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45.砕けたもの

45.砕けたもの



 『アザナル』

 その言葉。何度か聞いてる。でも今は頭がうまく働かない。ああ、もとから俺ってバカだけど、今はとんでもなくバカだ。ジャスティーは若くも凛々しい顔をした黒い団服がよく似合っている青年をじっと見た。

『コーネル』

 その言葉も何度も聞いた。もうその名を聞きたくないと、心底思っている。だけど、その名はジャスティーに纏わりついて離れない。


「アザナル……」

 ザルナークがボソ、と呟いた。呟くことしか出来なかった。ザルナークすらも尻ごみをしてしまうような殺気をアザナルは放っていた。

「団長……、いい加減に終わらせましょう。俺が来たんでお構いなくそのウザそうな奴殺しちゃって下さい」

「ウザそうなやつって、もしかして俺のこと?」

 ライラは飄々とそう言った。幾分熱が冷めたのはこの男だけだろう。よくぞそんなことが言えたものだ、と内心ドキッとしたのはなぜかバインズたち♠のほうだった。

「俺の用があるのは……」

 その続きなんてもう聞く意味もなかった。ジャスティーはぐっと額に汗を流し構える。とてつもないアザナルの殺気はジャスティーだけに向けられているようだ。

「そのクソガキだ」

 ああ、わかってるよ、ジャスティーはそう思った。間違っていないとも思うし。

「……とりかえしのつかないことをしたのかもしれないが……、聞いて欲しい」

 ジャスティーは真っ直ぐに自分だけを見てくるアザナルに向かってそう懇願した。

「……」

 ジャスティーの話など毛頭聞く気のないアザナルは、どうにか冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせていた。しくじってはならない。アザナルは恐ろしい男だった。しくじってはならない、この男を殺すことだけは。だから俺は、いつもより冷静にならなければいけない。怒りに身を任せるな、コーネルのように冷静に。

「冷静に……冷静に……」

 アザナルは冷静を欠いているかのごとくそうブツブツと呟いていた。しかし、そこに隙はまったくなかった。くそ、ジャスティーはアザナルの耳に自分の言葉が届かないことを感じ取った。

「だから!! 聞けって!!」

 ジャスティーは叫んだ。

 その声を合図として、アザナルはスラリとした剣を抜いた。ジャスティーの品のない大剣とは大違いの体にしっかりあった、そしてどこか装飾品のような雰囲気を感じさせるコウテンの王宮の剣だった。

「くそっ!」

 ジャスティーはそれでもネスの青いシールドしか使わない。

「ジャスティー!?」

 ミレーが頑なに戦わないジャスティーに激を飛ばす。

「ふざけんなよ!」

 バインズもそれに続く。

「俺は殺さない……!」

 ジャスティーはアザナルの剣をシールドで受け止めつつ噛み殺すようにそう言った。気を抜いたらやられてしまう。

「もう、殺さない。あんな……、いい奴……」

「はぁ?」

 バインズはもう呆れた。

「……お前が奴の何を語る!!」

 当然目の前の男もその言葉にカチンときた。殺しておいて、その言葉はないだろう。余計に頭に血が上るセリフだった。

「ああ、そうだよな……」

 ジャスティーは場違いにふっと吹き出してしまった。ただ……、そう思うだけだ。仲間が慕っていた。イリスも泣いてた。そしてこいつも、その仇討に必死だ。


「何もしちゃダメだ! おかしいんだ! なあっ! 俺らは引くから、頼むからキングと直接話をさせてくれ!」


「俺が殺すぞ! くそったれ! お前なんざレイスターとアスリーンの子じゃなかったら今ここで殺してるんだよ!」

 ライラが叫ぶ。この場において確実にジャスティーは戦闘の邪魔でしかなかった。


 ガチンッ! シールドが弾けてアザナルの剣をはじいた。アザナルは苦い顔をする。しかし間髪いれずにジャスティーに飛びかかる。


 バチンッ!

 同じ状況を繰り返すだけだった。


「てめぇ…。いい加減にしろよ……」

 アザナルは紫色のキレイな目でぎょろりとジャスティーを見下ろした。しゃがんでその剣を受け止めるジャスティーはその目にドクンと心臓が大きく動いた。

「夢見が悪いじゃねぇか、こんなに弱いやつにコーネルがやられるのも納得いかねぇし」

「……なぁ、話し合おうぜ。もうすぐ母艦だってくる。全面戦争になる前に……、先発隊の俺たちだけでなんとか止めたいんだよ」


 パシュ……!


 その時、ライラの電撃がジャスティーの頬をかすめた。


「隊長!!」

 さすがにミレ―とバインズは叫ばざるをえなかった。

「ッ……」

 ジャスティーの頬から血がしたたる。

「ライラ! 戦わなくてもいいかもしれないんだぞ!」

「引けるわけがないだろ……。もう、おせぇんだよ。真実がなんだろうと」

 ライラはザルナークに視線を戻す。そう、もう遅い。ジャスティーが叫んだところで、侵入された星がやすやすと話をきくわけなんてない。どっちにしろ、もう始まってしまった。もう、戻れない。戦争ってのは、そんな些細なところから底なし沼にはまるものなんだ。

「そんな……」

 ジャスティーは肩を落とした。力が抜けた。

 俺にはできない。大義なく人なんて殺せない。そもそも、大義があっても人を殺していいのかなんてのもわからなくなってきた。

 床に転がる死体を見ていると、それはネスの人間と同じように見えた。同じ仲間が死んでいるように感じた。同じ人間を殺している今のこの状況がおかしいと、どうして誰も思わない?

