はじまり
『これは夢かしら?……空を飛んでるみたい……』
眼下に広がるのは、漆黒の森。
その向うに大きな湖が見えた。
湖面に蒼い月が映っていた。
『アレは、何かしら?』
湖畔に、森の木々が開けた広場が在った。
広場では人々が火を囲み、ギターや笛を演奏し、歌を唄うもの、切り株を棒で叩いてリズムを取る者、輪に成って踊るもの、それを見ながら酒を酌み交わすもの……
村人たちが、宴会を開いている様であった。
『わぁ楽しそう』
彼女は、広場に降り立った。
すると村人たちの顔が、みるみる恐怖にひきつった。
『なに?いくら私が姫だからって驚きすぎ!』
「わーーーーーー」一人の青年が声を上げて逃げ出した。
それを合図に村人は、各々蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
『チョット!!!なによ!!!』
彼女は、少し怒りを感じた。
『待ちなさーーーーーーい』と叫んだ。
その声は、青黒い霧と成って、逃げ惑う村人たちの背後から降りかかった。
村人たちは、バタバタと倒れ、喉をかきむしり、次々と死んでいった。
『え……なんで?何が起こったの?』
彼女は、軽い眩暈を感じるとフッとその場に倒れこんだ。
ズシンと地面が鳴った。
つぎの朝。
「シャルロット様、そろそろ朝食の時間で御座います」
侍女がシャルロットを起こしに来たが、ベッドには誰も居なかった。
シャルロットの部屋には、今しがた侍女が入ったドア以外出入り口は無かった。
そのドアには交代で衛兵が番をしており、トイレも浴室も御付の者が必ず一緒に行く事に成っていた。
「衛兵!シャルロット様が居らっしゃらない!」
窓は開いていたが、下は断崖絶壁でとても降りられる高さではなかった。
まぁ、そうする事で不埒な輩が、近づく事が出来ないように成っているのだが……
城内は上に下にの大騒ぎになった。
イルハン兵士長は朝の謁見の支度をしていた。
『コンコン』ドアをノックする音がすると「入ります」と、姫の寝室の衛兵が入室してきた。
「報告します、シャルロット様の行方が分りません」
「なに!」
「朝、侍女が部屋に入ると既に居らっしゃらなかったそうです」
「まさか、お前、居眠りでもしていたんじゃ無いだろうな!」
「いえ、その様な事は誓ってありません。普段通り、変わったことも無い様子でした」
「うーむ……では一体何処へ行ったと言うんだ……外は断崖絶壁……まさか……飛び降り……これは一大事!1個小隊を捜索に当らせよ!」
兵士長は、早速謁見の間に出向き、国王のホーエンハイム・ミッターマイヤー3世に報告した。
「なに!!!シャルロットが行方不明だと!!!おのれ、その衛兵の首刎ねてくれるわ!!」
そこへ王妃が現れた。
「お待ちなさい、国王とも在ろう御方が下々の者にその様な責任を取らせる事は、返って国王の器量を問われかねないでしょう」
この王妃は、後妻でシャルロット姫の実の母親では無かった。
名はアビゲイル。
占星術を使い、政にも戦にもその才能を発揮し、実質、国の宰相的な存在だった。
と言うより、国王は御坊ちゃま育ちのでくの坊だった。
その時、一人の伝令兵が入ってきた。
「報告します。村人がどうしても国王陛下に話したい一大事があるとの事で御連れ致しました」
「よし、通せ」
村人は、膝まづき昨夜の事を話し始めた。
「王様、みんな死んじまっただよ!」
「何があったのだ」
「ドラゴンが出ただ。オラ、恐ろしくて恐ろしくて、命辛々逃げて来ただよ」
「何!ドラゴンだと!」
「はい、村の皆と北の森の湖畔で酒を飲んで居たら、空から金色のドラゴンが飛んできただ」
「それで」
「はい、みんな驚いて逃げ始めたら、ドラゴンが青黒い息を吐いて、そいつを吸った者はみんな死んじまっただ」
「うーーむ……よし、もう下がってよし」
国王は手で村人を追い払うような動作をした。
「娘の失踪にドラゴンか……悪い事は重なるもんだな……まさか……シャルロットもドラゴンに攫われたとか……イルハン、とにかく兵を森に派遣せよ」
「御意に」
朝の謁見は慌しい物になった。