26.天国への侵入者(1)
26.天国への侵入者(1)
ハルカナは動揺していた。コウテン侵入、初陣。それによる動揺よりも、やはりハルカナの心を乱すのはジャスティーのことだった。ジャスティーの傍にいればよかった。とハルカナは心底思う。でも、ルイとシスカなら信用できたことも事実。私より、きっとジャスティーの支えになれる。だけど、自分のエゴだけ通せるものなら、邪魔になってもなんででも、ジャスティーの傍にいたかった。
連絡が取れないことは『死』にも直結する状況で、ハルカナの心は浮ついたままだった。
ルイ……、あんたに託したのよ。ハルカナはギュっと目を閉じルイに語りかける。ハルカナは、ルイに自分の気持ちが知れていることはなんとなくわかっていた。直接話したわけではないけど。ルイと共有した時間だって長い。ルイは嫌味な言葉遣いで誤解されやすくもあるけど、繊細な心の持ち主だから、すぐに悟られてしまう。それを黙って、見守ってもくれる。ルイ、ルイとジャスティーは、ずっとずっと親友なんだからね。ミズが傍にいない今、私たちがしっかりお守してあげないといけないんだから。
「ハルカナ、大丈夫だよ」
アリスから通信が入る。
「きっと混線してるだけだと思う。あとは、ちょっとした機械の故障かもしれない。そこは、ルイとシスカがいるからなんとかしてくれてるよ」
「……うん、そうだよね。ありがと」
力なくはあるがハルカナはそう言うと、少しづつだが元気が出てきた。みんな不安なんだ。みんな、ジャスティーのことを仲間だと思ってる。不安なのはみんな同じ。
きっと、あのライラ隊長でさえ、気にかけてくれてる……はず。
『……こりゃあ、ぶち壊したくなるほどの街並みじゃないか』
そのライラからの通信は意外な独り言だった。コウテンに突入し、暫くして高度を下げ、雲を突き抜けた先にコウテンの街並みが見えてきた。
異世界。
コウテンとネスは違う。その事実を突きつける世界が広がっていた。建物はほとんど全てが白と金を基調としたもので統一されていた。それらには規則性があり、硬い物質でつくられていることがわかる。ネスのような木造づくりなんて代物は存在していない。ほとんどの建物は上へ上へ、天へ天へと昇るように高かった。
『……天国みたいだ』
興奮するように言うのはランドバーグだった。いかにも、こういうところに住みたいと隠さずに言っているようなものだった。
『ふん……』
それを鼻でバインズは笑った。おもしろくねぇ。コウテンに対する怒りが増す。のこのこと生きやがって……、とバインズは思った。
『ふぅーん、やっぱりだてにネスを侵攻しようとは思ってないわねぇー。そりゃひとたまりもないわ、こんな星に攻められりゃ』
ミレーが場違いに明るく言った。ミレーにはあまり緊張感が備わっていない。それは、長所でもあり短所ともなりえるものだが、こんな中では長所であることの方が勝る。いかなる時も平常心を持ち、判断をすることができるのはライラとアスレイにミレーが加わる。戦場において光る、立派な才能だった。
『民間人は……、あまり表に出ていないようですね……』
アスレイが言う。
『そうだな……。ここの日常なのか、避難でもしてるのか?』
『王都がある中心部だから、そもそも人が少ないのかな……。一般人という奴は』
ライラの問いかけにアスレイが考えつつ答えていた。
『そうか……』
『なんせ、貴族とかいう階級みたいなものがあるらしいですからね、文明が発達する星には。人間に階級がつけられるそうです』
アスレイは淡々と言う。
『ふん、その階級の頂点がキングだろ? コウテンの民間人ってのは虐げられているってことか?』
『それはわかりませんが、生活に歴然とした差があることは確かでしょうね』
気に食わない。ライラはアスレイの話を聞きながらそう思っていた。誰が誰の上とか、気に食わない。下になるのなんざもっぱらごめんだ。だから、コウテンに攻められるのなんてものはもっぱらごめんだった。ライラは人を信用することがない。自分の上に立つレイスターについても、最初は利用してやろう、という気持ちだった。
『ここから先はアンテナはっとけよ。分隊して各機めぼしい軍事機器を潰せ。まずはそれを優先しろ。無人の機械に撃たれて死ぬなんてのは正直ごめんだ。慣れてない。せめて殺されてぇよ』
ライラの口調が幾分荒いものになった。その声色には興奮に似たものも感じられた。ライラが味方でよかったと♠隊全員が思った。コウテンにもこんな人いるのかな……、そういう不安もまた、数人は感じることになってしまった。
『速力全開! 行く……!』
今からだ! という高揚を感じている最中、ライラの言葉がこと切れる。
『散開!』
そして素早くその指示を出した。
1つの砲弾が前方からライラたちを狙ってとんできた。的確だ、とライラは思う。
「ふん、行かせないわよ。こんなところまで侵入しちゃって。なんって、腹立たしいこと……」
その砲弾を撃った当人、ケイトは前方に浮かぶちっちゃな七匹の虫を見ながら震える声で呟いた。
「なんだってこんな奴らに負けたのかしら……、コーネルの奴は……」
恥さらしめ!
「全機、左右にめいっぱ広がって! ここで終わらせるわよ!」
「はっ!」
「ちっ!」
ライラはとりあえず舌打ちした。数が少ないと思ったらこんなところで主力が出てくるか?
『ふん、広がってくれりゃあ、世話ないな』
そしてそう言った。
『は……? ど、どうするんですかっ!?』
呑気なライラにランドバーグが指示を仰ぐ。
『コウテン突入の時と全く同じだ。俺たちは特攻役。敵を殺すのが目的じゃなくてあくまで突破なんだよ。数に囚われるな。隙をついて城を目指せ! 各自連携はとらなくていい! 行け!』
『りょ、了解!』
返事はいいが荷が重いだろうな。ライラはみんなの心情を読み取る。
「アスレイ、左を先導しろ」
「了解」
アスレイがぐっと操縦桿を引いた。
『左、続け!』
ライラが声を上げる。アスレイを盾とする形でハルカナ、ミレー、ランドバーグが後ろに続いた。
「こっちも出るぞ」
「……了解」
残ったアリスとバインズは渋く唸るように返事をした。