23.黒い便り
23.黒い便り
「……、なんだって……?」
アザナルは白の伝達役のポーンに力なくそう言いいながら幽霊のような表情でゆらゆらと近づく。
「一度退却するとのことです……」
目を伏せたままポーンは言った。
「その前だよ!!」
「ひいっ!」
アザナルはポーンの胸ぐらを掴んだ。
「アザナル様っ!」
黒の騎士団、ナイト隊の部下たちがアザナルを止める。だが、ギラギラとした眼でポーンを睨みつけたまま、手を放してやることはしなかった。いや、そんな余裕はなかった。
「コ、コーネル様が、堕とされて……、指揮系統が機能せず、撤退するとのことです」
コーネルが、墜ちた?
「おい! コーネルはナイトなんだぞ! 簡単に死ぬわけないだろうが!」
「リ、リア様が撤退を命じました! 私は……、今お伝えしたことしか存じません……! 黒の騎士団は戦闘配置につけとのことです」
「アザナルっ!」
ザルナークが緊迫した中アザナルの名を呼んだ。
「団長……」
アザナルを囲む兵士たちはほっとした。アザナルを止めることができるのは、もうザルナークしかいない。
「アザナルっ! 来い!」
アザナルはそれでも動かなかった。急な知らせは最悪すぎた。ついさっきまで、ここでお前と話してたじゃないか。
『ナイトの称号もらってんのに、戦線に立てないなんて不憫だよなぁ、俺たち』
俺がそう言ったら、
『アザナル、戦争を好むな』
って、あいつが言って……。
「どこのどいつだっ!! ぜってぇ許さねぇ……!」
コーネルの奴が簡単にやられるわけねぇ! きっと何かあったんだ!
「アザナルっ! いい加減にしろっ!!」
ザルナークはアザナルの腕を掴んでポーンから放してやった。ポーンは咳込む。
「下がれ。悪かったな。伝達ご苦労」
「はい……」
下を向いたままブツブツと呟くアザナルをザルナークは見下ろした。アザナルは1人、この現実の地に足を着けていない。
「空域が突破された。厳戒態勢に入る」
ザルナークは言う。アザナルからの返事はない。
「お前が望んだ結果じゃないのか?」
そのアザナルの様を見てザルナークは言った。
「は?」
やっとアザナルはザルナークの目を見た。
「つまんねぇって、言ってただろ。出番が回って来たぞ」
「……んだと」
アザナルはザルナークを睨みつける。
すると、次の瞬間、アザナルは宙を浮いていた。
「!?」
虚を突かれた瞬間、アザナルの頭は真っ白になり、次にドスン、と音をたてた。
「……、だっ団長!」
他の兵士たちはどうしていいのかわからず戸惑っていた。アザナルはザルナークの剣の柄で押し倒された。ズキン、と胸の痛みが後から沸いてきた。
え……? 見えなかった……?
「ふん! ナイトが呆れる! 今のお前じゃコーネルの二の舞だぞ! しっかりしろ!」
「……くそ」
言い返す言葉がない。
「その鋭い目を向けるのは我々じゃないだろう。私だって怒りが収まらん……」
ザルナークの目も燃えていた。アザナルは冷静さをやっと取り戻していく。
「……。失礼しました。団長……」
アザナルは言った。
「必ず敵を討ち、コウテンを守ってみせます」
「……」
今一度ザルナークはアザナルの様子を見極める。そして、フッと笑みを浮かべた。こうなった時のナイトには誰も敵わない。
「よし、頼んだぞ。派手に弔ってやろう。あいつは……、コーネルはよくできた男だった」
ザルナークはアザナルに背を向けると一言そう言って去っていった。
「コーネル……」
アザナルは呟く。
「ナイト隊! 城壁を固める! 戦闘配置につけ!」
「ハッ!」
正気を取り戻したアザナルに黒のナイト隊は迷いなく声を上げた。
「アザナルっ!」
そこに場違いな声が隙間から聞こえた。
「イリス!?」
アザナルが振り向いた目線の先にはコバルトブルーの鮮やかなドレスを身に纏ったイリスがいた。
「何をしてるんだ!? 早く部屋に戻れ! 護衛は何やってんだ……」
「待って……!」
「イリス! 戦わねばならぬ時が来た。君の父上もそう言っている」
アザナルはイリスの言葉をまともに聞かずそう言うと、イリスの手を取りその甲にキスをした。
「待って……、アザナルっ!」
「姫君! ダメです! アヴァンネル様がお怒りになられます!」
やっと衛兵がイリスの後を追って出てきた。
「おい! 今度目を放したら俺が殺すぞ!」
アザナルはその衛兵に向かって強くそう言った。
「なっ! 何を小僧が……」
「その小僧に勝てるのかよ」
アザナルはいつの間にか剣を抜いてその衛兵の顔の前に剣先を突き出していた。衛兵の動きは止まる。
「や、やめて! 何をしてるの! 私が勝手に抜け出しただけ……」
「イリス、遊びじゃないんだ。勝手をするな」
「アザナル……。ひどいわ」
イリスは顔を歪ませた。涙は流さなかった。
「……」
「アザナル、あなたにもう一度会いたかっただけなのに」
イリスは目を潤ませアザナルにそう訴えた。アザナルはその言葉に二回ほど大きく瞬きをした。
「はぁ……」
そしてアザナルはため息をついた。イリスは今度こそ涙を流してしまいそうだった。私のこと、きっとバカにしてる。
「とんだ失礼をした」
しかし、返ってきた言葉はとても品のある冷静なものだった。
「イリス、また会えます。必ず、帰ってきます。その後は、ちゃんと父上様に挨拶をさせて下さい」
アザナルは優しくイリスに微笑みかけた。この笑みは、イリスにだけ向けられるものだ。その場にいた他の兵士たちはその顔に恐怖すら感じた。笑っているのに。
「……必ずよ」
「どうか、おとなしく衛兵に守られていて下さい。心配で集中できない」
アザナルは今度こそため息をついた。
「わっ、わかったわ! 約束する! だから私のことは気にせず戦って!」
イリスは急に恥ずかしくなりそう言った。
「……やっと集中できる。イリス、君からの言葉があれば、私は何よりも強くなれる」
「……アザナル、必ず戻ってきてね」
「もちろん」
アザナルとイリスはしばらく見つめ合った。お互いの顔をしっかりと見る。
「あっ!? 敵機か!?」
その時、1人のポーンが空を見て叫んだ。皆が一瞬で身構える。
「衛兵! イリスを……!」
と、アザナルが言葉を発したが、途中でこときれた。そして叫んだポーンの頭を叩く。
「バカ、びびりすぎだろ」
「す、すみません」
明らかに自国の白の戦闘機だった。戻ってくるのが早くないか?
「ん?」
アザナルの目にとまったのは、ナイト隊の機でもビショップ隊の機でもなかった。
「なっ! 白の団長!?」
どーなってんだ!?
―空域戦線―
「隊長、撤退していきますよ」
アスレイは言った。
「……ここを捨てるのはおかしいな。内地戦によっぽど自信があるのか……、今回のことが予想外すぎたのか?」
ライラもまた不審に思っていた。
「明らかに主力は出てきていませんからね。コウテンにはもちろんこのまま突入させてもらいますが、この戦い、何か裏があるような気がしてなりません」
「ああ……、俺も同意見だ。慎重に行こう」
「ところで、J隊との通信は?」
「とれません。離れ過ぎて、見えもしません」
「……だよな」
「コウテン本部、城の位置はある程度予測はつきました」
ライラは暫く考えた。
「ま、行くしかないか」