「コウテンならわかるよな!? 俺たちから襲撃を受けている今の状況が理解できないって、言えよ!」


「理解できないのは……、攻めてくることじゃない……」

 アザナルはそう言った。

「攻めてきたくせに剣を抜かないやつだ!」

 そう言ってアザナルはもはや丸腰のジャスティーに向かって素早く剣を持ちかえ軽やかに振りかぶってみせた。


 それは、スローモーションのように見えた。

 感覚が研ぎ澄まされている。よくわかる。アザナルの動きがよく見える。どこからあの装飾品のするどい刃が俺の体を捕らえ、どのような傷跡を描くのかも、わかった。それでも……、きっと俺はもう何もしない。だってそれが……、俺の正義だ。絶対に曲げちゃいけない正義だ。レイスターから、アスリーンから、ミズから、教えられた。人は、優しいって。血のつながりも関係ないって。俺たちはいわば、全員が家族なんだ。だから、レイスターにとって赤の他人だったはずの俺がレイスターの子どもならば、目の前にいるこの男だって、レイスターの子どもにもなれるわけで……ッて……こんな時に、何考えてるんだろう……。でも……。それでも……俺にはこの剣をぬくことができない。それは裏切りになる気がして……。家族への。


「ジャスティー!!」


 それはジャスティーが思った通りの軌跡を描いた。肩からざっくりと深く、胸を通り、大きく斜めの線を体に描く、血しぶきは舞う。深く深くその刃はささる。真っ直ぐに体を相手に向けているから。

 だけど、その舞う血しぶきは、俺のものじゃない。

「なんで……」

 どうして……。君がここにいるの?


「アリス?」

 天から降って来たのか? アリスがいつのまにかジャスティーの盾になってアザナルの剣からジャスティーを守った。

 ふわりと体は浮いた。美しい金髪は、倒れるその瞬間も、キラキラと光りを放っていたと思う。

 ジャスティーはその光景に見惚れさえもしたが、ふと我にかえり、その体を受け止めようと手を差しだした。アリスの体は力が抜けきっていて、重かった。そのまま一緒に2人で地に倒れ込んだ。

「アリス!? アリス!!」

 ジャスティーは身を起こしその名を叫ぶ。


 ライラは目の端でその状況を捕らえていたが、それは一瞬のことで、バインズたちはまだ気付いていなかった。


「……ジャス……」

 アリスは小さく言葉を発した。

「あ……アリス! なんで……」

 ジャスティーはもうなにがなんだかわからなくなった。

「ああ、よかった……」

 アリスはなぜか笑っていた。

「何が……?」

「生きてたからよ……、ずっと心配してたのよ」

 アリスの手がジャスティーの右頬に触れた。そしてそのままジャスティーの首にさがる薄いピンクの石に目をやった。

「よかった……。守ってくれたみたい」

「え?」

 ジャスティーはそのピンクの石のネックレスに今目をやった。

「だって、守護石をあなたにあげたのに、ジャスティーが死んじゃったらね、意味ないじゃない。ジャスティー、あなたの正義を信じるわ……」


「ま、待ってよ、なんでこんな……」

 ジャスティーの目は溢れる涙でうまくアリスの顔を見ることができなくなっていた。

「知ってた? ジャスティー。私の気持ち」

「え?」

「知ってるの? ジャスティー? 女の子の気持ち」

 アリスはどこか夢心地のように気持ちよさそうに話すから、この目の前のことが現実なのか疑ってしまう。

「は? 何言って……」

「ジャスティー、私は聞きたくて。私も一緒よ、ジャスティー、叫んで。最後まで。ジャスティー、私は、あなたの正義を信じてるから……」


 グサッ……


「うっ……!」

 アリスの最後の声はアリスらしくない苦痛からきた鈍い声だった。

 とどめを刺した。アザナルは容赦なくアリスの細い体に剣を突きさした。

「くっちゃべってんじゃねぇよ。これで俺の気持ちがわかったか。大事な仲間が殺された気持ちが……」



「……んだよ」


 ジャスティーは肩を震わせアリスを抱いた。「……んだよこれ……」

「俺に守護石なんて大事なもん渡すから……」

 守られるべきはアリスなのに。

 俺じゃなくて、アリスなのに。

 なんで、俺の話をちゃんと聞こうとしてくれたアリスが死ぬんだ。そんなのって、ないだろ。


 そんなのって、  ないだろ。


「どうして……」


 ジャスティーの毛が逆立つ。場の空気が一瞬で変わった。

「なんで誰も聞いてくれないんだ……」

 ジャスティーは血走った目でアザナルを見た。ジャスティーの意識は飛んでいた。『憎悪』。あるのはそれだ。『怒り』。それが全身からみなぎる。

「なんでだぁあああ!!」

 その時ジャスティーの体がグリーンの光に包まれた。

「!?」

 アザナルはその光に身覚えがあった。

「なぜ……?」

 その場にいた全員が強力なパワーを感じ取り、その光に目を伏せた。

 ジャスティーは意識の飛んだ、タガが外れたその本能のみの状態でアザナルを睨みつけた。その瞬間、アザナルにはわかってしまった。



「アザナルっ!!」


 虚しく響くザルナークの声。

 その声が響く中、アザナルの体ははじけ飛び、再びジャスティーが怒りと悲しみの咆哮をあげると、その地面は揺れ、割れ、誰もその場に立っていることができなかった。


 何が起きた?

 誰もがその問いを投げかける。しかし、建物は打撃をうけ、崩壊しようとしている。ライラはジャスティーの姿を上手く捕らえることができない。あいつが何かやったことは確かだが……。

「何?」

 煙舞う中、コウテンもネスも休戦を余儀なくされた。

「アザナル!」

 ザルナークは叫ぶ。


「ジャスティー!」

 ライラもその名を呼んだ。

 だが、その返事が返ってくることはなかった。





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