37.どちらが正義?
37.どちらが正義?
綺麗な色をした紅茶が淹れられたカップを手を温めるように両手で持つイリス。下を向き考え深げにソファーに腰をおろしていた。
一方のジャスティーはそんなイリスを両目を見開いて見つめていた。イリスから発せられた言葉の衝撃で、ジャスティーは固まってしまった。頭と体は機能停止。
「?」
何かを感じ取ってイリスは顔を上げた。恐ろしい顔をしたジャスティーが自分を見つめていた。
「どっ、……どうしたの?」
イリスはおそるおそるといった様子でジャスティーに声をかける。
「……」
ジャスティーは、声をかけられても暫くのあいだは反応することができなかった。
「あ……」
やっと一言言葉を発することができた。
「とても……怖い顔をしていました」
まだ緊張感のある声でイリスはそう言った。
「ちょ……、ちょっと待って。コウテンのキングが予言してた?」
「? ええ、あなたは知っているのかと。秘密部隊ですからその点はわかってらっしゃるのかと思ってましたが、本当の機密事項だったんですね。アザナルも知らないみたいだったし。ですけど、はじまってしまった今はもういいでしょう。あなたの耳に入っても……。わたくしも、ザルナーク団長とお父様がこそこそと話しているのを偶然耳にしたんです。半信半疑だったけど、どこかそれを聞いてから怖かった。そして、それが真実だとわかった今日は、とても、恐ろしい……。きっと、こうなることがわかっていたから、信じたくはなかったけど、きっとわかってたから、私を守るために、この部屋と後宮はシェルタ―のように頑丈なんだわ」
イリスは封印されていたものが解かれたかのごとく話しだした。興奮し、早く誰かにこの重荷を半分背負ってほしいように、ジャスティーにも分かち合いたく、イリスは話を続けた。
「てっきり……、人間という言葉は、蛮族をさしていると思っていました。そして、それならば仕方ないと思う自分もいました。だけど……、どうして、何もしてないのに、遥かこの星の外から私たちを殺しにやってくる人間がいるなて! 信じられない! 私たちが何をしたっていうのよ! 私たちは、意味もなく殺されなければならないの? ねぇ、ジャスティーは外にいたんでしょ? 外は、この星の外はどうなっているのですか!? 私の知らないところで、私たち誰かを傷つけたんですか!?」
イリスは紅茶をテーブルに置き、ジャスティーの傍に駆け寄った。ジャスティーはまだ焦点の合わない目でイリスの目を見つめ返すことしかできない。
「どうしたの! なんで教えてくれないの? ……っ、命令よ! 答えなさい!」
ガシャン……。
オレンジ色の液体がこぼれた。でも2人はそれにはなんの反応も示さなかった。それぞれの目と目が合ったまま、永遠とも一瞬とも感じられるような時が流れた。
「……イリス……」
ジャスティーは口を開いた。イリスの目から力が少し抜ける。
「コ……、いや、俺たちが、宣戦布告したんだ」
イリスの目は細く険しくなった。
「文明大国となったコウテンは、この星だけじゃ満足できず、発展するべき土地を求め、ネスに目をつけた。そして、準備が出来次第ネスを攻撃する予定だった。小さな未開の星ゆえ、甘くみていた結果が……今のこのコウテンだ」
「何を……! そんなはずないわよ!」
「そうなんだ! 本当なんだ! キングがネスを潰すって!」
「ネスを潰すはずがない!」
イリスはひときわ大きく『ネス』を強調した。
「ネスは、わたしたちと交流を持っていた。ネスの援助をお父様は計画なされていた。だけど、ネスを潰すなんてことはするはずない。他の星ならまだしも……。ネスが攻めてきているですって……?」
ジャスティーの頭の混乱は激しいものだった。自分が正しいはず。自分は正しいことのために、今までを生きてきたはず。血も繋がってないのに、自分を育て守ってくれたレイスターとアスリーン、そして血は繋がってないけど本当の兄弟、ミズ。本当の兄弟のように仲良くしてくれたハルカナやルイ。俺の大切な人がいる世界を、故郷、ネスを守るためだけに、今まで生きてきたのに。今まで揺るぐことのなかった自分の中の正義が、この時揺らいだ。
