22.折れゆく白い翼
22.折れゆく白い翼
「コ……」
ナイト隊員たちはあまりの衝撃に、言葉を失い、ただ目の前で起こった出来事を黙って眺めることしか出来なかった。そして、白い翼の破片が墜ちていく様をしばらく見つめた後、理解した。
「コーネル様ぁぁ!!」
自分たちの隊長が敗れたのだと。
「ジャス!」
ルイも叫んだ。ジャスティーがやった! 興奮したルイだったがすぐに異変に気付く。
『ジャス?』
ジャスティーの機体は、大破せずとも墜ちていく。コーネルの機体を撃ち落としたジャスティーは一緒に墜ちていた。
『ジャス!』
ルイは通信のボタンを何度も強く押した。意味のないことをしていることはわかっていた。
『やっべぇ……。やっぱり体当たりは苦肉の策だった! バインズとの接触のせいでいうこときかねぇ……』
ジャスティーは必死にスピードの体勢を整えようとしたが、対処のしようがなかった。
とりあえずジャスティーが生きていることに安心はしたが、ルイにもどうすることもできない。
『脱出するか……?』
ジャスティーは呟く。
『だめだっ!』
ルイは叫んだ。
『え?』
『今ポッドで脱出なんかしたら怒り狂ったコウテン部隊に狙い撃ちされるだけだ! ジャス、その軌道、墜ちていく先はコウテン星だ。無事に不時着して! 後は……っ』
『ルイ!?』
ジャスティーは墜ちていく中どうにか状況を確認しようとする。俺が墜ちた。なら、後の2人が狙い撃ちにされる。
『ジャス! 僕たちは大丈夫! だから、どうにかしてちゃんとコウテンに辿りついて!』
『ルイ……!』
ガガッ……
通信も切断された。クソっ! だがしかし、ジャスティーにはどうすることもできなかった。
「お前のせいだからな……。機敏なかっこつけ指揮官……」
白い翼。コウテンの正規部隊。その機体を撃ち落としたジャスティー。なんだか、天使でも撃ち落としたような嫌な気分になった。『白』なんて、馬鹿げてる。自分が撃ち落とした翼を見つつ、これから何度となく繰り返されるであろうこの気分を払拭しようと努めた。
ネスを守るためなら、なんだってするって、決めた。それは、間違っていない俺の正義なんだ。
-スペースシフター-
「順調……」
ミズが呟く。
「……っ」
1つの山場だ。レイスターは知らず知らずのうちに唇を噛みしめ、拳を握りしめていた。
「……すぎる」
次にミズは首を傾げた。
「それは喜ばしいことではありませんか」
ダリアがそれに続く。
「……」
ミズは考え込む。誘い込み……ってことではないよな……。慎重になっていた。
『ミズ!』
その時、ライラから緊迫した声で通信が入った。
『警備は手薄だってのに、なぜかそっちに向かう部隊がいる! 俺たちは戻れない! このまま突入する!』
『わ、わかった! ジャスたちは!?』
『通信が途絶えたが、突入には問題ない』
『えっ……』
『あ、あ、あー……、テスト、感度オーケー?』
そこへ、横やりを入れるようにライラとの通信を妨害し、女の声が飛び込んできた。
『!?』
「スペースシフター! 第2戦闘配置!」
レイスターがすかさず号令を出す。
「了解。総員、第2戦闘配置!」
「❤艦、♦艦、♣艦、第2戦闘配置!」
「了解! 第2戦闘配置!」
『いやぁねぇ、やる気?』
「目視! 敵機……15機……確認」
たったの15機? ミズはますますわからなくなった。そっちの数がおかしい。一発で終わるぞ。
『これまた挨拶もなしにのこのこと来てくれたものね、こっちは今とっても忙しいのよ』
リア率いるビショップ隊はスペースシフターと一定の距離をとって停止した。
「リア様……、これは……」
ビショップ隊のポーンたちはスペースシフターを見て驚いた。
「ええ、ただのバカじゃないわよ。こいつら……」
「ひ、引き返しましょう! 我々では無理です!」
「……」
「ちょっと遊びましょうよ。でかいだけが取り柄かもしれないし」
「へ?」
なんとも間抜けな声をだして、ポーンは返事をした。了解の返事ではないが、リアは一足早く駆け出していた。続くしかない部下たち。
「……興味深いじゃないの! 何その機体。何を燃料にしてるの? ここまでどうやってきたの? 座標軸がわかる人がいるの? 科学技術があるの? 私の知らない科学かしら……。コウテンの外には何があるの? キレイなだけの宇宙の神秘だけが広がってるわけじゃなさそうね……」
「リ、リア様……」
「ばかね。もっと自信を持ちなさい。探りを入れずにのこのこ帰るわけないでしょ。コーネルだって戦ってるのよ? ナイト隊にバカにされたくなかったらこっちはこっちでやるわよ! さらに分断する! 左5、右5、遊びでいいから動きを探ってきて。残りは私の後ろに!」
リアは叫ぶ。リアが叫ぶことは珍しかったので、なぜかその場で体を熱くさせるポーンもいた。
「はっ!」
「そうだよ、俺たちは天下のコウテンだぞ。田舎者どもが……」
ビショップ隊もまた戦闘態勢に入る。
「スーペースシフター、第1戦闘配置」
それを感じ取るレイスターは、渋くそう言った。
ミズはスペースシフターの副長として、空に浮かぶ白い機体を睨みつける。
「……ダリア、対空砲撃準備」
「りょーかーい!」
ダリアは双眼鏡のようなものを覗き込み、敵機を射程に捉える。
『ちょ……、ちょっと……、本気で撃つ気?』
スペースシフターの対空砲が動くのを見てリアは焦るようにそう言った。
「?」
ミズはレイスターと顔を見合わせた。
『……っ』
レイスターが言葉を発しようとしたがミズがそれを止めた。
「待って、レイスター。あまりこっちの情報を出したくない。レイスターはネスのキングだ」
『本気で撃つ気なのはそっちだろう? 何当たり前のこと言ってる』
レイスターに代わってミズがリアの通信に答えた。
『あら?』
リアが拍子抜けするような声を出した。
『なぁんだ、安心した……。わかったわかった。我らがアヴァンネル様は、ちゃんと話し合いをしてくれるお方よ。私が案内してあげる』
「リア様!?」
リアの後ろに続くポーンたちは眉をひそめる。
「勝ち目ないもの」
「の……、のってきますかね、この話」
やっぱりか……。ポーンたちは思った。この状況は分が悪い。ナイト隊の援護を待つ間の時間稼ぎをしなければならない。そもそもなぜこんな状況に……。
バァァンッ!!
