41.地下での密行
41.地下での密行
部屋に入った瞬間、目の前が真っ白になった。
自分でも感じていた。心と体に違和感を覚え、自分が自分で制御できていないような、そんな感覚。
でも、あそこはとても居心地がよかったから、そんなのは、ただの『調子が悪い』って言葉で片付けられると思い込んでいたんだ。
……それでいい、はずだった。
「……ズ! ……ミズ!……」
「ミズ!」
ミズは目覚めた。
「……フ、フラニー?」
視界はフラニーで覆われていた。
「ミズ!」
フラニーは勢いにまかせてミズに抱きついた。ミズはぼーっとする頭で、それでもすぐにフラニーの肩を掴み自分から離した。
「あの女! あの女!」
フラニーは険しい表情で次はその言葉を繰り返した。ミズは今やっと自分は床に倒れ込んでいたことを理解したところだった。
「……あの女」
ミズはフラニーの言葉を反芻した。
「私が殺してやる!」
フラニーは拳を握りしめ、『ゴキリ』と間接を鳴らした。
「ちょ、ちょっと待って。落ち着こうよ。僕もいまいち状況がわからないんだ。教えてくれないかなフラニー。僕って、ここで倒れてたの?」
フラニーの頭の熱は少し下がった。
「そ、そそ、そうよ」
頭の熱が下がるとなぜか上手く喋ることができないらしい。
「……そう」
「でも、そんなに長い時間じゃないはず。わ、わたし、ずっと後を追っていたから……。あの女、ここにいるはず……。ミズはあの女から何かさ、されたの?」
「……いや、どうかな……」
ミズは左目を押さえながら曖昧に答えた。
「と、とにかくここ、気味悪い」
「え?」
「気持ち悪い」
フラニーはそう言うと顔を歪ませた。
「そう?」
ミズはそのフラニーの言葉に顔を歪ませた。
「でも僕にはここがコウテンの1つの要所であることは間違いないと思うんだ」
「ミズ?」
「ちゃんと周りを見て来たか? フラニー」
「……」
はっきり言ってフラニーは何も見ていなかった。
「で、でも早くここから出よう! ここにキングはいない! ハルカナも待ってる!」
動きの鈍いミズをフラニーがせかす。
「僕の記憶じゃあ、ここに『落ちてきた』と思うんだけど……。ちゃんと戻るルート確保してる? あの鉄の扉、内側からは開きそうにないんだけど」
ミズは曖昧な記憶をだいぶ辿れるようになってきた。
フラニーはあの重い扉がしっかりと閉まってしまったのを思い出した。
「……だ、大丈夫。ハルカナが起きてくれる。そしたらきっと……」
フラニーはそう言った。
「……あてにならないなぁ」
ミズはなんとなくやれやれ、という気になった。フラニーとこんな所で足止めとは。
「この際僕は少しここを調べてみるよ」
ミズは立ち上がった。そしてトントン、と肩を叩いた。調子はだいぶ戻ったようだ。
「あ、あ、危ない」
フラニーの意見は来た道を帰ること。
「……。ここには安全な場所も安全と呼べる行動もないんだよ?」
ミズはふっと軽く笑ってそう言った。
「そんなにここが嫌なら、フラニーはハルカナの様子を見に戻ってくれない?」
「や……やだ」
「なんで」
「ミ……ミズと一緒にいたい」
「……」
やれやれ、ミズは心の底からそう思った。
「しょうがないなぁ……。最期のチャンスだったんだよ? 何があっても知らないからね?」
「……あ! あれは!」
1人、コウテンの空を低空飛行するルイは木々に隠れるようにして着陸したであろうスピードを見つけた。
「ミズとハルカナ!」
ルイはホッとした。あの2人が一緒なら大丈夫だろう。
「僕は2人に導かれたのかな」
そう言いながら、2人のスピードの横に並ぶようにルイはスピードを着陸させた。ここが城の裏。なんだろう、コウテンの王都の整備された無機質な印象をうけた街並みが嘘みたいだ。この星は不自然だと改めてルイは思った。
「っと、僕も動かなくちゃ」
ルイは小さな体に精一杯の勇気を詰め込んで、そして小ぶりなハンドガンに弾が詰まっていることをしっかりと確認して、一つ大きく深呼吸すると、ミズとハルカナが入った経路と同じ扉から城内に侵入した。
湿気臭い……。ルイはペンライトを光らせる。なんだろう、ここは。敵の罠にきれいにはまってしまったような印象を受ける迷路みたいな通路だ。出口に到達する気がしない。下手すりゃ僕はこのままここに取り残されてしまうのではないか、という不安がルイに一筋の汗を滴らせた。
「ライトの光って、こんなに明るかったっけ?」
変な独り言まで言ってしまう。この灯りは目立つ。だけど、これを消すのも怖いし。敵の気配もしない。それもまた怖い。
「大丈夫、だって、2人は絶対ここを通ってる……」
ルイはそう自分に言って、気をしっかりと持つよう努めた。暗くて狭い。精神を削られる、そんな場所だった。
「うっ!」
ルイは狭い通路を曲がった瞬間声を上げた。思わず出てしまった。体は素直にビクッと反射した。ライトを持つ手とは別の手で口を覆ったが、それは意味のないことだった。
人?