コウテンを滅ぼす。
それが正義。
だって、じゃないと、コウテンがネスを滅ぼすから。
ネスは、コウテンからの宣戦布告を受け、
戦争なんて望んでいないのに、生き残るために、守るべきもののために、この星まで命を懸けて辿りついたんだ。
でも……、
「ジャスティー! その情報はどこからきたの!? そんなことない! 間違ってる! お父様と会ってきて! 止めて! ネスを滅ぼすなんて、そんなことお父様がするはずない!」
「なんでそう言い切れる!?」
「お父様が憎んでいるのは蛮族だけよ! ネスには大切な人がいるって言ってたし……。それに……見てわからないの? 今、現に不意を突かれたように防戦一方になっているのは私たちじゃないの! 予告していたなら、こちらにも迎撃態勢を整える時間があったはず。いつか来る日とわかっていたならそれなりの対処もできたはず。なのに、何もできていなかった。私たちは、人間が攻めてくるなんてことはこれっぽっちも考えていなかった! それがこの今の現状よ! ジャスティー! あなた、何か知らないことをいっぱい知ってる……。止めれるのなら止めて!」
イリスはそのままジャスティーの膝の上に泣き崩れた。
「あ……」
ジャスティーはイリスの艶々とした髪を撫でようと思ったが、その手は宙に浮いたままだった。そして改めて自分の手を見た。俺が、この手で撃ち堕とした男は、いい奴だったって?
目の前でこの戦いを止めようとしている儚げで純粋なお姫様は悪だって? 俺は、このお姫様がいる星を、滅ぼすのか?
これが、正義だって?
「……顔を上げろ」
ジャスティーは厳しくそう言った。イリスはハッとして言われるがまま反射的に顔を上げた。
「何が正義か確かめてくる」
ジャスティーはふっきれたような迷いのない顔をしていた。確かめなければいけない。この戦争は、一体なんなのか。キングに会って、殺す前に、そして仲間が殺してしまう前に、早く!
「イリス! キングの場所は!?」
「……お父様は逃げない。必ず自分の部屋にいる」
「そこへ行く!」
「私も!」
「ダメだ!」
ジャスティーは叫んだ。
「それはダメだ」
「……」
イリスは黙り込んだ。それはダメだろう。いくら同じ歳ぐらいの少年に頼んでも、コウテンの兵士であることには変わりないのなら、私の命を危険にさらすはずがない。
「安全な、秘密の通路があるわ。私とお父様しか知らない。そこを使って」
「……助かる」
ジャスティーは立ち上がり、大剣を背中に担ぐと複雑な心境で王族のマントを被りなおした。
「大きい……。見たこともない剣ね」
感心するようにイリスが言った。
「……おう」
バツが悪そうにジャスティーは答えた。
「……あ、お守り……」
「え?」
イリスは自分の代わりになるものがないかと、今つけているエメラルドの首飾りをジャスティーに渡そうとした。しかし、フッと笑って首飾りを外す手を止めた。
「ちゃんといるのね、そういう人が」
「え? いやっ! これはっ! ちがっ」
ジャスティーの首には、アリスからもらった淡いピンク色をした守護石が小さく光っていた。
「それをあなたにあげた人のためにも……、ジャスティー、頼むわ」
祈るようにイリスはジャスティーにそう言った。
「……ああ。任せとけ」
止まるな。真実への道を、進むだけだ。
そして、正しいことをするんだ。いつだって、レイスターやミズは正しかった。だから疑うことなんてなかった。けど、これがもし間違いだったのなら、早くみんなに伝えなくちゃ。彼らは、取り返しのつかない傷を負ってしまう。
ドガンッ!!
どこからともなく破裂音がする。
急げ!
ジャスティーはイリスに見守られながら、コウテンのキングの元へと走った。




