29.近距離
29.近距離
道が悪い。ジャスティーの気分も悪い。よって、車の動きも悪くなっていた。イリスを眠りへと誘ったジャスティーのハンドルさばきはもうなかった。車のタイヤは道の悪さをダイレクトに2人へ伝える。イリスの体は左右に激しく揺れた。
「……ジャスティー。コウテンをなめているのね」
「なめる?」
「王宮がいちばん安全です」
「絶対に?」
「絶対です」
「どうして?」
「お父様は、城をより強固なものへと変えていきました。今もなお、コウテンは進化を続けている。コウテンは宇宙一安全な星。多くの施設や設備は私たちを守ってくれます。それに加えて人の力。アヴァンネル騎士団のあなたに言うことじゃありませんけど、アヴァンネル騎士団に敵うものは存在しないのに、訓練をかかすことはない。あの人たちの騎士道精神は……」
イリスはそこまで言うと口をつぐんだ。
「……私は、どうしてあんなに訓練をしているのかわからない」
そして俯くと鮮やかな色のスカートを握りしめ、噛みしめるようにそう言った。
「でも……、それは今日の為だったのね」
ジャスティーは何も言わずにしばらくイリスの言葉を聞いていたが、イリスの心の繊細さ、そして攻撃性の乏しさを感じ取り、溜息をついた。戦うべき相手ではないことは明白だった。
「イリス。悪いことは言わない。城には戻らないほうがいい」
「戻らないと! 衛兵が今頃きっと困り果ててるわ!」
「コウテンの城の構造を教えてくれ」
「え?」
「広いんだろ?」
「知ってるでしょう?」
イリスの顔に不安の色がより深く滲みでる。
「……俺は久しぶりにここへ帰還したんだ。今まで宇宙探査をしていた。コウテンがいちばん安全なんていうのはもう忘れた方がいい。現に、コーネルは撃ち落とされた。新たなるものが生まれてきているんだよ」
「ジャスティー!」
イリスは叫ぶ。
「聞きたくない話かもしれないがしょうがない。ここはもう戦場だ。コウテンのこの星に、何か疑問を持つことはなかったのか? なぜ唯一神のようなことを言うくせにこんなに武装しているんだ? 城にはさまざまな対空砲や自動式の銃が備え付けられていると聞いたぞ」
「だから安全なんじゃない!」
「攻め込むやつなんて今までいたのか!?」
ジャスティーは車を止めた。
「蛮族がきたら大変じゃないの!」
『バンゾク』。
「戦っているのはそいつらだけか? 城へと侵入してくるのか?」
「……」
イリスは黙り込んだ。
「?」
「……侵入しているのは……」
バァァン!!!
「きゃぁ!」
何かが激突したような大きな音が聞こえてきた。ジャスティーはとっさにイリスを庇うように抱きしめ頭を低くした。振動が少し、地をはって伝わってきた。
「城だわ……」
「城の方向だな」
誰だ? ジャスティーは♠隊の気配を感じとる。誰かがすでに城へたどり着いた。しかし、激突という形で辿りついたようだ。
「イリス、わかったか? 城は危ない」
「城は、危なくありません」
イリスの目は真剣そのものだった。
「たとえ、あの場所が戦場になろうとも、あの場所がいちばん安全です」
ジャスティーはその真実しか語らない口元から発される言葉に恐怖を抱いた。イリスを初めて『怖い』と感じた。
「なぜ……」
「私の部屋があるクイーンの塔は、コウテンの真の中心。軍事塔よりも強固な構造になっています。そもそもがシェルターなのです。私を守りたいのなら、早く私を部屋へ連れて行きなさい。命令します!」
ジャスティーは従うほかなかった。行き先も一緒だ。途中、イリスを車から放り投げてもよかったが、そっちのほうが親切なのではないかとも思ったが、それを選択することはできなかった。
『真』の中心、とイリスは言った。ならば、つくられた仮の中心があるのか? ジャスティーは考える。
「シェルターか……。姫様は常にシェルターで生活してんだ?」
「ええ」
「ふーん……、物騒な星だな」
「否定はしません。しかし、民ならばともかく、あなたには王への忠誠が全く感じられませんね!」
「うっ……」
「まぁ、今の父は人が変わってしまったとザルナーク団長はおっしゃっていましたけど。昔は、もっと……。確かに、少し暗く伏せっておりますけれども、王として、コウテンの民のことは考えています。父は、立派な王であることに変わりはありません」
イリスの目はキラキラと輝いていた。強い意志を持った目だ。
「お前の父親なんだからそりゃそうだろうよ」
ジャスティーは顔を緩めてそう言った。イリスはその言葉を理解できないようで、ジャスティーへ続きを言うよう催促するような眼差しを向けた。
「いや、お前の父親なんだから、きっといい奴なんだろーなーと思っただけ」
ジャスティーはキラキラの瞳に見つめられると上手く喋ることができない。ぎこちなく頭を掻きながらそう言った。
「奴ってなんですの? あなた、ちょっとぐらい常識ってもんがあるはずよ!? 私の父はキングよ!」
「わかってるって! 褒めたつもりなんだけどなぁ……」
イリスの顔は赤くなっていた。
「? どした?」
ジャスティーはその顔を覗き込む。
「なっ、なんでもありません! 急いで!」
パァン!
「いてっ!?」
なぜかジャスティーは勢いよく頬を叩かれた。
「なに? いみわかんね」
「ちっ、近づきすぎですわ!」
そうかぁ? ジャスティーはいまいち納得のいかないまま、気を取り直して城へと車を走らせた。あの音で方向はおのずとわかった。近いぞ。
そしてちらりと再びイリスを見る。なぜか照れている心情は理解できないが、シェルターと唱える場所ならばいいだろう。とにかく早くイリスを送り届け、本来自分の為すべきことをしなければ。
ジャスティーの瞳は炎を帯び出した。コウテン突入時のスピードの操縦桿を握るように、今再びハンドルを握りなおす。
ジャスティーは、大事なことに気付かなかった。イリスが、キングの娘であるということが何を意味するのか、緊迫した状況下では判断することができなかった。イリスを守ることさえできればいい。コウテンで守りたい人物ができるなど予想外のことだったが、ジャスティーが今思えたことはそれだけだった。
「ーってぇ……」
ガラ……、ガラガラ……。
崩れた壁を蹴飛ばして、不機嫌な顔をより一層不機嫌にさせながら、男は瓦礫の下から顔を出した。
「アスレイ……、覚えてろよ」
激突するかたちでいちばんに城へ辿りついたのはライラだった。




