知らされた真実
渋沢とフェイフォンの一騎討ちを一部始終を見る視線があった。
それは、先程食い逃げした娘の眼だった。
「どうしよう……父上が殺されちゃう……」
先程食い逃げしたのは、渋沢の娘の初音だった。
初音は、太刀を折られ脇差を奪われる処まで見ると一目散に駆け出した。
ガタン!
初音は、シャルロット達の食事をしている食堂の戸を勢い良く開けた。
暫くキョロキョロと店内を見渡すと、ユンユンの姿を見つけ駆け寄りユンユンの袖を引っ張った。
『この人達、さっきあの爺さんと話をしていた。きっと知合いだ』
「おねがい、一緒に来て!父上が殺されちゃう」
娘は、その場に居たシャルロット達に必死に懇願するが、全く言葉は通じなかった。
ただ、その必死さは通じた様だった。
「あっ!この泥棒猫め!!」
奥から店主が現れた。
初音は、慌てて逃げ出した。
「待てコラー!」
店主が追いかけようとすると、テリュースが制止した。
「あの子の分は、私が御支払いする。許してやってくれ」
それを聞くとアズハルが手を叩いた。
「さぁ、君達はあの子を追いかけてやってくれ。俺が払って置くから」
一同は、目配せをしてアズハルに一礼をして店を出た。
「さぁ店主、これで足りるかな?」アズハルは、店ごと買える程の金貨を積み上げた。
シャルロット達が店を出ると、当然ながら初音の姿は無い。
暫くキョロキョロと周りを見渡すと、なんと店の屋根から初音が飛び降りてきた。
「有難う」と言うとユンユンの袖を引っ張り「こっちこっち」と言いながら駆け出した。
店から然程遠くない所に、フェイフォンの大きな薬屋が在った。
初音は、すばやく塀を飛び越えると内から裏門の閂を外した。
一同は初音に誘導されるがまま、中庭になだれ込んだ。
中庭では、渋沢を中心にフェイフォンとソがしきりに何か問いかけているようだった。
当然、全く言葉は通じない様子だった。
一同が近づくと、渋沢は何かに気付きシャルロットに襲い掛かった。
素早い動作で懐に飛び込むと、袖口と襟首を掴むとクルリと反転した。
『いかん!あの技だ』テリュースは、昼間見た娘の技を思い出し咄嗟に体当たりした。
体制が崩れ、3人とも倒れこんだ。
「何をする!」フェイフォンが叫んだ。
渋沢は何とも言えぬ表情をして、身振り手振りで書くものをよこせと言っているようだった。
フェイフォンが、筆と紙を用意した。
渋沢は、紙に東国のそれとは似ているが違う言葉を書き始めた。
私は女に化けた毒龍に呪いを掛けられ、貴方達の殺害を命じられた。
失敗は、死を意味する。
そして、そこに居る西洋人もまた毒龍だ。
私は、もう死ぬ。
願わくば、娘を頼む。
と書すると、着ていた服を脱いだ。
すると、胸の辺りに大きな出来物が出来ていた。
それは、青黒い蟹が胸にへばり付いている様だった。
そして、2、3度咳き込んで、その場に倒れこんだ。
フェイフォンが、助け起こすと口を覆った手が血で真っ赤に染まっていた。
渋沢は、フェイフォンの襟首を掴みカッと眼を見開いた。
「娘をたのむ」そう言ってガクリとうな垂れた。
フェイフォンが「おい!おい!」と呼び起こしたが、絶命していた。
初音が駆け寄り、渋沢の亡骸に縋り付き泣き崩れた。
ソは、渋沢が書いた紙を拾い上げしばし眺めていた。
「どうやら、毒龍に呪われたと書いてあるみたいじゃの……姫様身に覚えは?」
シャルロットは、ぶんぶんと首を振った。
「じゃあ、女に化けた毒龍がもう一匹いるってことじゃな……」
シャルロットは、目をカッと開いた。
「そいつが、我々の旅を邪魔しているわけだ……」
「シャルロット姫よ、大切な事を話さなければ成らない」
ソがそう言うと、ファイフォンは「さぁこちらに」と一同を広間に招いた。
フェイフォンは使用人を呼び、渋沢の亡骸を道場に運ばせた。
そして初音に「丁寧に埋葬しよう」と言った。
初音は、何の事だか分からない様子だったが、首を縦に振った。
フェイフォンは、使用人に遺体を運んだら初音に食べ物と部屋を与える用に言い付けた。
「嬢ちゃん、ここに住みなさい。もちろん働いてもらうよ」と言って広間に戻った。
一同は、テーブルについて待っていた。
「では、始めようかの」
「シャルロット姫、あなたに初めて会ったとき『龍の心無くなる』と言ったこと覚えているかね」
シャルロットは「はい」と答えた。
「心は無くなるのじゃが、体が元に戻る訳では無いんじゃよ」
「えっ!」
「そなたの体は、当の昔に龍に食べられてしまっているのじゃ」
「そんな……じゃぁ私は一体誰なの?」
「東国に古くから伝わる、禁断の反魂の呪法によって龍の体に魂を乗り移させたのじゃ」
「それじゃ、元に戻れないの?」
「龍の泉に行けば、龍の心は封じ込めることが出来る。だから、己が望まなければ、二度と龍の姿に成る事は無い」
もはや、シャルロットは放心状態であった。
そのときであった、急にフェイフォンがテリュースに近づき「それでも貴方は、彼女を愛せますか?」と言った。
テリュースは何のことか分からなかった。
ソが、「それでも貴方は、彼女を愛せますか?」と通訳した。
テリュースは立ち上がりシャルロットの元に行き、そっと手を取り片膝をついた。
「たとえ、どんなことが有ろうと私は貴女を愛します。結婚してください姫!」
その言葉にシャルロットは我に返り、テリュースに抱きついた。
「少々焼けるのぉ、もうその辺で良いじゃろ」
シャルロットは、赤面して下を向いた。
「これから行く龍の泉じゃが、そこは龍にとっての聖地じゃ。簡単に入ることは出来ない。そして、そこを守護する龍が居る……ユンユン……お前の母じゃ」
「ええ!」そこに居る、フェイフォンとソを除く全員が声をあげた。
「ユンユン、お前は、そこに居るフェイフォンと泉を守護する龍の間に産まれた子なんじゃ」
ユンユンの目が、フェイフォンに釘付けに成った。
『あの人が……お父さん』
「すまん……ユンユンよ……父を許してくれ…そう、あれは私がヤクザもの同士の争いに傷つき、何も知らず逃げ込んだのが、龍の泉のある深い森だった。身体の傷から悪い病が入り、森を彷徨う内に行き倒れてしまった……」




