婚約者(仮)の引際
お待たせした。ディラン編です。
事の起こりは三月程前の朝議の終わりに、第一皇子であるシオン様が言ったことだった。
「私から皆さんに一つお伝えしたいことがあります。この度私は、第一王位継承権を放棄することにしました。これからは一地方領主として、勤めさせていただきます。また、取り急ぎ今までの引き継ぎをして、地方に向かいたいと思います。朝議の終わりに時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした。私からの話は以上です。」
シオン様はそうおっしゃると、朝議の場をあとにされたそうです。
しかし、その場は大パニック。第一皇子のシオン様は皇太子としての資質は充分だと、大臣や貴族達は思っていたのです。
その場で驚いていなかったのは、竜王様と王妃である神子様だけでした。
シオン様のご兄弟の皇子方も知らなかった様です。双子の弟であるディラン様も……。
そして私も、身の振り方をかえなければならなくなりました。
自室に置かれた溢れんばかりの見合の釣書。釣書を眺め、はしゃぐメイド達。
私の、今ももて余している恋心をおいて、目覚ましく周囲はかわっていきます。
***
ご紹介が遅れました。
私、国軍将軍である侯爵クルーク・ロイシュの娘、リリアナ・ロイシュと申します。
歳は17。後半年ほどで、成人である18歳を迎えます。
どこの国でも貴族の娘は、成人とともに嫁ぐのが通例です。私にも婚約者(仮)がいます。
皆様お気づきかと思いますが、お相手は第二皇子であるディラン様です。
きっかけは4年ほど前、国軍最高司令官にディラン様が就任されたことです。
当時は最高司令官とは名ばかりで、軍のことを将軍である父に教えを乞いに、頻回に我が家に訪れていらっしゃっていました。
出会いは貴族と皇子ですから、まぁ幼いころからお互いに顔見知りではありました。
ディラン様はとても明るい性格で、我が家に訪れた際はいい意味で私に声をかけてくれました。悪い意味では声をかけるたびにからかわれましたが……。
まぁそんなこんなで、周囲から見たら仲が良く見えたのでしょう。
我が家は侯爵家であり、十数代前には竜族の姫が降格したという歴史も残っておりますし、私は一人娘、ディラン様は第二皇子ということもあり、婚約者候補としてお互いに名前が挙がっておりました。
しかし先日のシオン様の騒動で、第一王位継承権がディラン様に移行。
自動的に婚約の話も流れるでしょう。
あと半年のうちに娘の相手を見つけるために、父は躍起になり始めました。
婚約の話が白紙に戻ったであろう頃、父の執務室に呼ばれました。
父はただ『すまぬ。』と一言告げました。
私の気持ちを知っていたのでしょう。からかわれ続け、自分でも彼のどこを好きになったのか理解できませんが、長い時間をかけて育んできた思いでした。
父の言葉で、ダムが決壊したように涙が出ました。
それでも泣けたことが良かったのでしょう。少しだけ、ほんの少しだけ、前を向くことができました。
それからしばらくたち、私のもとに送られてくる釣書と絵姿が山になり始めた頃、現竜王の番である神子様より私にお呼びがかかりました。
***
「このたびはうちの愚息のせいで、あなたにも迷惑をかけて悪いわね。」
「いえ、そのようなことは……。」
「あるのよ。」
神子様笑顔の迫力ヤバい……。
「あなたとディランの婚約の件だけれど、好きにしていいのよ。相思相愛の者同士を引き離すほど、後継ぎに困っているわけではないから。」
「そ、そんな……思いあっているなど……」
「でも、貴方は好きでしょう。応援するわよ。」
「……身分不相応かもしれませんが、ディラン様を押したい申し上げております。」