「……あ……」
ルイはその通路にもたれかかるように座り込んだ状態のハルカナを見ると、全ての恐怖を忘れて駆け寄った。
「ハルカナ! ハルカナ!?」
肩を揺さぶる。
「ハルカナ!」
何があった!? 何かあったんだ! ルイはそう判断すると、目を閉じたままのハルカナを見ていられなかった。悪い予感しかしない。
「ハルカナってば! ジャスだってまだ死んでないよ!」
泣き崩れるようにハルカナを揺さぶるルイは、悪気はなかったのだが肩を揺さぶりすぎてハルカナの頭を思い切り通路の硬そうな壁に打ち付けてしまった。『ゴン!』と大きな音がした。
「あ……」
ルイはバカみたいにその音で我に返る。しばしの沈黙が流れた。
「……んっ……」
しかし、それはいい効果を生んだ。ハルカナのただ眠っているだけ、と言った静かな印象だった顔が、ぐしゃっと崩れた。目をぎゅっとつぶり、険しい表情になる。
「ったーい……」
そして痛みを訴えた。
「ハルカナ!」
ルイは自分がしたことはとりあえず忘れ、ハルカナに抱きついた。
「あ……? ルイ?」
ハルカナはやっと意識を取り戻した。ルイもすぐに顔をあげ、ハルカナの顔をしっかりと見た。
「よかった。死んじゃったかと思った」
「はぁ? 冗談じゃないし!」
すぐに悪態をつくハルカナを見ると、ルイは安心した。
「ってか、あれ? 私……」
ハルカナは記憶を辿る。空白の時間。
「何があったの?」
ルイは気になって聞く。
「……ミズは?」
ハルカナは暫く沈黙した後そう言った。
「……いや、こっちのセリフなんですけど」
ルイは呆れるようにそう言った。
「確かに一緒にいたのよ! そして、出口はないけどあるとかなんたら言ってて……」
ミズの言っていることはたまに難しくてわからない、ハルカナはそんな感じでミズの言っていることを理解せぬまま空返事をすることも多かった。
「で? ハルカナはなんで倒れてたの? それって敵がいたってこと?」
「……うーん」
「そしたらミズも敵に遭遇したのかな」
「……でも、私、頭は痛いけど、ちゃんと生きてるよ」
その頭の痛さをルイのせいだとすると、実質ハルカナはなんの危害も加えられていなかった。
「コウテン部隊と出会ってたら、そういうわけにはいかなかったよね」
「ゾッとする話だけど、そうよね」
「じゃあ、ハルカナは一体誰と出会ったの?」
それを答えることはハルカナにはできなかった。
「とにかく、行こう」
とりあえず動かなくては、ハルカナとルイはそれを優先することにした。
「ここ、なぁんか気味悪い」
ハルカナが言った。
「同感」
ルイもそれに深く同意した。
「おーい! ミズー!」
「ちょっと! 少し声落とそうよ」
急に叫んだハルカナをルイが焦って止めた。
「だって、もう誰もいる気がしないんだもん、ここ。敵も、味方も。ルイが来てくれて本当によかったぁ……」
「ラッキーだったよね」
ルイの言葉に少し嫌味がかかってきた。
「ほんと、少しの判断で僕はここにこなかったかもしれないんだから」
「ふぅん」
それを感じ取ってハルカナも目を細めて合槌を打った。
「ミズは出口があるって言ったの?」
「ないけどあるって」
「……じゃあ、進んでみるか」
ルイはそう呟いた。
「でもさぁ、私は確かにミズと一緒にここへ来たのよ? なんで私置いていかれてるわけ? ミズが私を置いていくとかなくない?」
「……ミズにも、何かあったのかな……」
不安は残ったまま、それでも2人は暗い通路を進むことにした。




