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46.覚醒


46. 覚醒



 ジャスティーはゆっくり目を開けた。粉塵が舞っている。数秒前のことが思い出せない。意識が飛んでいた。

 どうなってる? ぼやけた視界の中で、地面が割れ、ジャスティーとその他の人間との間に空間ができたように見えた。ザワザワと、何か騒がしい。だけど、ジャスティーは目を下に落とした瞬間に叩き起こされたような感覚に陥った。

 自分が何をしたのかはわからない。だけど、この腕の中で眠ってしまったアリスがいない。天国に行くんだろうけど……。それでも、ネスまで一緒に戻らなくちゃいけなかったのに。ジャスティーはアリスの代わりに守護石をギュっと握りしめた。

「ライラ……? バインズ……?」

 力なく今までそこにいたはずの仲間の名を呼ぶ。ジャスティーの心は不安定だった。


「ジャスティー……」


 その時、か細く自分の名を呼ぶ美しい声が耳を射した。

 ジャスティーは勢いよくその声の聞こえた方へ振り返る。それはアリスの声のようにも聞こえたからだ。

「ジャスティー」

 目が合った。

「……」

 茫然としたままジャスティーはその場から動けなかった。


「足元に気を付けろ!!」

「城内に伝令だ!! 警笛をならせ!! 警笛だ!!」


 その中でザルナークの声が粉塵舞う隙間から聞こえてきた。ジャスティーを地の果てまでも追うつもりだろう。


「もう! 早くしなさいよ!」

 動けないジャスティーの手を無理やり引っ張って少女は駆け出した。

「あ……、アリスが……」

 ジャスティーは引っ張られつつそう呟いた。

「……」

 イリスは押し黙ったままジャスティーの首根っこを掴むように無理やり走らせると、どこかまた通路に入り、早歩きするようなスピードで勢いよく進んで行った。上の空でなびく少女の髪をぼーっと見ていたジャスティーは、やっと、やっとのことで目が覚めてきた。

「あ……、イリス」

 その言葉を聞くとイリスの肩が少し動いたが、ただそれだけで、変わることなく先を急いでいた。

 城内にけたたましい警報が鳴り響く中、2人の間には静かな空気が流れていた。

「イリス、どこに行ってる? キングに会えなかった」

 返事がなくてもジャスティーは話を続けた。

「イリス……」

 そこで我慢の限界がきた、といった素振りでイリスはジャスティーの手を放り投げるように離した。

「……。記憶がないの?」

「……」

「ねぇ、私が駆けつけたちょうどその時だったの」

「……ま、待って。戦いたくなくて、でも、黒いなんか強そうな奴が話をきかなくて、襲いかかってきたから……。でも俺は、イリスの話を信じて、剣を抜きたくなかったんだ。それだけだ。でも……、そしたら、そしたらアリスが俺を庇って……」

 話しているうちにジャスティーはだんだんとまた体に熱を感じた。情緒が不安定になる。そしてフラッシュバックして蘇る頭の中の映像を見ていると、全ての感覚が研ぎ澄まされていくようでもあった。

「……ダメ」

 イリスは熱くなるジャスティーの、一度は振り払った手を再び両手で今度は包み込むように掴んだ。

「イリス?」

「……。私、知ってる」

「え?」

「あなたが発した光。あの……」

 そこで奇妙な間ができた。嫌な予感しかしなかった。

「邪悪な力」


「え?」

 ジャスティーはきょとんとした眼でイリスのキラキラとした大きな丸い瞳をじっと見た。イリスもまた揺れるジャスティーの瞳をじっと何かを見定めるように見ていた。

「ねぇジャスティー。あなたはさっき、エメラルドグリーンの強いパワーを伴った光を体全体から放出したわ。その破壊力は、あそこで見たわね? 地面を割り、その場の戦闘は中断を止むなくされた。だけど、しっかり私は見た」


「……怒りで、あまり覚えてない。だけどそうだ……。あいつ……、アリスに2回も剣を突きさしやがった! あいつだけは許せねぇ!」

 この手の中で息絶えたであろうアリス。俺を守護してくれたアリス。

「……あいつとは、アザナルのことですか?」

 その声は強く、よく通る声だった。イリスの優しいイメージを吹き飛ばすような。

「アザナル……?」

 俺は、その名前を知っていた。そうだ、イリスの口からよく聞く名前だった。そうだ、あいつは『アザナル』だ。

「……アザナルは、アヴァンネル騎士団の黒のナイトの称号を手にしたとても強い兵士です」

「俺は、ただ止めるように何度も叫んだのに……」

「それでも頭に血が上ったアザナルを止めることができなかった」

 イリスの強い口調は変わらない。

「そう、だから……!」

「だから……、あなたも殺したんですか?」

 イリスの強い口調、強い眼差し。そしてそのきつく睨みつけるようにジャスティーを見ていたイリスの瞳にはじんわりと涙が浮かんでいた。

「え?」

 その言葉を、ジャスティーは理解することができなかった。

「あなたも、頭に血がのぼりましたか」

「違う! 俺は殺してなんか……」

 頭に断片的な映像がうつる。グリーンの光。吹き飛ばされ、裂ける、黒い団服を着た……青年。そして、自分の手が……。

「違う! 俺は、何もして……ない。アリスを殺したのはあいつだ! 仮にあいつが死んだとしても、それは仕方のないことで……」

「アザナルはコーネルを殺されました! あなたに!!」

 ジャスティーの目から光は消え、力がすっと抜けた。その場にジャスティーは膝からおちてしまった。

「アザナルは、コーネルの死により残酷になりました。だけどジャスティー、あなたも、そのアリスって子の死により、残酷になりました。あなたの言っていることはおかしい。戦争を止めにきた救世主ではありません! 一緒よ、あなたも!」