「なら」
「ですが、この気持は一方通行で、ディラン様にはこの国のためにもふさわしい番様を選んで子をなしてほしいのです。あの方が竜王となった国で生きていけることは私にとっての至福となります。」
「そう。あなたがそういうなら、無理強いをする気はないの。本当にそれでいいのね。」
「はい。後悔はありません。」
嘘だった。きっといつになっても後悔は残るだろう。
でも、いつかこの選択をしてよかったと思える日が来ると信じて、いくしか私には道がない。
***
神子様との話も終わり、お部屋を辞させてもらった。王宮ですることもないし、父に挨拶でもして、城を後にしようと考え、軍部に足を向けた時だった。
「リア。」
この愛称で私を呼ぶ人は一人だけ。
「どうされたのですか、ディラン様。」
「また、そういう風に呼ぶ。昔みたく、ディーでいい。俺とお前の仲だろう。」
不機嫌そうな顔でそんなことをいう。どんな仲だよ。少し前ならともかく、今は貴族の令嬢と、その国の王子という関係しかない。
「そういうわけにはいきませんから。」
「相変わらず固いな。まぁいいか。もうすぐ呼び方も変わるしな。」
?どういう意味かしら、もうすぐ私が、竜王様と呼ぶようになるとでも言いたいのかしら。
「ところでディラン様、ご用件は?」
「ん?」
「ん、ではありません。呼び止めたからには要件があるのでしょう?」
「要件?まぁあるといえばあるし、ないといえばない……。最近忙しいからな、顔もちゃんと見れてないし。今後のことも話をしたいしな。母上が呼び出したと聞いていい機会だと思って。間に合ってよかった。これから時間はあるのか?」
今後のことって何かしら。この人も婚約が破棄されたことをきちんと確認したいのかしら。
「婚約の件ならわかってます。今、他の話を進めさせてもらっておりますので、ご心配なさならくて結構です。この後は時間がありませんので、失礼させていただきます。ごきげんよう。」
「他の話って何のこと……。」
ディラン様が何か言っていたけど、聞こえないふりをして、その場を急ぎ足で去った。
お慕いしている方に、ディラン様だけには最後通知をもらいたくなくて。
***
ディラン様と直接対決から1月ほどたち、私の婚約者候補の方が決まった。
スタンフォード伯爵家の三男、クウォント様である。現在は王宮にて文官として仕事を得られている方で、周囲の方からの評価も上々。仕事もできると評判であった。
今日はそんなクウォント様と初顔合わせを、伯爵家で行う予定となっており、その移動中であった。
初顔合わせということもあり、派手すぎず、印象のいい濃い緑のドレス、化粧を心がけた。
メイドたちの評価はなかなかであったが、どうであろうか。少し前にこのドレスを夜会で、ディラン様にお見せしたときは、似合わないといわれてしまったけれど。
見合いの当日となっても、考えるのはディラン様のことばかり。
救いようのない自分に吐き気がした。
――コンコン
馬車の扉が叩かれる。
「どうしたの?」
「いえ、もうすぐ目的地である、伯爵家に到着します。」
「そう。」
逃げ出したい思いでいっぱいになった。
自分の気持ちの整理もついていないのに、お見合いなんて……自分にも、まして相手に失礼だ。
いろんな言い訳が、心の中を巡った。
だけど、真実はただ一つ、私自身があの人をまだ思っていたのだ。
――キィ
馬車が止まり、扉が開かれる。
扉の外にいたのは、ディラン様だった。
「え、な、どうして……。」
「どうしても、こうしてもあるか。勝手なことしやがって。お仕置きだぞ。」
そういいながら、ディラン様は私を抱え、伯爵家の方、初老の男性が伯爵様で、その隣の若い男性が、クウォント様だろうか?