そこに大きな破壊音が響いた。白い翼が墜ちていく。❤艦隊から攻撃を喰らったコウテンの兵士は宇宙に散る。
「くっ!」
それを見たポーンたちは怒りで操縦桿を握る手が震えた。
『ちょっと! どういうつもり!?』
リアは叫ぶ。
『わけのわからない奴だな。戦争をしてるんだぞ! 我々は本気だ! ネスをお前らコウテンのいいようにはさせない!』
ミズは宣戦布告をした。
「……ちっ、そう言うことか……」
誰にも聞こえないぐらいの声でリアは言った。リアはこの目でスペースシフターを見た時から、全身に立つ鳥肌が治まることはなかった。
今、体の震えとともにさらに全身の毛が逆立っていく。冷静な外面の裏に隠れた熱い思いを必死に堪える。
『懐かしき我が故郷……。ちゃんとただいまぐらい言ってから入ってきなさいよ……』
声を震わせリアは言う。
この場にリアの言葉を理解している者は1人としていなかった。
「ダリア! 奴は部隊長だ! 標準を中央に合わせろ!」
「了解~っと。距離とってるとおもってんでしょ? 丸見え丸見え、射程圏内に踏み込んじゃってるのよぉ、オネーサン」
にやりとダリアは笑った。
ガガッ……
『ビショップ隊! 戻って下さい! コーネル様が……!』
『隊長!ナイト隊が……!』
「なんですって!?」
コーネルがやられた!?
『ビショップ隊! 戻ってくれ! 前線を突破される!!』
『……リア様! いい加減にして下さい! お遊びがすぎる! ナイト隊と連携をとっていれば前線を守れたかもしれないのに! 援軍だって呼べた!』
『うるさい! 助けがいらんと言ったのはあいつだ!』
『……も、申し訳ございません』
ち……。まったく、何度舌打ちさせれば気が済むのよ。コーネル……。やられてるんじゃないわよ。調子狂うじゃない。
「待て、ダリア」
ミズは相手の動きを見つつそう言った。
「えぇ~?」
リアはじっとスペースシフターを見つめた。大きな機械的な翼。トンボの羽みたいに細いけど、それが重なりあって1つの頑丈な塊になってる。先端にある大きな二つのキレイな瞳。そこからきっと巨大なエネルギー砲が出てくるのね。この神秘的な宇宙の色を背景に、何色を合わせるの? あなたは。
その時、瞬きをしたリアの瞳から涙が一粒こぼれた。
『会いたかったのに……。お預けね』
『?』
レイスターとミズの眉間には再び皺が寄る。
『すぐ会うさ』
ミズは冷たく言った。ネスの脅威を逃がすつもりはない。
「総員撤退!!」
リアは叫んだ。やっとのことで、リアは本来するべきだった指示をした。
『副長、生きてる?』
リアはライラの後を追わせた副長に無線を飛ばす。が、応答はなかった。
「リア様……!」
「うるさいわね……、めちゃくちゃに怒ってるのよ、私」
「す……すみません。ですが、ほ、本部からの、撤退命令です……」
……侵入した。リアは思った。
侵入を許した。コウテン、宇宙に輝く希望の星が、あの「ネス」の侵攻を許した。笑わせる。
「……ネスって言ってましたよね、彼ら」
「バレちゃってたみたいねー」
「え?」
「末端の兵士にもいってない計画を、アヴァンネル様は練っていらしたのに……」
リアはそう言いつつ、黒く濁った泥水を飲んだような、汚く吐き気がするような暗い気分でコウテンへと速力を上げて飛んでいった。
「……逃げ足はや……」
ダリアは双眼鏡から目を離し、呆れたように呟いた。「何しに来たの? 意味分かんないことも言うし……」
「……。確かに、意味がわからない。レイスター、心当たりは?」
「……、あるわけないだろ?」
「だよね」
「とにかく、♠隊がやってのけたということだ。スペースシフター第3戦闘配置に戻す。♠隊からの通信を待つ」
レイスターは落ち着きを取り戻すように一度間を置いてそう言った。
「いいな?」
そしてミズに確認を取る。
「はい」
ミズもまた、冷静さを取り戻すように落ち着いた声で答えた。落ち着かないと……。始まったばかりだ。出だしは順調。
「ジャス……、無事かな」
ミズはジャスティーを思った。ホームシックにはまだ早いのに、ジャスの笑顔がなぜか恋しい。