禁断
-18年前
ヤクザ者同士の喧嘩で深手を負った私は森で行き倒れた。
長い時間眠っていたのだろうか、気が付くと布団に寝ていた。
見渡すと見知らぬ部屋だった。
そこへ、ある女性が部屋に入ってきた。
女性は、シュエラン(雪蘭)と名乗った。
彼女は、優しい笑顔で私を介抱してくれた。
彼女の薬は、驚くべき効き目を持っていた。
生死を彷徨う深手は、数日で良くなった。
私は、日々介抱してくれる美しい彼女に惹かれていった。
村には、不思議な事に男の姿が無かった。
皆、出稼ぎに出ているのだという。
私は暫く村に滞在して、力仕事を引き受けた。
いや、それを口実にシュエランと一緒の時間を過ごしたかった。
ある日、遂に自分の気持ちをシュエランに打ち明けた。
シュエランもまた、私のことを好きだと言ってくれた。
二人が男女の関係になったのは、それから直ぐの事だった。
私は、シュエランに求婚し、自分の家に来て欲しいと言った。
がしかし、彼女の答えは否だった。
そして、彼女は「皆に知られずに行かなければならない場所があるので、夜、皆が寝静まった頃に迎えに来る」と言った。
夜が更けた。
私は、待ち合わせ場所の村はずれの森の入り口に立っていた。
やがてシュエランが現れた。
シュエランは、いつになく神妙な面もちで「さあ、こちらです」とだけ言って、森に入って行った。
私はシュエランの後をついて行った。
シュエランは松明も持たず、暗い森をドンドン進んで行った。
今思えば不思議だが、その時はなんとも思わなかった。
ただひたすらに、彼女の後を追いかけた。
やがて大きな泉のほとりにたどり着いた。
シュエランはそこで衝撃的な事を話し始めた。
自分は、人間ではなく龍だと。
村に男が居ないのは、代々村にはメスの竜しか産まれないからだと。
そして、何年かに一度、適齢期を迎えた娘は人間を誘惑し種を授かることをすると。
そして、用が済んだ人間は食らうのだと……
「では、私を食らう為にここへ来たのか?」
私は、そうシュエランを問いただした。
するとシュエランは泣き崩れ「あなたを愛しています……だから殺せない……そして、このおなかに授かった娘にこの恐ろしい事をさせたくない……だから、ここに来たの」と言った。
「ならば、一緒に逃げよう!」と私は提案したが、シュエランは首を振り「私が人間の姿でいられるのは、村とこの森の中だけです。人間の世界へ行ったら、龍の姿になってしまうのです」と言った。
「ではどうしたら……」
私は狼狽した。
八方塞がりだった。
村に居たら食われてしまう。
いくらカンフーが強かろうが、龍には勝てない。
ましてや、一匹ではないのだ……
シュエランは口を開いた「この泉の水に浸かると、は龍の心は消え人の心と姿だけ残るのです」
私はパッと目の前が明るくなった気がしました。
「なんでそれを早く言わないんだ」
私がそういうと、シュエランは再び首をふり「人に成るのは私ではありません、この子です。そして人に成れるのは一年に一人だけ……私のすることは一族の掟を破ること、来年また同じことは出来ないでしょう」とお腹を擦った。
「しかしまだ腹の中で、形にもなっていない赤ん坊……」私がそこまで言うとシュエランは言葉を遮り「人と竜は違います。竜には10ヶ月も必要ないのです」そこまで言うと両手を広げ夜空を仰ぐと、純白の美しい竜へと変貌した。
「出でよ守護者よ」シュエランがそう叫ぶと泉の上の空中に裂け目が出来、中から黒く禍々しい姿の竜が現れた。
「ぬしはシュエラン。大きくなったものよのぉ。我がこの泉の守護者に成った頃は、小童だったものを」
「偉大なる毒龍ドゥジュェンよ。どうか、この小シュエランの願いを聞いてください」
「ふむ……申してみよ」
「今から私は、この男との子供をこの泉に産み落とします」
「なんと!ぬしは、掟を破ると言うのか?」
「はい。黙って見逃して頂ければ、貴女のお役目を引き継ぎましょう」
「それは真か!守護者とは聞こえは良いが、次に希望するものが現れるまでここに封じ込められていただけのこと……我の力を恐れるあの忌々しい長老どもに……」
「はい、真にございます。晴れて人間になった娘とこの男を人の里に連れて行ってくださいませ。さすれば、その後、何処なり望みのままに行ってくださいませ」
「赤ん坊と男を人里に連れて参れば良いのだな?ぬしが代わってくれるのだな?」
「はい」
「よし!では、とっとと子供を産め!!」
「はい」
シュエランは尻を泉に向けると人の形をした赤ん坊を泉に産み落とした。
「さあフェイフォン、早く取り上げてください」そう私に促すと、シュエランはさっき黒い龍が現れた裂け目に入っていった。
「さあ行くぞ。シュエランとの約束は守ろう……二人とも食ってしまってもいいのだからな!……」黒い龍は少しイライラしながら言った。
「ちょっと待ってください、このままでは赤ん坊が凍え死んでしまう」
私は、シュエランが脱ぎ捨てた衣を赤ん坊に巻き、黒い龍にまたがった。
黒い龍は私達を森から離れた街道沿いに下ろすと「よいか、教えといてやろう、龍の一族はお前達を許すことは無いだろう。必ずや見つけ出しその子供を奪いにやってくる」そういい残し空へ消えていった。
そして私は、かつての恩師のソ老師を訪ね、ユンユンを預けた。