「伯爵、ご子息、今回はご迷惑を我が婚約者がお掛けして申し訳ない。後日謝罪に伺うつもりだが、今日は失礼させていただく。」
そういうと私を抱えたまま、ディラン様本人が乗ってきたであろう馬に一緒に乗せられ、王城に連れて行かれた。
***
馬に乗っていた最中、ディラン様は一言もしゃべらなかった。王城についても、私を歩かせることなくずっと抱きしめてた。
そして今は、ディラン様の私室のソファーの上にいる。
もちろんディラン様に後ろから抱きしめられ、膝に乗せられた状態。
「……あの、いい加減はなしませんか。」
「嫌だ。」
「そんな、このままでは話もできません。」
「話をしようとしたら、逃げたのはリアだろう。」
「それは……。」
「この間と言ってもひと月前か。俺は婚約について話をしようとした。そしたら、他の話を進めるとか、わけのわからんことを言って逃げたんだろう。もう逃がさない。」
ディラン様はより強く私を抱きしめ、首筋に顔をうめた。
「……婚約の話って、婚約(仮)を白紙に戻すって話でしょう。ディラン様に直接そんなこと言われたくなかった。」
「……また、敬称を付けて呼んだな。ディーでいいって言っただろ。ほら呼んでみろ。」
人の話なんて聞いてくれない。
「ほら、言ってみろ。ディーだぞ。」
「……ぃ……。」
「聞こえない。」
「ディー、これでいいでしょう。もう、話をつづけましょう。」
「よくできたな。」
満面の笑みで、私の頭を撫でる。
「もういいから。どうして今日は伯爵家に居たの?婚約者ってどういうこと?」
「婚約者はそのままの意味だろう。伯爵家に行ったのは、バカなこと考えた、婚約者をさらうため。」
「だって婚約は白紙に……。」
「なってない。」
「でも、そしたら、王位は……。」
「俺は継ぐ気はないな。まだ下がいるんだからいいだろう。」
「でも……。」
「あぁ、もうでもはきかねぇ。婚約は決定だ。」
「でも……。」
「……俺は結婚するなら、リアしか考えられない。他から、呼び寄せる必要は無いんだ。だから婚約はなくさない。」
「……。」
「リアは俺に告げることがあるだろう。」
「勝手に婚約破棄を決めてごめんなさい。」
「……それもあるけど違う。」
「……真名のこと……?」
ディラン様がゆっくりとうなずいた。
「……ァ……。」
「聞こえない。」
「……リア……。」
「え?」
「私の真名はリアと言います!!!」
「だって、それ、愛称じゃ……。」
「私のことリアって呼ぶのはディーだけだもの。他の人はリナかリリィって呼ぶのよ。」
「昔、自分から言ったよな。リアって呼べって。」
「だって、婚約者だと思ったから……。結婚することが決まっているなら、真名でいいかと思って。」
「先に言え!!!そしたら俺だって言えたじゃないか。誤解もしなくて済んだだろ。」
「教えてくれるの?」
「当たり前だ。俺は、ディオール・コラルだ。ディオールって呼んでくれるよな。」
「もちろん。大好き。」
後ろを振り返って、ディオール様の首に抱き着いた。
一月もディランは何してたんでしょうか。
↓↓↓
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リアが他の話を進めていると聞いて、急ぎ侯爵家に使いをやり、状況把握に努めた。
どうやら侯爵はシオンのことがあってから、婚約が破棄されたと思い、娘であるリアに新たな婚約者を探しているらしい。
これは直接交渉が必要だな。
「ディラン。」
「おお、シオン来てたのか?」
「ああ、母上が孫を見せろとうるさいからな。サクラを連れてきた。」
「そうか、俺もあとで会いに行こう。」
「何をしてたんだ?」
「……リリアナとの婚約のことでちょっとな。」
「お前なんでそんなに彼女に執着してるんだ。」
「……そんなの、シオンだって一緒だろ。彼女以外はいないんだ。」
「なるほど。頑張れ。」
「ああ。義姉上にも俺の嫁として、リリアナを紹介するよ。」
「待ってる。」
***
こんな会話が兄弟でされたんです。
この後ディランは侯爵に直接交渉。婚約を(仮)ではなく、決定させます。
しかし、この日はすでに伯爵家に顔合わせの日、急いでさらいに行ったのでした。
楽しんでいただけましたか?
次は三男編ですね。ここもプロットはできてます。いつか頑張ります。