高くなっていき、大きな影が国王を覆いつくした。
「た……助けてくれ……だれか……」国王が、懇願する目で辺りを見回したが、既に大広間には人っ子一人残っていなかった。
「あわわわ……」国王はその場で小便を漏らした。
大きな影は、一歩二歩と後退しバサバサ羽ばたくと飛び立った。
次の瞬間ガラガラと音を立てて大広間の天井が落ちてきた。
「あ……ああ……」
国王は、哀れにも下敷きになり絶命した。




