日出ずる国の武芸者
「さぁコッチコッチ!!」ユンユンは張り切っていた。
一行は港に着き、遂に東国の地を踏んだ。
当然、アズハルが安い宿屋など泊まるはずなく、近辺で一番高級な宿を「貸切」にした。
蘇化子は、そそくさと身仕度をすると「ちょっと、薬を買ってくる」と言って出掛けて行った。
そんなこんなで、ユンユンが自ら案内を買って出た。
「えっと……あれ?」どうやら迷ったようだ。
「おいおい、大丈夫か?」アズハルが茶化した。
一行が辻で立ち往生していると『ドン』誰かが後ろからぶつかって来た。
その反動で道端に転んだのは、年端も行かぬ少女だった。
「待てー!このガキャー!」どうやら追われているようだ。
顔立ちは、ユンユンと同じような東洋人の顔だったが、着ている服装が少し違うようだった。
「この野郎、食い逃げたぁふてえ野郎だ」追ってきた男がその少女に掴み掛かると、少女はその手の袖口を掴むとクルリと反転しながら懐に入った。
次の瞬間男は、つむじ風に巻き上げられた木の葉のように宙を舞っていた。
『ドスーん!』男は背中から地面に落ちた。
「いててて!」男がもがいている内に少女は又逃げ行った。
「ヒュー」アズハルは口笛を鳴らした。
『あの子、男が落ちる瞬間引き手を引いて、頭から落ちないようにしてた……そしてあの技は……』 ユンユンが思いに耽っていると。
「なかなかの腕前じゃったな」後ろから声がした。
一行が振り返ると、蘇化子が立っていた。
「おじいちゃん!」
「丁度、薬を買い終わって外に出たら出くわしてのう……あの技は柔術だな」
「柔術?」シャルロットが訊ねると
「日出国の武術じゃ……実際硬い地面に叩きつけられると打ち所によるとシャレにならんな」
そうこう、会話をしていると
「やいやい、お前らさっきのとグルか?」男が立ち上がり因縁をつけてきた。
「いや、違うが……」
「ここが、フェイフォンさんのしまだと分っているのか?」
「分って居るぞ」
「一体これは何の騒ぎだ」後ろから声がすると、野次馬がさーっと道を開けた。
堂々とした風格のある人物が立っていた。
「あっ!フェイフォンさん!食い逃げされちまって、そいでもって追いかけたらこいつらに邪魔されたんです」とんだ言いがかりを付けられた。
「おお!久しいなフェイフォンよ」
「おおこれは老師!御久しぶりです!」
食い物屋の男が何の事か分らずキョトンとしていると「こら!この方は、私の師であるぞ!」といって一喝した。
食い物屋にしてみれば踏んだり蹴ったりな話だ。
「フェイフォンよ、お前の店に薬を買いに行ったのだがお前は留守だと言われてのう」
「そうでしたか御師よ。で、どの様な薬が要り用ですか?」
「最近、歳でのう。少し目眩がするのじゃ」
「分かりました、それでは……」そこまで言い掛けてフェイフォンは言葉を無くした。
フェイフォンの眼は、ユンユンに釘付けに成っていた。
「あああ……まさか」見る見るフェイフォンの眼に涙が浮かんできた。
「フェイフォンよ、道端では何だからお前の店に行こう」蘇化子は、半ば強引にフェイフォンを連れて行った。
その場に居た一同はキョトンとしたままだった。
テリュースが食い逃げされた店主に尋ねた「主人よ、我々が店に行ってもよいか?腹が減っているのだ。金ならチャンと有る。何ならさっきの子供の分も払っても良いぞ」
「左様で御座いますか!ありがとう御座います。では案内いたします」
一同は、店主の後に付いて行った。
「師よ……あの子は、ユンユンか?」
「そうじゃよ」
「ああ……娘よ……」
フェイフォンは、ユンユンの実の父親であった。
「実は、ユンユンはライグランドの姫様の所に行くことになったのじゃ。その事を伝えようと思っての」
「そんなに遠くに行ってしまうのか……」
「その前に行かなきゃ成らないところがある」
「何処でしょう?」
「龍の泉じゃよ」
「なっなんだって!」
「数奇な運命よのぉ……ライグランドの姫様もまた龍の子じゃ」
「え!」
「そうじゃ、ユンユンと同じ龍の子。そして、ユンユンの母が守護する龍の泉に龍の【心】を消しに行く。ユンユンがした様にの」
その時であった。
コンコンと戸を叩く音がして、ソとフェイフォンは振り返った。
開け放たれた戸口に男が立っていた。
男は、東国の衣装とは少し違う服を着て腰に帯刀していた。
『こいつ……いつのまに』とソは心の中でつぶやいた。
ソにもフェイフォンにも気づかれず部屋に入る事の出来る男が居るなんて、信じられない事であった。
「無影脚の黄飛鴻殿と酔拳の蘇化子殿とお見受け致す」
東国の言葉では無かった。
二人には何を言っているかは分からなかったが、この男が何をしに来たかは察しが付いた。
「拙者、渋沢厳左衛門と申す。故あって、御命頂戴仕る」
そう言って渋沢は、中庭に出た。
2人が中庭に出ると、渋沢はごく自然体に立っていた。
一見ボケッとしている風に見えなくも無い。
しかし、達人の目には渋沢の放つただならぬオーラが映っていた。
『こやつ……出来る!!』
暫し睨み合っていたが、沈黙を破ったのは渋沢であった。
「参る!!」というや否や全くの予備動作も無く滑るようにフェイフォンの前に飛び込むと、眼にも留まらぬ速さで刀を抜いた。
フェイフォンは飛び退いた。
空中に舞う落ち葉が、宙に舞ったまま一文字に真っ二つに成った。
「ほう、さすがフェイフォン殿、今の一撃をかわすとは」
着地したフェイフォンの服が横一文字に切れていた。
服の下の腹にも一筋のごく浅い傷が出来ていた。
フェイフォンは、腹に出来た傷の血を手で拭いペロリと舐めた。
傍目にもフェイフォンの殺気がドンドンと増していくのが見えた。
渋沢が上段から袈裟切りにしてきた。
シュンと風を切る音がすると、其処にフェイフォンの姿は無かった。
一瞬のうちに渋沢の右手に回ると、刀を握る手の甲に向け前蹴りを放った。
渋沢は、それを刀を離してかわした。
フェイフォンは、渋沢の鳩尾辺りに後ろ蹴りを放つ。
かわしきれず渋沢は、後方に倒れた。
渋沢は2回3回と転げ胸を押さえて身体を起こしたが、背後から首筋に冷たい金属の感触を感じた。
「待て!フェイフォンよ!」ソが、フェイフォンをとめた。
「これだけの男、殺すには惜しい」
フェイフォンは宙に放り投げると、正に無影、影も映らぬ素早い前蹴りを刀に浴びせた。
刀は、パンと言う音と共に真っ二つに折れた。
「これは、預かるぞ」そういってソは、脇差を帯から抜いた。