 そう言うとイリスもペタン、と地に座り込んだ。緊張の糸が切れたように。

「……そう……だな」

 ジャスティーはうなだれたまま、暗く低い声でそう言った。

「でも、私は違う」

 イリスはぼそ、とそう言った。

「私は違う。違います! ジャスティー、あのグリーンの力を知らなかったというあなたを信じます」

「……。知らないよ!  一体何が起こったんだ!?」

「アリスって子にとどめをさしたのもあなたかもしれませんよ。凄まじいパワーだったもの」

 時に残酷すぎるイリス。ぐっと突っ込まずにジャスティーはその言葉に耐えた。

「今城内に鳴り響いている警笛はね、少し特殊な意味を持つものなの」

 急に話題が変わったように思った。

「……蛮族よ」

「バンゾク?」

 ジャスティーは前もイリスがその言葉を使っていたことを思い出した。あの時、蛮族に対して深く恐れを抱いているように思えた。

「蛮族の侵入を意味する合図」

「蛮族までも攻めてきたのか!?」

 ネス以外にも。

「あなた」

 ゆっくりと、イリスはどこかジャスティーの無知を楽しむようにジャスティーを指さした。

「グリーンのその力の波動は、蛮族特有の能力です」

 ……。ジャスティーの思考回路は破裂寸前だった。

「何言って……」

「あなた、本当にネスの住人ですか?」

 イリスのその質問の仕方はジャスティーを沈黙させた。

「俺は……」

 レイスターと、アスリーンの子どもだ。

「俺は……」

 でも、本当は……。

「蛮族に会いに行ってはいかかです? 私はそれをさせるためにあなたをこの通路に匿いました」

 ジャスティーの答えを聞かぬままイリスは先を急いだ。

「え?」

「その力は間違いなく蛮族のもの。ジャスティーはもしかしたらコウテンに住んでたんじゃないの?」

「そんなことない!」

 それはすぐさま即答した。そんなことがあるはずない!

「ありえないことはそうそうあるものじゃないって、今日はそれを噛みしめた日でしょ? 知りたくないの? 自分の中にある秘密を。知ってしまったからには、気になって仕方がなくなるのは、ジャスティー、あなたなんじゃないの?」

「イリス……」


  カチ……カッカッカッ……


 背後から迫る気配を感じた。

「ジャスティー、時間がない。前を向いて」

 イリスは立ち上がると、優しくジャスティーに手を差し出した。その顔は笑っていた。

「うん……」

 その顔を見ているとジャスティーはなぜだか泣きたくなった。心が痛い。だけど、イリスが笑ってる。そのことがなぜか今この場においてとても大きな救いとなっていた。

 2人は通路の出口まで走った。


「ジャスティー。ここは裏門よ。裏って、あまり警備が届いていないの。城の造りがそれを守っているし、特殊な造りになっているのよ。人間は簡単に出られるわ」

「イリス。待って、なんでここまでしてくれる?」

 その言葉にイリスは答えを迷った。

「あなたは、いい人だと思うから」

 え? それだけ? ジャスティーは拍子抜けだった。

「私は、争いなんて大嫌いよ。意味のない悲しいことだと思うの。だから、何があっても間違えない。死んじゃったお母さんのおかげかな。口癖のように言ってた。『それが命を宿し、心を持つなら、自分の体と同じように扱いなさい。そして愛しなさい』って。私には、コウテンもネスも蛮族も関係ない。ただ、あなたを助けたいと思ったのよ。ジャスティー」


「イリス……」

 ジャスティーは泣きそうに笑うイリスを見て胸が痛くなった。イリス、とても傷ついている。

「イリス、アザナルやコーネルは、イリスの大切な人だったんだよな」

「ええ。もちろん」

「ごめん……」

「謝ったって無理な話よ」

「……そうだな」

 ジャスティーは下を向いたまま失笑した。そしてイリスの手にそっとあの薄いピンクの守護石を預けた。

「これ……」

「アリスのだ。俺はもういらない。それ、かなり効果抜群の守護石だから、きっとイリスのこと守ってくれる。もし、嫌じゃないなら持ってて。そっちのがなんか安心するし」

 ジャスティーは少し気分が軽くなった。意を決した。真実をこの目でたしかめてやる。その覚悟ができた。

「……うん」

 イリスはそう言うとその守護石をギュっと握りしめた。

「さてと、敵だらけの中、俺は無事に行けるのか?」

 気を取り直して、といった様子でジャスティーはイリスに今一度聞いた。

「城外までいけば、そこは森の中。コウテンの兵士にはあまり注意をする必要はないでしょうけど……」

「ど?」

 イリスは一旦ジャスティーを見た。ジャスティーはくいっと片方の眉を上げた。

「蛮族の領域に入るわ」

「……ふーん、なんか単純なルートで安心」

 能天気にジャスティーはそう言った。

「さ、早く行って!」


「なぁ、イリス。おかしな話かもしれないけど、俺は、コウテンの奴らを敵としてしか見れないのに、イリスのことはなぜかそう思えないんだ」

「それが人の本質よ」

「でも……」

「ほら、早く!」

 イリスはジャスティーの背を押した。外への扉が開かれ、光が入る。それは新鮮な何かだった。

「おかしくなんかない。それが普通よ。ジャスティー、アザナルは私の婚約者よ」

 その外の光へと一歩足を踏み出した時だった。

「それでも、私はあなたを赦すわ」

 そのイリスの赦しはジャスティーに大きな衝撃を与えた。アザナルが、イリスの婚約者?

 どうして?

 俺を赦すだって?



 その疑問が声となって現れないうちに、扉は素早く閉じられた。






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